15:過去からの束縛
南部を体よく引きこんだ後は西部を引きこみたかったが、奮起している民衆は沈静化せずいまだに終わりを見せなかった。西が落ち着かない限り西の領主らがこちらに戻ることは無いからどうしようもない。
南部の領主ノヴォトニー侯爵との交渉の際には強がって見せたが、最初から書状一枚で簡単に改善するなんて思ってはいない。
私は改めてラースを呼び付け、主要街道の道幅を広げるように伝えた。
「意図をお聞きしても?」
「馬車が二台容易にすれ違える幅があれば、馬車同士が道を譲り合う必要がなくなるわ。
道を譲る時間が無くなり輸送の速度が上がれば物価に影響すると思わない?」
「ん。つまり馬車の進行方向にルールを設け、片側だけを使うようになさると?」
「そうよ」
「確かにそれは効果がありそうですが各領地は領主の管轄ですので……
まずは帝都に至る道、中央部で実験させて頂きたく思います」
実際に行うには金と労働力がいる。その権限は私には全くないのでお任せするしかない。
ラースを下がらせ次はどうするかな~と悩んでいた所に、ラースからライヘンベルガー王国からの先触れがあったと報告が入った。
検分された後なのだろう、受け取った書状が開封済みなのは前の通り。
随分と久しぶりだな~と思いながら、私はライヘンベルガー王国の王族にだけ伝わる読み方をして手紙を解読した。
あれほど煩かった『子供』の話は一切触れず、『使者が来たら上手く時間を取って二人だけで話せ』とだけ書いてあった。
これってわざわざ秘文にすることかしらね?
その意図が判らず首を傾げる。
そう言えばこれは先触れだったなと思い普通に手紙も読んでみた。
要約すれば、皇妃になった私がどういう生活をしているのか見たいと言う内容だ。
今さら? と首を傾げる。だって生活費が無くなり従者を全員解雇して、ずっと音沙汰が無かったのだからね。
どうやらヘクトールが居ないこの時期を狙っていたのだと気付いた。
うん?
もしかして西部にマイファルト王国の影をチラつかせたのって、ライヘンベルガー王国の策略じゃないかしら。
そうなると私が送ったマイファルト王国への書状の話は、ライヘンベルガー王国に伝わってる可能性がありそうね。
国の間近まで攻めてきた隣の無礼な国の皇妃が突然、友好国であるライヘンベルガー王国の第三王女を名乗って書状を出してきた。
普通に考えればマイファルト王国は、ライヘンベルガー王国にその裏付けを取るに違いない。『貴国の第三王女はイスターツ帝国に嫁ぎましたか?』とね。
あらだんだん繋がって来てない?
西部を混乱させる為にマイファルト王国の影をチラつかせる。
それを収める為にヘクトールが出向き、城を留守にする。
私が友好国の元王女としてマイファルト王国に書状を送る。
マイファルト王国がその真偽をライヘンベルガー王国に確認する。
そして……
マイファルト王国の質問にどう答えるかはライヘンベルガー王国次第よね。
〝本当〟と言えばマイファルト王国は手を引き、友好の話が持ち上がる。
しかし〝嘘だ〟と言えば、マイファルト王国は私を嘘つき呼ばわりして怒り狂うだろう。場合によっては攻めてくるかも?
