27:決断

 ここはライヘンベルガー王国の謁見の間。

 私は使者としてイスターツ帝国へやって来たダニエルに連れられてここにやって来た。彼は報告の為、私は……

 なんだろう?


 ダニエルが跪いてお父様と話している。その隣で私は膝をつくことなく、二人の話をぼぅと聞きながらこれからの身の振り方を考えていた。

 つまりライヘンベルガー王国の企みに加担するか否か……

 ダニエルの報告を聞き、お父様は首尾よく私を連れ帰った事を労うと、娘を心配する父の顔を見せて私に微笑んだ。

「レティーツィア無事で良かった。内乱が起きたと聞いて心配しておったぞ」

「ありがとうございます。

 ですが戦火が帝都まで及ぶ訳はございませんのに、お父様は心配のしすぎですわ」

「何を言うか毒殺されそうになったと言うではないか。

 もっと早くにそうすべきであったと儂がどれだけ後悔したことか」

 その言葉に私は思わず失笑しそうになった。もっと早くにそうしなかったのは、私とヘクトールに肉体関係が無かったからだろうに、何を良い人ぶってるのか。


「長旅で疲れたであろう。お前の部屋は出て行った時のままにしてある。

 今日は早く休むと良い」

「ありがとうございます。

 ですが私は祖国を離れて皇妃となった身です。いつまでも子供の様に接するのはお止め下さい」

「何を言うか、どれだけ年齢を重ねようがレティーツィアが儂の可愛い娘であることは変わらぬ事実であるぞ」

「ええもちろん存じております。

 ただここは謁見の間でございます。国王陛下自らが公私混同するのはお止め下さい」

「フフフッお前も一端の口を叩く様になったではないか。

 イスターツ帝国の皇妃レティーツィア。貴女に相応しい部屋を用意して置いた。今日は存分に休まれよ」

「ええお言葉に甘えますわ。

 ありがとうございます、ライヘンベルガー国王陛下」

 兵に連れられて私が滞在する部屋に向かった。先ほどのお父様の言葉通り、その部屋は私がずっと過ごしていた部屋だった。

 物心ついてから十年ほど過ごした慣れ親しんだ部屋。カーテンの色から家具の位置も壁の傷も変わらない。

 本当に帰って来たと実感して胸が一杯になった。


 思えばあの国に行ってからと言うもの、夫であるヘクトールには子供とあしらわれて無視され、それを盾に将軍らに邪険にされて離れの屋敷へ追いやられた。

 屋敷での暮らしは酷いもので、家具やドレスはすべて売ったし、お母様の想い出の品まで売らなければ生活さえ困難な状態だった。

 ここまで酷い目にあったと言うのに、なぜイスターツ帝国に尽くさなければならないのか。別にライヘンベルガー王国の企みに乗っても良いんじゃないかしら?


 企みが上手く行ってヘクトールが暗殺されたとする。

 皇帝を失ったが懐妊した私が戻れば、その子を新たな皇帝として迎えるだろう。ただしヘクトールが用意した罠の事を知る宰相のラースだけは異を唱えるはずだ。

 そのお腹の子はヘクトールの子ではないと。

 宰相と私、どちらの言葉を信じるかなんて、この際どちらでも良いわ。結論だけ言えば再び国が割れると言う事でしょうね。


 いまの内乱の発端は私だ。

 ヘクトールが私を選び、ネリウス将軍の娘リブッサを拒絶した。


 そして次の内乱の発端も私……


 二度の、いや三度目の内乱で修道院にはテーアの様な子がさらに増えるだろう。

 親を失った子供たちの恨みと生涯決して他人には言えない嘘。それをずっと背負って生きるなんて、私には耐えられそうにない。




 今回私がライヘンベルガー王国こちらに来るにあたって、ラースから当然の様に護衛のできる者を付けられていた。

 護衛と言えば聞こえは良いが、何のことは無いライヘンベルガー王国のロザムンデと同じ立場の女性だ。つまりイスターツ帝国がつけた監視役でヴィルギニアとシャルロッテの二人。双子の姉妹で顔がそっくりなので、髪の左を結い上げ前髪を右分けにしているのが姉のヴィルギニア。その逆が妹のシャルロッテだと紹介された。

 似すぎていてこっそり分け目を逆にされたらきっと分からない。

「あなた達にお願いがあるのだけど良いかしら?」

「はい皇妃様、何なりと仰ってください」

「ロザムンデの家族を探し出して助けて頂戴」

「残念ですが異国で人質を探すと言うのは、それほど容易い事ではございません」

「それは理解しているつもりよ。でも彼女に害が及ぶと分かっていて無視できるほど私は強くないのよ」

「その言い方だと皇妃様は祖国を裏切ると仰っているように聞こえます。

 しかし私たちはラース様から、皇妃様は帝城でとても冷遇されていたとお聞きしてます。ですから、そのぉ……」

 ご存知ですよねと言い辛そうに……

 そう言ったのは、えーと左分けだから妹のシャルロッテね。


「天秤にかけてみたのよ。

 私は自分の事はどうでも良くて、一番はテーアの様な、いらぬ苦労をしなければならない子をこれ以上増やさない事なのよ。

 私がライヘンベルガー王国の企みに乗れば間違いなく国が割れるわ。そうするとテーアの様な子がさらに増えるでしょう。だったら私はそんな事しないわ」

「ご立派な事ですが口ではなんとでも言えます」

「お姉ちゃん!?」

「いいえこれはヴィルギニアが正しいわ。それよりもシャルロッテ。貴女はちょっと口が軽すぎかもね」

「ううっごめんなさい」

 そして謝罪。さらにこの子はちょっと素直すぎるわね。

「それでやってくれるのかしら?」

「試すような事を言って申し訳ございませんでした。

 実は先だってそちらの調査は進んでおりまして、決められた報告を待つだけになっております」

「へぇ流石はラースね」

「いいえご指示されたのは皇帝陛下だとお聞きしております」

「えっ?」

 ヘクトールがなぜ私の従者の事を気にするのかと一瞬不思議に思ったが、すぐに理由に思い当たって納得した。

 私に対する足枷を排除したい以外にある訳が無かった。



 後は……

「私が拒否した場合の事を話すわ。

 睡眠薬かそれとも媚薬の類か、薬漬けにされて代わる代わる犯されるのが最悪のケースかしら?」

「殺すではなくですか?」

「殺してしまうと私が生んだ子だと証明できないわ。

 まず私が懐妊した姿を見せるのが第一条件。次は私と赤子を一緒に見せる必要もあるわね。でもその後は私の命はどうでもいい。殺す方が後腐れないでしょうね」

 そしてその時の赤子は別に私が生んだ子である必要はない。

 何故なら、薬漬けにした末に生まれた子が健やかに育つ可能性は如何ほどか? つまりそう言う事だ。

「しかし実の娘に対して意識を奪う様な薬を使いますかね?」

「あら貴女が言った『殺す』よりはマシなんでしょ?」

「それは最悪のケースの話で、わたしは本気でそう思っておりません」

「あら良かったわ。私も最悪のケースで話しているつもりよ」

 ただし当たらずとも遠からずだろうが……


「殺すための薬ではないから銀は反応しないはず。だから私もあなた達もここの食事を食べる訳には行かないわ。

 二人はそれに変わる食事を準備して頂戴な。

 それから私を決して一人にしない事。攫われたら負けと知りなさい」

「「畏まりました」」

 とは言っても、ほぼ監禁と言うこの生活でどこまで抵抗できるかしらね。

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