11:新しい生活④
夜遅くになったのでエルミーラに、今晩は屋敷に泊まっていくように薦めた。
彼女は遠慮していたがこの時間では他に行く場所も無かろうと強引に引き留めた。それが幸いしたと思ったのは翌朝だ。
私が持っていた一人で着られるドレスの数は二着。
本日は三日目なので、つまり着られる物がないのだ。と言う訳で、昨夜に泊めたエルミーラを呼びつけてドレスの着付けを手伝って貰った。
「皇妃様、言っておきますがわたしはやった事がございませんよ?」
「大丈夫よ、侍女はパパッとやってるもの。きっと簡単よ」
だったら自分でやれと言われそうだが、背中に何個もあるリボンを金具に掛けながら自分で結べる訳がないでしょ?
「あのわたし、実は不器用なんですよね」
「今日は外出しないつもりだから最悪ないわ。だから大丈夫よ」
「そうですか、じゃあ……」
こうして何とか着れたのだが、どこかおかしい可能性は多分にあるだろう。
まぁ来客もなさそうだし構わないかな。
朝は昨夜にエルミーラから貰ったパンの残りを食べた。
その際にテーアが淹れてくれた二度目のお茶はまぁまぁ飲めた。
美味いではなく、今後の成長に期待したい味だ。エルミーラもそれを飲んで眉を顰めているから、私と同じ感想かしらね?
パンとお茶だけの手軽な食事が終わると、
「家具は本日中に引取りに参ります。
まずは早急に必要な服と食料品を早々に運び入れますので、昼前にまた伺います」
そう言うや、速さが売りらしいエルミーラはささっと帰っていた。
さてここからはテーアと二人きりとなる。
しかしテーアは掃除に洗濯と何かと忙しそうに動き回っているから、私の相手をする様な暇はなさそうだ。
そうなるとお茶を淹れてくれる人が居ないので、本格的にやれることが無い。
暇だな……
ふわぁと欠伸が漏れた。
掃除の邪魔になるかなと思い、リビングを出て自室に戻った。なんとなくうとうとしてベッドに座った。たぶんそれが失敗だったのだろう。
誰かに体を揺すられる感覚で目が覚めた。
目を開くとテーアが泣きそうな顔で私を揺すっている。昨夜遅かったこともあり、私はベッドですっかり寝入ってしまったらしい。
涎は……、無いか。危ない危ない。
「レティ様、昨夜のお客様がお見えですよ」
「ああごめんなさい。すぐ行くわ」
よいしょと起き上がったらドレスがバサッと落ちて胸元が露わになった。きっと背中のリボンの結びがどこか甘かったのだろう。
しかし焦ることは無い、だってここは家の中だもの。
うんやっぱりどっかおかしかったのね~と、そのドレスをさっさと脱ぎ捨てた。
勢いよく脱いだのはいいが他に着られる服は無い。
そもそも着られる服があるのだったら朝から着てるわ。
私は悩んだ末に下着姿よりはマシかしら~とシーツに丸かってリビングに向かった。
「ごめんなさいエルミーラ。お待たせしたわね」
「ああ皇妃様お邪魔して、ええっ!? なんですかそのお姿は!?」
何が失敗って、エルミーラは一人ではなくて、今回は見知らぬ女性
「ひぁっ!」
慌てて部屋を出てドアの方へ避難。
そしてドアから顔だけを出してエルミーラを見る。
「えっとそのぉドレスが脱げちゃって、仕方なく……」
「あ~っ。それは大変失礼しました。
今回持ってきました荷物の中にご購入して頂いた服も入っております。すぐにお出ししますね」
後ろに控えていた女性らの一人が大きなバックを開けて服を取り出してくれた。私はそれをテーアに受け取らせて自室で着替えた。
改めて!
「エルミーラ。お待たせしたわね」
仕切り直して入って行ったのだが、皆には気まずそうに視線を反らされたわ。
ねぇこういう時は初めましてを装うべきだと思わない!?
ちなみに連れてきた女性たちは、売った家具などの大きな品を運ぶための作業員さんだったわ。
エルミーラたちの作業は昼前に終わった。
部屋の中がすっきりしたと前向きに言っても良いけど、流石に売り過ぎた気もしないでもない。
だが十分なお金は手に入ったと思う。
先ほどざっと計算してみたが、これだけのお金があれば二年は優に食いつなぐことが出来そうだ。
まぁパンやら食材の値上げが無ければ、だけどね……
そんな事をしている間に、昼食を作っていたテーアの声が、
「レティ様、ご飯が出来ましたよ」
購入した食材で作った初めての食事だ。私はちょっとわくわくして食卓についた。
テーブルの上の中心にはパンの入った籠が一つ。胡桃だろうか? 木の実が練り込んであるっぽいわね。
それから豆となんかいろいろ煮たスープと、とてもうすーく切ったチーズが一切れ。
終わり……
それにしてもパンを入れても三品か、うむむ。
デザートが欲しいとは言わないが、せめてサラダくらいは食べたかったわね。
「テーアこれは?」
私は唯一の品と言っても過言ではないスープを指してそう聞いた。
「豆と干し肉と乾燥させた茸などを刻んで入れたスープです」
テーア、それは説明に非ずよ。見事に見たまんまだわ。
聞いても分からないから恐る恐るスープを一口。その間テーアは私の方をじっと見ていた。なおテーアも私と同じ食卓についている。
祖国ライヘンベルガー王国では家族で食事を取る風習が根付いている。流石に従者である護衛や侍女は遠慮したいが、テーアはそうじゃないしな~と思って一緒に食べる様に指示した。
「薄っすらと塩味を感じるわ」
「はい。その味は干し肉から出るそうです」
あっさり過ぎる気もするが、塩や胡椒は実に高価でそれを思えば我慢できる。
上手い表現をするなら、……優しい味かしら?
ちなみにパンが手に入らない間はこのスープにオートミールが入った粥っぽいものに変わるのだが、まったく想像できないわね。
「美味しいわよ。テーアも食べなさい」
〝思ったよりも〟なんて無粋な言葉はもちろん言わずに飲み込んだ。
「はい!」
しかしテーアはそれをとても嬉しそうに食べている。
自分で作ったから?
それとも私が美味しいと言ったから?
いや……もう一つの可能性もあるか。
「ねえテーア、修道院ではどういう食事だったのかしら?」
「修道院ですか? そうですね」
するとテーアはこんなに具材が入ったスープを飲んだのは初めてだと言って笑った。さらにパンはいつもの二倍もあり木の実まで入っていると喜ぶ始末。
ちなみにチーズは月に一度だけ食べられるとか。
その言葉は私に、修道院の事はもう少し何とかしないと駄目ねと、改めて決意させるのに十分だったわ。
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