41:不自由な生活
翌日になると私の話を聞いたらしいエルミーラが訪ねて来た。彼女に限っては、どうやって知ったかなんて考えるだけ無駄だろう。
「ご懐妊されたとお聞きしましたので、本日は耳寄りな情報を持って参りましたよ」
「もしかしてリブッサの居所が分かったの?」
「いいえ残念ですがそちらは何の進展もございませんね」
「じゃあいったい何の情報を持って来たの?」
「お腹の中のお子に関する情報です」
話が私だけでは終わらなさそうだったので、シャルロッテを使いヘクトールを呼んで来て貰った。ちなみになぜかラースもやって来た。
「ではお話いたしましょう」
エルミーラの話によると、遥か先の東方には妊娠した子を流す薬と言う物があるらしい。何とも恐ろしい薬があったもんね~と感心する。
昨日の今日なので流石のエルミーラも現物はまだ持っていないらしい。
ただし現在取り寄せ中だとは言ったが……
「そう言う情報を持ってきたと言う事は、当然判別する方法も教えてくれるのでしょうね?」
私は左手に嵌めたあの二連の指輪をチャラっと見せながら問うた。
「残念ですが、漢方と呼ばれる自然由来のものだそうで、発見する術はございません。ただし無味無臭でもございませんので、味の濃い料理を避ければ回避も可能でしょう」
「分かりました、調理人にしばらく味の濃い物を控える様に伝えましょう」
と、調理場への伝達はラースが請け負ってくれた。
「ええぜひそうしてください」
「ちなみに男の俺が喰ったらどうなる?」
「男性には何の害もございません。
ですが女性ですと月の物が不順になったり、もしくは止まってしまうこともある様で、害しかございません」
「子供がいなくとも害ありって、とんでもない薬ね」
「一概にそうとは言えないようです。この薬はどうやら妊娠したくない女性が好んで服用するそうですよ」
「?」
「なるほどな」
私は分からなかったが、ヘクトールはどうやら分かったらしい。話の腰を折るのもなんだから、後でヘクトールから聞けば良いかしら?
「まあその様な用途ですから、遥か東方から持ってくる必要は無くてですね。きっとイスターツ帝国でも探す場所を探せば出てくるのではないかと思っております」
「皇帝陛下、薬の摘発をなさいますか?」
「いや場所が場所だからな、止めた方が良いだろうな」
「あのぉその場所と言うのはどこの事ですか?」
「皇妃様は知らない方が良いと思います」
「そうですな」
即答でダメだと返って来たわ。
そう言われると逆に何としても聞きたくなるのはどうしてかしらね?
「エルミーラそれはどこの事かしら?」
「えっとわたしの口からは何とも」
彼女は珍しく言い淀みながらチラリと男性陣二人に視線を送った。そしてその視線を受けた側の男性二人は気まずそうにツィと反らす。
「知らぬ方がよい場所とだけ言っておこう」
「ええ皇帝陛下の仰る通りですな」
「へぇ言えないんだぁ~」
まあいいでしょう、後でヴィルギニア辺りから聞いてあげるんだからね!
後ほど実際に聞いてみた。
随分とあっさりと、「きっと遊楽でしょう」と返事を貰ってそりゃ言えないよねと、あの場で何度もしつこく聞いたことを後悔したわ……
私が懐妊していると言う噂はかなり広がっているようで、食事時などの移動の際に廊下で出会うと誰もが一度はお腹に視線を落としてくる。
そして特に大きくもないお腹を見て、慌てて挨拶をする感じかしら?
