13:貧困
きっと一度上手くいったから相手が味を占めたのだろう、野菜の被害は何度も何度も起きた。
畑が屋敷の眼と鼻の先とは言え、私とテーアの二人きりで四六時中見ていられる訳もなく、おまけに人を雇ったのか、いや雇う必要もなく私が多分に嫌われているのか、リブッサが現れなくとも荒らされていることが増えた。
「もう野菜は諦めましょうか……」
費用対効果を考えるともはやこれに利があるとは思えない。
「でも……、あたしはレティ様にサラダを食べて頂きたいです」
不満気に唇を真一文字にするテーア。
う~んこのまま放っておくと夜通し見張りそうな勢いね。
種と芋の代金は私が支払っているから、エルミーラの仕入を止めればそれで済むのだが、何も言わずにそうすれば遺恨を残すだろう。
悔しいとか捕らえたいと言う気持ちは分かる。
しかしそもそもいつ来るかも判らないから、こういうことは長期戦になりがちだ。それを見張るなんて、十二歳の子供が一人で出来る訳がない。
それにテーアは気付いていないけれど、例え発見したとしても暴れられれば、テーアと私が二人で束になっても勝てないかもしれないのよね。
発見して良い事と、発見して悪い事があると言うのを理解しろと言うには、彼女は少しばかり幼すぎるだろう。
「先は長いの、ここで無理をしてはダメよ。
でもちょっとの贅沢は必要よね。種の代金を節約してたまに野菜を買いましょう」
努めて明るく言うと、テーアはしぶしぶ納得してくれた。
ヘクトールが出立して一ヶ月ほどが経過した頃、西部の土地の民は到着した軍と早々に小競り合いを始めたらしい。
と言っても民衆相手なので軍は剣を抜かず、盾だけで抑えているそうだ。
頭まで筋肉になっている馬鹿な将軍だと迷わず剣を抜いていただろうから、ヘクトールは非常に為政者向けの考えを持っている様だ。
殺せば遺恨は残るが早く終わるのに対して、
果たしてこれに危機感を覚えている将軍は何人いるかしら?
そもそも納得する理由が出て来なければ、盾でいくら制しようが終わらないのだ。つまり今回の場合ならば、彼らが要求する食料事情の解決と言う事だが……
本当は高みの見物と決め込みたかったが、相手が民衆となるとそうもいかない。
これが軍同士なら放っておくんだけどな~とボヤキながら、私はラースを呼んだ。
ラースは時間通りに屋敷へやって来た。ヘクトール不在のいま、単身訪ねてくる様な愚かな事はせず、彼は見知らぬ侍女を一人連れてきている。折角なのでテーアに、彼女のお茶の淹れ方を見ておき真似るようにとそっと伝えておいた。
「急に呼んで悪いわね」
そして一口紅茶を飲む。
久しぶりに美味しい紅茶だと頬が思わず緩んだ。
「いえ構いません。西部の話だと推測しておりますが、皇妃様は何か妙案でもおありでしたか?」
「そんなに期待されても困るわよ」
軽く笑って返すとラースがコホンと咳を一つした。
仕切り直しと言うことだろう。
「民衆の要求は食料です。物価が高くて以前より生活が貧困になった事に対する不満が爆発したようです」
私は自分でエルミーラから食料を仕入れるようになってから、相場と言う物に少々敏感になっていた。
西部の民衆が不満を爆発させて反乱を起こしたと聞き、また生活費が上がるなと思っていたのに実際は何も上がらなかった。エルミーラに詳しく聞けば、私が買っていた品のほとんどが東部から入っているそうだ。
そして驚く事に、この食料はここ中央だけではなく北部と南部、さらには西部にまで流れていると言う。現在の通行税は領主が自由に取っていると言うならば、
「彼らは以前、どこで麦を手に入れていたのかしら?」
「マイファルト王国です」
予想通りの国名が出て私は内心でホッと胸を撫で下ろした。
イスターツ帝国は新王派に組したとして西部の国を二つ滅ぼしている。その一歩先のマイファルト王国は、次は我が国かと軍備を増強したらしい。
まぁ実際には攻めていないのでその備えは空振りに終わったのだが……
さて滅ぶ前の西部の国とマイファルト王国は国交はあった。
しかしその滅んだ西の国を挟み、そもそもマイファルト王国とは隣接していなかったイスターツ帝国は彼の国との国交がない。
さらに残念なのは、イスターツ帝国皇帝のヘクトールはここ数年は国を纏めるのに必死で、隣国に対するアピールを怠った。
それはもっとも近い私の祖国ライヘンベルガー王国に使者が来なかったことからも伺えよう。
だが平和で臆病な我が祖国は、過去の歴史を捨ててでも先に使者を送ると言う決断をしたから事なきを得たともいうが……
つまり
「そのお隣のマイファルト王国なのだけど、私の名前を使えば上手く行くかもしれないわ」
祖国ライヘンベルガー王国とイスターツ帝国はあと一歩進めば山を越えることなく、西で国が交わる。
そのあと一歩先の国こそがマイファルト王国。
つまりマイファルト王国はライヘンベルガー王国と隣接しており兼ねてより国交があった。その第三王女であった私が皇妃として頼めば、この遅れはまだ間に合うはずだ。
東西から食料が入ってこれば、値段をグッと下がるはず。
「それはわたしも考えておりました」
「へぇだから今日の誘いに乗ったのね」
「いいえとんでもございません。
皇妃様に呼ばれたのですから、どのような時でもすぐに参上いたしますよ」
「そう言うことにしておくわ」
「ありがとうございます。それで、なにとぞお願いできますか?」
「条件があるわ」
「ここの使用料の件でしょうか?」
「違うわよ馬鹿」
「はあ?」
私の漏らしたはしたない口調に宰相が珍しく驚いた表情を見せる。
ふうんこの人でも驚くんだ~と、話が反れたわね。
「マイファルト王国に対して、まずイスターツ帝国が攻める意思がないと示しなさい」
「それは当然のことですね」
「その当然のことを貴方たちは後回しにしていたのではなくて?」
「確かに仰る通りで耳が痛いですな。
畏まりました。皇帝陛下に確認し、直ちに処置いたします」
すっと腰を上げたラースを私は「待ちなさい」と引き留めた。
「まだ何か?」
私は先ほど認めておいたマイファルト王国宛の封書をラースに見せた。
「皇妃様は随分と準備がお早いですね! 有り難く頂戴いたします」
私は封書に伸びてきたラースの手をピシャリと叩いた。
「ッ!」
「これと交換です。西部と南部を治める領主を私のところへ連れて来なさい」
イスターツ帝国の北部は細かく分かれていて纏まりが無いが、残る東と南と西部は辺境伯と呼ばれる大きな勢力が決まっているから声を掛けやすい。
まぁ掛けやすいと言っても、私を完全に敵視している東部、つまりリブッサとその親ネリウス将軍は除外だけど。
「南部ですか? しかし南部は何の関係も?」
「そんな事、貴方は気にしなくてもいいわ」
「しかし南部……、ああっなるほど。いよいよ対立なさるおつもりですか」
「あら私は最初から対立しているつもりだったわよ」
「左様でしたね、大変失礼しました。
すぐにと言いたいところですが、申し訳ございません。今は非常時ですので西部の者は
そりゃあそうだろう頷く。当事者の西の者が今ここに居たら逆に驚きだわ。
「ええそうね。西部の方は終わった後で構わないわ」
「ありがとうございます」
「南部の者を連れて来たらこれをあげるわ」
ラースはすぐにと立ち上がり、今度こそ屋敷を出て行った。
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