いいえ違う攻めてくるわ。私を切り捨てたのだからマイファルト王国とライヘンベルガー王国が共闘してくるに違いないわ。
ここで〝二人だけで話せ〟と言う所に注目すれば、つまりライヘンベルガー王国は、監視を失って言う事を聞かなくなった私を一方的に脅迫できると言う事かしら。
うわぁ会いたくないわ~
二週間ほどで先触れの通りライヘンベルガー王国の使者がやってきた。その使者の代表のところにはダニエルの名前が書いてあった。
ここで彼を使うか……
私の生活費が無くなっている事はとっくに祖国には知れ渡っているだろうから、取り繕いますと言うラースを止めて私は今のありのままの生活を見せる事にした。
これで同情が引ければ安いものだ。
若い女の侍女を連れてダニエルは屋敷を訪ねて来た。私が暮らす屋敷の中の有様を見たダニエルは、頬を掻きながら、
「想像以上に酷いね」と苦笑を浮かべた。
「もう三ヶ月にもなるから随分と慣れたわよ」
言いながらお茶に口を運ぶと、ダニエルも同じようにカップを持ち口へ運ぶ。しかし彼はお茶を飲みすぐに顔を顰めた。
理由は簡単、美味しくない上に薄いのだろう。
お茶の葉は高いから貴族ではとても買わない様な質の悪い葉を、それも少量だけ使って淹れている。さらにそのお茶を淹れているのは訓練を受けた侍女ではなくて、見よう見まねで覚えたテーアだ。
すっかり舌が肥えたダニエルが美味しいと思う訳がない。
「う~ん。これではとても皇妃の扱いとは思えないよ」
「お父様は失敗したのよ。お継母様になんか騙されずに、ちゃんとイスターツ帝国の法律を調べていればこんなことにはならなかったわ」
「年齢かい?」
「ええ私はこの国では未成年ですもの。子供は相手にしないと私はヘクトール様からハッキリを言われたわ。
だから悪いのだけど、二年後にでもまた見に来てくれるかしら?」
「それでも君なら出来ると陛下は思われたんじゃないかな?」
「無責任な代弁はやめて頂戴!」
「悪かった。ごめん」
謝罪の言葉を聞いても私は止まらなかった。
「アニータお姉様なら上手くやるですって? 当たり前でしょう! だって年齢の障害が無いんですもの!
ねえ! だったらなんでアニータお姉様を出さなかったの!?
どうして私だったのよ!!」
「落ち着いてレティ」
彼は幼い頃に良くやってくれたように、私の頭の上に手を乗せてポンポンと優しく慰めてくれた。
しかし以前は心地よかったそれも、今は不快でしかない。
「触らないで!」
「ど、どうしたの? レティらしくないよ」
「仕方がないじゃない! お城の暮らしからこんな貧相な生活になったのよ!?」
「そうだったね。ごめん」
再び手が私の頭の上に乗った。
今度はそれを払いのけず、顔を伏せた。
「レティが大変なのは良く理解できたよ。
国に帰ったら僕がちゃんと国王陛下に伝えておくよ。それでねレティ、君の助けになる様にと国王陛下から少しばかり贈り物を預かって来たんだ」
それを合図に女の侍女が一歩前に出てくる。二十台前半のウェーブの掛かった肩ほどの髪の女性。口が一文字なのでややキツイ雰囲気を受ける。
「彼女の名前はロザムンデだ。とても優秀な侍女でね、
ああだからキツイ印象なのかと合点がいった。護衛侍女と言うちょっと特殊な訓練を受けた存在、当然お給金は高い。
「でもねダニエル。私には彼女に支払うお金が無いわ」
「大丈夫だよレティ、安心して。ロザムンデの給金は国王陛下が払って下さるんだ。だからレティは何も気にしなくていいんだよ」
やはりそう来たか。
そして連れてきた人数はこちらが断りにくい一人だ。だが断りにくい反面、逆に監視が疎かになるかも知れない。
それでも一人か……
つまりロザムンデは、それを差し引いてでも問題のない人物。彼女は信頼され決して裏切る事のないのだろうと想像できる。
「でもここでの生活は酷いのよ。彼女にも悪いわ」
「ロザムンデ、大丈夫だよね?」
「ええもちろんです。このくらいの事でしたら問題ございません」
ロザムンデの返答を聞いて「だってさ」と言ってダニエルは笑った。
これ以上の拒否は不味いと判る。どうやらここらが折れ時みたいね。
「そうなのね……良かったわ。
お父様に『ありがとうございます』とちゃんと伝えて頂戴ね」
「もちろんさ」
そしてダニエルは当面の生活費として、纏まったお金をくれた。
小袋を開けると金貨ばかり、確かにこれだけあれば生活には困らない。その代償に監視が付いたが、実際に生活する上では特に障害にはならないだろう。
問題はテーアが抱き込まれることだけど……
どう対策すればいいかしら?
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