29:第二妃

 祖国に帰って二週間。

 エルミーラの薬を使って、のらりくらりと誤魔化してきたのだが、いよいよ限界が来たらしい。

 この日ついに私の部屋にお父様とダニエルが訪ねて来た。

 この取り合わせは良くない。

 彼ら二人だけなら拒否も出来ただろうが、二人はご丁寧に女騎士を数人連れてきており、イスターツ帝国から来た二人の護衛侍女を出払うようにと要求してきた。


 どうするかと逡巡しゅんじゅんしていると、

「そう言えばロザムンデはイスターツ帝国に残して来たんだってね。

 折角の祖国なのだから彼女も帰ってこれば良かったのに」

 ここでロザムンデの名を出すか……

 それにしても白々しい事だ。ロザムンデに一緒に帰ろうと言ったら、『わたしは帰らないようにと仰せつかっておりますので』と言って断られたのだ。

 こういった時に私に言うことを聞かせる為にあえて帰国を許さなかったのだろう。

「ヴィルギニア、シャルロッテ。ここは良いわ、部屋の外で見張りをなさい」

「皇妃様!?」

「シャルロッテ、皇妃様のご命令です。従いなさい」

「……畏まりました」

 これで部屋の中はライヘンベルガー王国の色に染まった。


「レティーツィア体調は良くなったか?」

「そうですね、今日は体調も良い様で熱も下がっておりますわ」

「それは良かった。

 山猿特有の怪しい病気にでも掛かったかとこやつがずっとヤキモキしておったぞ」

「陛下それは!」

「なんだ本当の事であろう。ハハハハッ」

 気恥ずかしそうにダニエルが顔を赤くしている。

 昔の私ならきっと喜んだだろうが、先ほどのロザムンデの発言を聞いた後だと安っぽい芝居にしか見えない。


「それで今日はお二人でどうされました?」

「まぁその……」

「ふん。まさか一年も待たされるとは思わなんだな。

 あの若造め、自分から選んで置いて手出しをせんとは。とんだ愚か者だったわ」

「はい? 今なんと仰いました」

「なんだ仮にも夫を愚か者と言ったのが気に入らんのか」

「いえその前ですわ」

「あぁお前は知らなんだのだったな。

 しきりにアニータを出せばとダニエルに文句を言ったと聞いていたが、何も儂らも好き好んでお前を出したわけではないぞ。

 アニータとレティーツィア、二人の肖像画を見せてヘクトールに選ばせたのだ」

「え?」

「実はそうなんだよ。僕も後で聞いたんだけどね」

「でもあの肖像画はお母様の物でした。そもそもそれが間違いではないでしょうか?」

「幼かったお前は姿がすぐに育つからな、丁度都合の良い肖像画などなかった。かと言って描かせるには時間もない。

 仕方なく良く似ているお前の母の肖像画をだしたのだ」

 使者にはそう伝えたそうだが、ヘクトールが聞き漏らしたのか、それとも使者が伝え忘れたのか、結局彼は勘違いしたまま私を選んだそうだ。

「そうだったのですか……」

「まあ今さらどうでも良かろう。

 さてレティーツィアよ。ダニエルから色々と聞いておろう?

 お主はこやつを好いておったはずじゃ、もう人目をはばかる必要は無し、後は二人で好きに過ごすが良い。

 分かっておるなダニエル」

「はっ」

「お父様! それは本気で仰っていますか!?」

「はてお前は母と似て賢いはずじゃが、よもや断れると思っておるのか」

「レティ頼むよ。僕の子を産んでくれないか?」

 その台詞は今ではなく、もっと前に聞きたかった。

「お断りします」

「ほお」

 お父様の眼が細くなり私を睨みつけてくる。

「レティ駄目だよ!」

 ダニエルの手が私に伸びてきた。それをパシンと払い退け、

「私はイスターツ帝国の皇妃です。手を触れるのは許しません」

「おい!」

 お父様の声に反応し、女騎士が私を捕らるため構えた。

「ヴィルギニア!」

 こちらも叫べばバンッとドアが開き、ヴィルギニアとシャルロッテが入ってくる。

 ここでの唯一の勝ち筋は一つ、国王陛下お父様を人質にすることだ。



 私は体よく女騎士に捕らえられたが、ヴィルギニアたちもお父様を捕らえている。

「ふふふっお父様、ここは痛み分けにしましょうか」

「何を馬鹿な。今ならば娘の軽い反抗期として笑って許してやろう。

 さあこの手を離せ!」

「あら分が悪いのはお父様の方ですよ。私はこの場を生きて子を産まなければなりませんが、お父様の生死は不問ですもの」

「お前は!」

「や、やめるんだレティ。だって陛下は君のお父上だよ?」

「娘を嫁にやり、その国を傀儡としようとする卑劣な男を私は父と思いたくないわ」

「まて、分かった。手打ちにしよう。

 儂はイスターツ帝国から手を引くと誓おう」

「良いでしょう。まずは私を離しなさい」

 私を拘束していた女騎士がその手を緩めた。

 続いて儂をと言う顔を見せるお父様に、

「国を出るまで拘束します。ライヘンベルガー王国の護衛騎士は十名になさい!」

「なに!?」

「レティ待って」

「まだ何か?」

 ダニエルがニィと嗤いながら、

「ロザムンデの事はいいのかい?」と問うてきた。

 なるほどこちらが彼の本性か。


「あらロザムンデの事を心配してくれてありがとう。でも大丈夫よ。彼女の家族なら今頃イスターツ帝国の精鋭に助け出されているはずよ」

 二日前、エルミーラの決めた合図がこの部屋から見えていた。

 だから私はあの熱の出る薬の服用を止めていたのだ。

 そして今朝、失敗の合図は無かったからきっと上手く行ったはずだ。

「なんだと!?」

「分かったらそこを退いてくれるかしら」

「もう少しで僕は公爵になれたと言うのに……

 なんで君がそれを邪魔をするんだよ!?」

「そう……、私利私欲で私を口説いていたのね。心の底から見損なったわ」


パンッ!


 私はダニエルの頬を平手で打った。

「さよなら」

 私に叩かれて放心しているダニエルに一方的にそう告げると、私は踵を返し部屋を後にした。


 城を出るまでお父様を拘束し、城の門を開けさせた。

 だがたったの三人でこの様な事が出来る訳が無い。実はお父様を連れて廊下を歩いていると続々と人が集まってきて、いつの間にか二十人ほどが団子になって私たちを護り始めたのだ。

 考えられるのはエルミーラの買収だが……

 どうやら随分と高い借りを作ったかもしれないわね。


 王都を出るとそのエルミーラが待っていた。

「皇妃様お待ちしておりました」

「エルミーラ、貴女の買収は凄いわね」

「ああ彼らですか? あれはわたしの手腕と言うよりも、皇妃様のお母上のお陰と言うべきでしょうね」

「お母様がなぜ?」

「どうやらわたしは最初の一人目にアタリを引いたらしくて、今回の事情を話したら仲間に声を掛けておくと請け負ってくれたのです。

 鵜呑みにするわけには参りませんからもちろん素性は調べました。すると彼らは皇妃様のお母上である第二妃グレーティア様に仕えていた人ばかりでしたよ。

 亡くなってから十五年ほど経ちますが、これほどとは。レティーツィア様のお母上はとても人気のある女性だったようですね」

「そうみたいね……」

 ありがとうお母様。

 時を超えた母からの助けに私は心の中で感謝した。

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