34:シュヴァイツェルシュペルグ伯爵領
謁見の間から場所を移し、会議室に入った。
いつも参加するのは皇帝のヘクトールと宰相のラース、他には辺境伯やら上級貴族、またはそれに近しい将軍となるのだが、なぜか今回は私も呼ばれていた。
「ねぇラース。私が伯爵位を賜ったからとか言わないわよね?」
「勿論それもありますが、これは皇帝陛下のご命令です」
「どういう事かしら」
「皇帝陛下は皇妃様の手腕をとても買っておいでです」
「それは買い被りすぎね」
「そうでしょうか。かく言うわたしも皇妃様の意見には何度も頷かされましたから、皇帝陛下がそう仰っても不思議には思いませんでした」
「あなたまで止めてよ」
ここでドアが開きヘクトールが入ってきたので話は中断した。
「皆集まっているようだな」
「「「ハッ!」」」
私以外が良い返事をした所で─だってそんな流れしらないもの─、ラースが話を引き継いだ。
「今回反乱が起きた地域について、領地を没収したため領主が不在の状態となっております。従って早急に新たな領地や軍の役職を決めなければなりません」
ザワッと歓喜に近い声が上がった。特に先ほど謁見の間で褒賞を貰った将軍らの顔が綻んだ様な気がする。
もしや自分ではと言う話かしら?
まず一人が治めるのに─権力的な意味で─広すぎた東部は、大きさこそ均等ではなかったが大まかな五つに分割された。それに加えてネリウス将軍の内乱に加担した東部と北部の一部の領地を没収しているからかなりの人数の名前が上がる事だろう。
ヘクトールはそれらを今回功績をあげた貴族らに分配していった─ただし事前に決まっていた様で発表しているのはラースだが─。
爵位が上がっている者には多かれ少なかれ領地が与えられているようだ。もちろんこの会議に呼ばれていない下級貴族に当たる将軍も同じだった。
内乱に参加した北部と東部の空地がどんどんと減っていく。
そしてついに最後。先ほど分割されたもっとも大きな東部の領地が残っていた。
そこは私が貰った、長ったらしい名前の由来となったあの砦のある場所で、東の地域から他の地域へ行くのに必ず通らなければならない要所だ。
ネリウス将軍はこれを利用して砦から出る荷に多額の通行税を課していた。
次にここに入る人には通行税の一律管理の提案をしなければならないから、なるべく話の通じる人に入って欲しいと願う。
ん~と。戦果が高くて名前が呼ばれていない筆頭に南部のトロスト将軍がいる。子爵だった爵位も伯爵に上がった事だし、あるんじゃない?
彼なら協力的なはずなので問題なしよね。
しかしそこで呼ばれたのは、
「シュヴァイツェルシュペルグ伯爵を新たな領主とする」
誰だっけ? と頭を悩ませていたら皆の視線が私に集まっている事に気付いた。
「あっ! 私だわ!」
さっき貰ったばかりの名前で呼ばれたものだから自分だと気付かなかった。
いつも通り皇妃って呼んでくれればすぐに気付いたのに、もう!
「皇妃様、よろしいですか?」
「えーと。私が直接治めると言うのは無理が無いかしら?
私は一度も兵を率いたこともないし、帝都を離れる様な事、ダメでしょう?」
後半部分はヘクトールに視線を送りながらの発言だ。
「必要以上に帝都を離れるのは許可できんが、あの場所ならばここからも近かろう?」
近いと言えば近いけど、私は馬に乗れないから馬車での移動になる。そして馬車で行けば往復四~五日は掛かるんじゃないかしら?
それに
「先ほど皇妃様がご心配しておられました兵の方ですが、トロスト将軍を新たにシュヴァイツェルシュペルグ伯爵領へ転属させますのでそれで解決するかと思います」
「ええっちょっと待って!
私が先ほど頂いた爵位は伯爵位でしょう。そしてトロスト将軍も先ほど伯爵位を賜った記憶してます。
同爵位の貴族が領地に二人いて、おまけに主従関係と言うのはダメじゃないかしら?」
「何を言うレティーツィアは伯爵の前に皇妃だから問題なかろう」
あーうん。
以前抱いた疑問、〝伯爵〟と〝将軍〟がどちらが上かは分からなくとも、〝将軍〟と〝皇妃〟は後者が上らしいわ。
名と実が違った二年前に比べれば、
ちなみにトロスト将軍が抜けた南部は彼の副官だった者が軍を率いるそうだ。
管理する兵も減り、領地も小さくなった。なんだかトロスト将軍だけ降格みたいな扱いになってるんだけど……
大丈夫なのこれ?
長ったらしい名前がついている領地を賜った。
しかし私には貰ってすぐに領地の管理が出来るほどの知識も経験もない。そもそも領主にどんな仕事があるのかさえも把握できていない。
それらを宰相のラースに聞きたいのだが、彼は戦後処理でまだ忙しくて時間が取れそうもない様で……
だったらと、私は先達者の中で領地が安定している人から助言を貰う事に決めた。
あの会議から三日ほど後、
「お久しぶりです皇妃様」
「久しぶりねノヴォトニー侯爵。
あなたの大切な将軍を取ってしまってごめんなさい」
やって来たのは南部の領主ノヴォトニー侯爵だ。なお今後の領地の方針と言う事で、トロスト将軍にも同席して貰っている。
「いいえトロスト将軍たっての願いでしたからな。謝罪は不要ですよ」
「どう言う事かしら?」
「今回の話が持ち上がった時に当然、軍事面を仕切る人材の話が出ておりました。
こやつは自らが領地を賜る機会を断り、皇妃様の元で働くと宰相に直接伝えたのですよ」
「そこまで買われる覚えがないのだけど?」
「ご謙遜を、わたしは街道の時も大岩の時も助けて頂いてます。でしたら今度はわたしが返す番でしょう」
すっかり陶酔しているっぽいから、買い被り過ぎだと言える雰囲気ではなさそうね。
気を取り直してノヴォトニー侯爵に領主とは~という質問をしてみた。
「領地の管理は簡単です。
優秀な事務官を見極めて雇い、そやつらを上手く動かせばよいのです」
「それはなんの伝手もなく雇えるものなのかしら?」
「伝手ならございますよ。
うちの領地を長年きりもりしてきた事務官をお使いください」
「それは有り難いけれど南部が困るのではなくて?」
「はははっもちろん筆頭事務官はお出しできませんよ。使って頂くのはその下の者たちになります。なに大丈夫です。奴らもそろそろ独り立ちして良い時期ですからな」
「ありがとう助かるわ。
では領地の管理はトロスト将軍を中心に、ノヴォトニー侯爵から紹介して貰った事務官を使ってやって頂戴な」
「わたしでよろしいのですか?」
「皇妃が頻繁に
苦労かけると思うけどノヴォトニー侯爵と相談しつつお願いするわ」
こうなるであろう事は任命したヘクトールもラースも気付いているはず。だからトロスト将軍を下に着けたのだと思えば、よく考えているなと思うしかない。
しかし完全に丸投げと言う訳には行かず、どうやら領主の確認が必要な書類もあるそうなので、私の元にも事務官を一人置いてそれらの書類はこちらに回すように決まった。
たぶんこれで大丈夫だと思うけど、最初のうちはよく見た方が良さそうね。
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