一瞬だけチラッと視線を落とすだけだから、相手はきっと気付かれていないと思っているだろう。しかし見られているこっちとしては、あっいま見たなと丸分かりだ。
相談の結果、ヘクトールは前と変わらず夜に私の部屋を訪ねてくるようになった。
もちろん性交が目的ではなくて、統治の事や雑談、つまりお互いの趣味やら好み、最近読んだ本などの話をするのだ。
そして私が眠気に勝てず眠ってしまうと、彼は部屋を出ていく。
見た目も変わらず正式な発表は無い。そしてヘクトールが今もなお足げに私の部屋に通っているから、やはり懐妊はしていないのではないかと噂は徐々に沈静化していった。
しかしあれからさらに二ヶ月も経つとお腹は見た目にも大きくなっていた。とは言えまだ服を着れば隠せるほどだが……
着替えの時に服を脱ぐと、
「随分と大きくなりましたね」とテーアが嬉しそうに笑う。
言われて視線を下に落とすと、足先や太ももが見えていたはずがまずは膨らんだお腹が見えるようになった。前屈みになると見えるのだが、あんまり馬鹿な事をやっていると護衛侍女から叱られるので要注意だ。
さらにひと月。
もう隠し通すのは無理だろうと、いよいよヘクトールが皆に発表した。
明確な不満の声は無し、二年前と違って「万歳!」と大きな声で祝って貰える程度には関係が改善しているらしい。
懐妊が発表されたから私の周りは目に見えて警備が増えていた。なお部屋の中にも女性の騎士が三名入ってきて護ってくれているのだが、私は彼女たちとのコミュニケーションは早々に諦めている。
話しかける度に恐縮した風のですます調が返ってくるのは流石に肩がこる。
なお発表後もヘクトールは私の部屋へ通っていた。今までの溝を埋める為と思えば、もう不要でしょうとは流石に言い難い。
悪阻もすっかり治まると今度はやたらとお腹が空く様になった。
食べても食べてもお腹が減る。しかしお腹の圧迫感から、量が食べられないから自然と回数が増えた。
朝昼晩はヘクトールと、それ以外は一人で食べる。
昼と晩の丁度真ん中の時間、食堂に入るととても懐かしい匂いがした。なんだっけと頭を捻るが料理名は一向に出てこない。
給仕の者が皿を持って入って来た。何故かその後ろには料理長がいるのだが?
皿がテーブルに置かれ、私は思わずわぁと歓喜の声を上げた。
料理名が出てこないのも当たり前だ。なんせこの料理はイスターツ帝国の物ではない。祖国ライヘンベルガー王国でよく食べた品で、そもそも出てくると思っていないから勝手に頭の中で除外していたらしい。
「この匂い牛乳を使ったシチューよね!?」
この国の家畜は山羊ばかりで牛はとても珍しいから当然その乳を食す機会も少ない。
「お察しの通りこちらは皇妃様の祖国ライヘンベルガー王国の料理でございます。城で使っている商人が、新たなルートから持って参りましたので、本日は腕を振るわせて頂きました」
なるほどね。どうやら料理長は私の反応が見たくて来たらしい。そして私がわぁと歓喜の声を上げたのだから彼はとても満足の様だ。
さっそくとスプーンを手にしてスープを一口。あ~んと口を開きかけた所で、
「皇妃様、お待ちください」
「あらどうかしたヴィルギニア?」
「そのシチューと言う料理はとても味が濃いのではないでしょうか?」
「言われてみればそうね」
「食べるなとは言いません。
ですがせめて他の者が食べて安全を確認できてからにして頂けませんか?」
「それは構わないけど、これライヘンベルガー王国の料理よ。
誰が味見するの?」
唯一味が分かりそうなのは、私と同じくライヘンベルガー王国出身であるロザムンデだろう。しかし今日は非番の日だから彼女は居ない。
まぁ例え居たとしても、噂のあの毒が入っていれば女性であるロザムンデには害が及ぶから私は食べさせたくはない。
と言う事は……
「つまり私はこのシチューを食べられないということね」
「申し訳ございませんが……」
折角の祖国の料理だが残念ながらそう言う結論になるらしい。
はぁとため息を吐いて、その日は林檎や葡萄を貰ってお腹を満たした。
料理長の背中がとても寂しそうだった……
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