28:エルミーラの怪しい薬

 ライヘンベルガー王国では家族で食事を取る風習がある。それは王族でも変わらないから、久しぶりに祖国に帰国した私にも当然の様にお父様からの誘いがあった。

 まだ企みを断ってはいないからその誘いに乗っても構わなかったが、今後の事を考えると断る方が良さそうだと考えて他国の皇妃と言う立場を理由にし、部屋で従者らと取りますと返した。

 皇妃と言う名が効いたのか二度目の誘いは無く三人分の食事が部屋に運ばれてきた。


「うわぁ美味しそう!」

「そうね美味しそうだわ」

 落ち着きのないシャルロッテと冷静なヴィルギニア。言っている事は同じなのに二人の感情の込め方が対極で面白い。

「食べるならわたしか妹か、まずはどちらか一人にした方が良いですね」

 一人が食べてしばらく異常が無いか様子を見る。何もなければ他も食べると言う良くあるパターンだ。

「初日だから何もないとは思うけど……

 まさか慣れ親しんだ自分の部屋で、この様な疑心暗鬼な気分を味わうとは思わなかったわね」

「心中お察しいたします」


 話し合った結果、妹のシャルロッテが食べる事に決まった。

「じゃあ私が食べます!」

「シャルロッテ良いですか。もしもの為に食べ過ぎないように一口づつにしなさい」

「はーい。任せて、解ってるってば!」

 シャルロッテは念のためにすべての皿の品に口を付けた。一時間ほど経過し何事もなかったので、皆ですっかり冷めた食事を食べた。

「う~んご馳走はやっぱり温かいうちに全部食べたかったよ」

「あら食べられるだけマシでしょう?」

「そうですよ。シャルロッテは少し我慢を覚えなさい。

 あっ皇妃様お待ちください。パンは少し残しておきましょう」

 もしもの為の備えという奴だろう。

 ヴィルギニアの提案に従い、私たちはパンをいくつか包んで隠した。


 初日からこれかと、ハァとため息が漏れた。

 祖国なのにイスターツ帝国の時よりも酷い生活になりそうで泣けてくるわね。

 ほんとなんでこんなことしなきゃダメなのかしら……



 旅の疲れで体が重くて怠い……と言う設定で私はしばらく寝込むことに決めた。

 体が重くて怠いなどと言うのは自己主張だけの話だ。医者を呼ばれても熱などと違って診断しにくいのが良い。

 一先ずはこれで二~三日は稼げるだろう。

 その後はまた考えないとね。



 偽の病で伏せってから三日目の事。

 そろそろ限界かな~という時に私に訪問者が来たと報告があった。

 応対に出たヴィルギニアから商人のエルミーラの名を聞き、こちらに通して貰うように頼んだ。

「お久しぶりです皇妃様」

 髪を短く切りそろえスカートではなくてズボンを履いた男装の麗人。

「エルミーラ、あなたよくここまで入って来れたわね?」

「ふふふっお金を払うと便宜を図ってくれる人と言うのはどこにでもいるのですよ」

「つまり賄賂を使ったのね」

「いえいえ賄賂なんて滅相もない、わたしはここに立ち寄るための必要経費を支払っただけですよ」

「まあいいわそう言うことにしてあげる。来てくれてありがとう」


「さて皇妃様、見れば随分と苦労されている様子ですね。

 わたしの持ってきた品の中に、皇妃様の助けになる物があると良いのですがね」

「どうせお勧めの品があるんでしょう。買ってあげるから出しなさいな」

「お支払いは?」

「今回は全部ラースにツケておいて頂戴な」

 エルミーラは「畏まりました」と言ってフフフと笑った。


「わたしが思うに、皇妃様は常にお食事の困っていらっしゃるイメージがあるのですが如何でしょう?」

「違っていないわね」

「今回は日持ちする品をお持ちしています。

 ただ調理は出来ないでしょうから、ビスケットや干し肉と言った乾食ばかりです。栄養面は残念ながら良くはありません」

 火が使えないのを見越した品を選んで持って来ている辺り、相変わらずエルミーラは上手い商売をする。

「飲み物は手に入らないかしら?」

「今回は水袋を準備して参りました。お水は井戸で自らお汲みください」

 井戸は大抵は地下でつながっているらしく、毒を入れればすべての井戸が使えなくなるらしい。そこまでの愚考をするとは思えないから、自分で汲めば問題ないそうだ。

 食事に飲み物、これで最低限の生活は出来るだろう。


 残りの問題は二つ。

 ロザムンデの人質と、どうやって追及を躱すかだ。


「それからこちらのお薬は如何でしょうか?」

「どういう薬かしら」

「自然の薬草から作られた希少な品でして、これを飲むと発熱します」

「ねぇそれに何の意味があるの?」

 飲んで発熱するだけなら害以外に何もないように聞こえる。

「おや? いまの皇妃様は何よりも時間が稼ぎたいのではないでしょうか」

「なるほどね。その薬はどれだけあるのかしら?」

「今回持ってきた分は五錠ございます。

 いいですか強い薬ですから服用は三日に一度をお守りください。お勧めの方法ですが基本は薬を服用せず仮病で過ごし、医者が来たときだけ飲むと言う方式ですね」

「それも買うわ」

 この薬でひとまず二〇日ほど稼げそうだ。


「この薬を飲むにあたって皇妃様には一つだけ守って頂きたい事がございます」

「三日に一度は守るわよ」

「そちらではなく、ロザムンデ嬢に関係することです」

「どういう事?」

「彼女の家族を探している件はきっとお聞きになられていると思います。

 決行の二日前には合図を送りますから、そちらの薬を控えるようにお願いします。

 熱が出てぐったりしている皇妃様を担いでいくのは一苦労ですからね」

「分かったわ。でも一つ訂正してくれるかしら。

 私はそんなに重くないわよ」

「それは失礼しました。

 ところで皇妃様。少々値が張りますが、わたしは逃亡の手助けも請け負っておりますよ?」

 エルミーラは冗談めかしてニヤッと笑った。


 帰りしなにエルミーラは頻繁には来れませんと謝罪してきた。

 賄賂を受け取るような人間は裏切るのも早い。何度も来ようとすると今度はエルミーラの方に危険が及ぶのだろう。

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