12:出立

 一ヶ月ほど経つとイスターツ帝国の問題点が見えてきた。この国はほとんどが高地だから農地が少ない。そのため麦を使う食品はどれも高かった。

 その麦は温かい東部の国から運ばれるのだが、愚かなことに領主が通行税を自由に取っているらしい。そうすると東部の領地は潤い、西部の領地は徐々に痩せる。

 離れの屋敷でエルミーラから品物を買っているだけの私が気付くのだ。宰相のラースならばとっくに気付いているはずだ。

 しかしヘクトールが片腕と称して重用する、ネリウス将軍の力が強すぎて何も言えないのでしょうね。


 そしてついにというべきか、新たに領土となった西部で民衆の反乱が起きたと言う報告が入った。

 名をイスターツ帝国と変えはしたものの、西部以外はほぼほぼ旧クローデン王国の領地である。だから国の名前が変わろうが民衆の戸惑いはそれほどでは無かった。

 しかし西部は違う。彼らは元々他国の住人である。侵略されてしばらく、一向に生活が良くならないからついに不満が爆発したのだろう。


 今回の反乱は民衆が起こした物だから軍を出して制圧するのは下策だ。

 根気よく民衆らから要求を聞き、どうにか落とし所を決めると言う気の長い作業が必要となる。


 私が真っ先に思い浮かべたのは宰相のラースだ。

 彼が行けば交渉が上手く回るようには思うが、戦後の国特有の武官の方が力が強いと言うこの状況で、文官筆頭の彼が抜ければ、国の復興はさらに数年は遅れるだろう。

 それに彼が出ていくと、私のここでの生活はさらに悲惨になりそうに思う。


 次の候補は……、う~ん私かしら?

 すっかりお飾りの皇妃になっているけれど、民を相手にするのならば女性で、おまけに権限を持つ私は─実際にあるかは置いておいて─適任だ。

 そもそも生粋の王族たる私はライヘンベルガー王国でこのような事例について、過去の対策も学んでいるから、それほど間違った事はしない。

 治める自信は無きにしも非ずかしら?



