33:内乱の終わり

 ヘクトールが帝都に戻ったのはそれから半月後の事だ。

 内乱の鎮圧だから凱旋ではないのだが、再び平和が訪れたからと、帝都の民は戻ってきた若い皇帝陛下を歓迎した。

 帝城の中でも門を抜けたいつもの所に城の従者らがヘクトールの帰りを待っていた。

 ちなみに私とラースがドン真ん中の最前列だ。

 もっと目立たない場所で良いのにとこっそりぼやくくらいは許して欲しいわね。


 跳ね橋が降りて門が開く。

 ヘクトールが馬に乗り先頭を歩いてくるのもいつもの通り。馬に乗っていると威風堂々さが二割増しだ。

 ヘクトールは私の数歩前で馬から降り、真っ直ぐ私に向かって歩いてくる。少し反れてラースの方に行ってくれても良いのだが、視線は真っ直ぐ私に向いているからそれは期待できそうにない。

「約束通り無事に戻ったぞ」

「お帰りなさいませ。ご無事で何よりです」

 挨拶も終わったしとラースに場所を譲ろうとしたら、手をガシッと掴まれた。

 ええっ何事!?

 気付けば手を引かれてすっかり彼の胸の中に納まり、力任せにぎゅうと抱きしめられていた。


 鼻孔に汗と埃の匂いが……

「あのぉ服が汚れてしまいます。離れて頂けませんか」

「汚しているのだ」

 なんてこと!?

「困ります。一体誰が洗うと思っているんですか!」

「テーアだったか?」

「え、ええそうですけど」

 まさか数回しか会っていないテーアの名前が出てくるとは思わなかった。

 と言うか、よく覚えていたわね?

「テーアが困りますからやめてください」

「つまり風呂に入ったら続きをしてよいのだな」

「それは……ダメです」

「ならばもう少しだ」

 なんだかんだと一〇分ほど抱きしめられていた様な気がするわ……



 謁見の間にヘクトールが来たのは二時間ほども後の事だ。座った際にふわっと石鹸の香りがしたのでお風呂に入ったのだろうと予想できる。

 その勢いで抱きついてこないわよねとヒヤヒヤしたのは内緒だ。


 こちらに来た最初の頃とは違って、私はヘクトールの隣、つまり皇妃の席に座っている。同じく最初の頃とは違って、誰もそのことに文句を言う者は居ない。

「待たせたな」

 ヘクトールと私に向かって中央で平伏しているのは内乱に参加した将軍たちで、その左右に立っているのは戦争に参加しなかった文官や諸侯らであろう。


 この後の流れは、宰相のラースが功績の高い順に名を呼ぶ。

 名を呼ばれた者は返事と共に立ち上がり数歩先に進む。そこでヘクトールから今回の働きに応じた報酬やら言葉を貰うのだ。

 貰ったら元の場所に戻るのだけど……


「まず一番の功績者として、皇妃レティーツィア様!」

「はい?」

 驚いて思わず尻上がりな、うっかりさん・・・・・・な返事をしてしまった。

「皇妃様はそのまま着席頂いて構いません」

「え、ええ分かったわ」

 立つの? 的な疑問とでも思ってくれたのか笑われることなく流された。


 と言うかさ?

 『なんで戦っても居ない私が一番なのよ?』と言いたいのだけどね。それを言うと進まないのは解りきっている。

 ここは我慢して、後で絶対に文句を言おうと心に決めた。


「先の内乱で一番の難所であった、シュヴァイツェルシュペルグ砦を陥落せしめた功績を讃えると共に、レティーツィアには伯爵位を授ける。

 今後はその砦の名にちなみ、シュヴァイツェルシュペルグ伯爵の名を名乗るが良い」

 左右に並んでいた参加者から拍手が巻き起こった。

 私は皇妃だから実際はそれ以下の爵位を貰っても名乗ることは無いのだけど……

 戦馬鹿でもあるまいに、女性が砦の名前を貰って本気で喜ぶと思ってんのかしら。ぶっちゃけこれを考えたヘクトールの頭の中身を疑うわ。

 あーいや。ギリギリ新手の嫌がらせの線もあるかしら?


 何にしろ皇帝陛下から賜る物と言うのは拒否できる物ではないので、

「ありがとうございます」

 以外に返す言葉は無い。

 ちなみにこれを賜ったお陰で私の正式名は、『レティーツィア=ヴァルトエック=ライヘンベルガー=シュヴァイツェルシュペルグ=イスターツ』と言う長ったらしい物に変わってしまった。

 間違いなくテーアが舌を噛みそうな名前だろう。



 粛々と褒賞が贈られていき、ついに最後の参列者の名が呼ばれた。それが終わると参列者は立ち上がり、左右の列に別れて混ざった。


 謁見の間の入口の扉が開いた。

 すると黒いドレスを着た女性を先頭に数人が兵に囲まれて入って来た。

 先頭の女性の顔が解るほど近づいた所で、

「リブッサ……」

 思わず声が漏れた。

 これから内乱を起こした者たちの処遇が告げられるのだと気付いた。


「リブッサよ何か言う事はあるか」

 ラースがそう問うと、彼女は私を睨みつけて、

「お前が来なかったらお父様は死なずに済んだのよ!」と叫んだ。

「皇妃様になんという無礼な口を利くか!」

「なによ最初の頃はあんたたちも同じことを言っていたじゃないの!!」

「何を馬鹿な、聞くに堪えんな」

「皇帝陛下! こやつは内乱を起こすような者の娘です。嘘など平気で吐きましょう。耳を貸してはいけませんぞ!」

「これ以上の耳汚しはたまらんわ。

 宰相よ、さっさと処遇を告げて退場させよ!」

 口々に罵倒する貴族たち。しかしきっと、リブッサは嘘を言っていないだろう。

 なんせ来た当時はほぼ全員が私の敵だったのだもの……

 だが今となっては、私は皇妃の席に座り、彼女は内乱の首謀者の娘としてこうして裁かれている。

 互いの立場は完全に変わったのだ。

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