 反乱の噂を聞いてから二日。私は城の謁見の間に呼ばれた。

 簡易のドレスを着て、化粧をせずに城へ向かった。皇妃だと言うのに謁見の間を歩かされて・・・・・・・・・・玉座に座るヘクトールと対峙する。

 今さらこんなことで文句を言うつもりはない。ただただ呆れただけ。


「私をお呼び頂いたようですね。どういったお話でしょうか?」

 立ったままそう聞いた私に、「皇帝陛下の前だぞ跪け」と外野から舌打ち混じりの叱責が聞こえてくるが無視だ。

「西部で民衆が反乱を起こした」

「左様ですか」

 ここですでに知っていると言う返答は不要だろう。

「将軍の中には貴女に行かせるようにと言った意見もあった」

「あったと言うことはヘクトール様が許可を出さなかったと言うことですね」

「ああ勿論だとも。子供に・・・国の大事を任せられる訳が無かろう。

 それにな民衆はどうやら西部のマイファルト王国を頼りにしているらしい。もしも奴らが出張ってこれば、戦が出来ない貴女では役不足だ」

 そういった理由を聞くとなるほど私では役不足だろう。

 しかし後ろのことだけで十分に納得出来るというのに、なぜ先に私を侮辱する言葉を言う必要があったのか、甚だ疑問だわ。

 だがこの程度の事で噛みついていては相手の思う壺だろう。私はさっさと流すことに決めた。

「そうなると皇帝陛下自らが出向かれるしか方法はございませんね」

 交渉ごとができぬ将軍は元より、他国が出張った場合に私も宰相も戦ごとには不向きであるから共に消えた。

 二枚出して良いなら私と~という選択肢もあっただろうが後ろの事情で否定している。つまり一枚で両方を兼ねるのならばヘクトール以外に出番がない。


「ああ貴女に言われるまでもなく俺が行くつもりだ」

「分かりました。ご無事のお帰りをお待ちしております」

「ほお無事を祈ってくれると言うのか」

 そりゃあそうだ。

 いまヘクトールにもしもの事があれば、イスターツ帝国は分裂してまた長い戦の時代が続くだろう。

 そしてそのしわ寄せはすべて民衆に向かう。

 脳裏に過るのは修道院の事……

 今よりも貧困に喘げば、月に一度のチーズすら消える。

「勿論です」

「ふん本心がどうかは知らんが、まあ有り難く頂いておこうか」

 そして話はそれだけだと、さっさと退場するように言われた。

 こちらもそんなに長く喋りたい相手でもないから、踵を返して謁見の間を、今度は逆に扉に向かって歩いて行った。

 背中には嘲笑の声が聞こえた。




 ヘクトールが西に旅立ってしばらく。私が暮らす離れの屋敷の周りにリブッサが頻繁に姿を見せるようになった。

 友好的に訪ねて来たと言う訳はなかろうが、彼女は私を嘲笑うこともせず、何も言わずにフラっと来てフラっと帰るだけ。その意図は不明。

 そんな事が数日続き、ついに庭先に植えていた野菜の苗が無残にも踏み荒らされていたことにテーアが気付いた。

 自分の事ならば我慢出来た。しかしだ!

 サラダくらいは食べたいわねと、私がうっかりぼやいたから。彼女は育てるのが容易と聞いた葉物の野菜の種を購入した。

 初めての事だからと時間を多分に割いてことさら丁寧に世話をしていたのを見ている。

 ずっと一生懸命育てていたのに!

 もう少しで食べられそうですと笑っていたのに!!

「あの女!!」

「半分はダメですけど……、でも全部じゃないです。

 だから大丈夫ですよ」

 憤慨している私をテーアは必死に宥めようとする。しかし私はすっかり頭に血が昇っていてその声が聞こていなかった。

 今度来たら文句を言ってやらないと気が済まない!


 翌日。同じくフラっと現れたリブッサに文句を言った。

 ニヤニヤと嗤う糞女!

 しかし足跡が違うだの、自分は庭園の樹を見ていただけだとか言い訳が続き、最後にはすっかり水掛け論になった。

「あたしを犯人にしようとするなんて、まあ恐ろしいわ!」

 そんな捨て台詞を残してリブッサはさっさと帰って行った。

 予想以上に早く逃げて行ったことで私は嵌められたことに気付いた。



 そしてその日のうちに宰相のラースが屋敷を訪ねて来た。

 リビングでラースは何とも言い難そうに唇を噛んでいたが、ついに口を開き、

「申し訳ございませんが、皇妃様をここから追い出そうと言う話が出ています」

「どういう事!?」

「例によってネリウス将軍が発端ですが……

 本来ですと皇妃様はお城に住まれておりまして、離れの屋敷を使われることはございません」

「そうね。でも私はここから出て行けと言われて、仕方なくこの屋敷に引き籠っているのだけど?」

「ええそれも存じております。

 ですが本来使用しないはずの屋敷を使っていますので、その使用料を支払って頂かないと不公平だと、まあそう言う訳です」

「つまりここに居たいなら金を払えと言いたいのかしら?」

「有り体に言えばそうなります」

「じゃあここから出るから皇妃の部屋の準備をして頂戴な」

「恐れながら今は皇帝陛下がご不在ですので……」

「どうして自分の部屋に戻るのにヘクトール様の許可が必要なのかしら?」

「……まことに申し訳ございません」

 ラースからの謝罪。

 いや解っていたことだ。だから奴らもこの時期を選んだに違いないのだ。

 もうこれ以上は宰相も酷だろう。


「はぁ……それで? いくら支払えばいいのかしら」

 そして出された金額は……

 二年は優に持つと思っていたがもはや半年も持たないと言う額であった。



 数日に一度のエルミーラの訪問日の事。

 私は売らずに残して置いた少し使い込まれた箱を取り出してエルミーラに見せた。

「この宝石を適切な額で買って頂戴な」

「これは、お察しするに祖国からお持ちになった品ですね。本当によろしいのですか?」

 そう聞かれるとよろしくないと言う回答になる。

 なんせこれは私のお母様が生前に着けていたと言う品ばかりだ。肖像画と少し使い込まれた箱これ以外、他に思い出もないから大切には違いない。

 しかしこれから生きていく為にはこれを売ってでも金を作る必要がある。

「高く買えとは言わないわ。適切な額で頼みます」

「畏まりました。鑑定のため一度お預かりしても?」

「……どうぞ」

 少し言葉に詰まり、捨てがたい気持ちを見透かされたかと思ったがエルミーラは何も言わずに流してくれた。


 速いエルミーラはその日のうちにお金を持ってやって来た。

「お預け頂いた宝石の代金をお持ちしました」

 普段ならば有り難い〝速さ〟なのだけど、この時ばかりは素直に喜べない。


 受け取った金額はやや控えめ。型の古い品だからまあそうだろうなとは思う。

 思い出が代金に反映されれば良いのに……、残念だわ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る