06:対立
あの日から数日後、祖国のライヘンベルガー王国から手紙が届いた。
封書が開いているのは手紙を受け取った帝国に検分されたからであろう。
しかし中身は読まれても問題ない文のはず。私は王族にだけ伝わる読み方をして手紙を解読する。
そこには、私がまだ一度も抱かれていない事と、そして晩餐にさえも呼ばれていない事を叱責する内容が書いてあった。
もっと従順になり若い皇帝を誘惑しろと。姉のアニータだったらとっくに上手くやっているだろうとも書いてある。
アニータお姉様だったらですって?
年齢の釣り合いが問題だからこんなことになっているのに。だったらなんでアニータお姉様を出さなかったのよ!?
無理やり私に決めておきながら何を勝手な!!
私はいきり立ち手紙を暖炉に投げ捨てた。
手紙が火に包まれて黒く変色していくと、逆に私は徐々に冷静になりいつもの様に頭が回り始めた。
あの手紙の内容を見るに、どうやらここでの生活は完全に筒抜けの様だ……
つまり侍女や護衛はすべて私を監視する者と言う事だろう。例え私にあの策に加担する意思がなくとも、懐妊すればその情報はライヘンベルガー王国に伝わる。
恐ろしい計画に手を貸さないと言えば、私は、私を護る護衛らによって拉致されるのではないか?
いや……
もっと最悪な事がある。
ヘクトールに一度でも抱かれでもすれば、そもそも私など要らないのではないか?
私が他の男の子を産む必要もなくヘクトールと私を殺せばすべては闇の中だ。
つまり最悪の三つ目のシナリオは、私が拉致され殺される未来だ。
それから私は時間がある限りそのことを考え続けていた。
まず祖国の者はすべて国に帰すのが良いだろう。返す手段はまた考えるとして……
その後はどうするか?
自分にまで虚勢を張る意味は無いので素直に考えれば、私には生活力が皆無だ。きっと一人では着替えも、食事も、いやお湯さえも沸かせないに違いない。
頼れる者、いやこの際だ利用できる者でも構わない。それがどこかに必要だ。
ヘクトールは役立たずで将軍らはもっての外よね。
宰相のラースがギリギリかしら?
しかしラースも裏では何を考えているかは分かったもんじゃない。
護衛や侍女を除けば私は異国で一人きりだ。ヘクトールから頻繁にお呼びが掛かれば暇も潰せようが、声が掛かるどころか存在すらも忘れられている様な気がする。
そんな訳で私の予定は真っ白け。
祖国なら仲の良い令嬢とお茶会を開いたり出来たのに……
こちらに来たばかりなので、どこに何があるかも知らないから、私は暇に任せて城の庭を散策していた。
城にやや近づいた所で前方から紫の派手なドレスを着た女が歩いてきた。彼女は一人ではなくて、その後ろにオレンジと若草のドレスの令嬢を引き連れている。
顔が判別できるほどに接近して、あの女だと気付いた。
それは晩餐の席でヘクトールの隣に座って酌をしていたあの派手な女!
相手もこちらに気付いた様で、ニヤニヤと嗤いながら近づいて来た。
ただ道ですれ違うだけで済む話だったのだが、すれ違いざまに、
「あらあら、お花の香りに混じってどこかからあまーい香りがしない?」
「ふふっ言われてみれば、なんだか乳の匂いがしますわ」
「ああそうだわ。これはおっぱいの匂いだわ。変ねぇどこから匂うのかしら~」
「ほんと変ですね、お城には淑女しか居ませんのに。乳離れしていないガキが混じるなんてあり得ませんわ」
「そうよね、気のせいかしら。あはははっ!」
どうやら彼女たちは私に喧嘩を売りたいらしい。
買ってやるわと、踵を返すと護衛隊長が私と女の間にスッと入り妨害した。
「どいて……」
「いけませんレティーツィア様」
「あら~そこに居るのは皇妃様じゃないですか、ごめんなさい
「そう見えなかったのなら仕方がないわね。
挨拶が遅れた事は今回だけは許してあげるわ。でも次からは許さないから、その軽そうな頭にちゃんと刻んでおくことね!」
「ふんっお飾りの皇妃の分際で随分と馬鹿にしてくれるじゃないの」
「今のは侮辱罪に訪える発言ね、あなた衛兵を呼ばれたいの?」
「あら証人はどこにいるの?」
取り巻き二人は自分は聞いてないとニヤニヤ笑いながら首を振った。令嬢なら兎も角、護衛は証人にならない。私の分が悪いのは明らかだった。
「数を頼みにしてみっともないわね。
現実を見ていない貴女達にも分かるようにちゃんと教えてあげるわ。
どう言われようがこの国の皇妃は私です。私が居る限り貴女に出番はないのよ」
「ガキの分際であたしにそんな台詞を吐くなんて! 絶対に後悔させてやるわ」
「好きにすれば、お・ば・さ・ん」
「あ、あたしはまだ二十一よ!」
効果はてき面だったらしく、それを聞いた女は顔を真っ赤にしていきり立った。
「あっそ、私は十六歳なのよ。二十一なんて十分におばさんよ」
このガキぃぃ~と言う呪詛の様な叫びを聞きながら私は歩き去った。
十分に離れた頃に護衛隊長が、
「言い過ぎですよ」と諌めてきた
「うっ……」
自分でも言い過ぎたな~とは思っていた。だけどここに来てからの鬱憤は自分で思っていたよりも溜まっていたようで、勢いが止まらなかった。
どうせ忠告するなら言う前にしてよ……
その夜、私の暮らす離れの屋敷に初めての訪問者がやって来た。ヘクトールではなくて、宰相のラースと見知らぬ事務官が二人。
残念? いや良かったのか?
まだ私にはその決心が無いので、ヘクトールに抱かれる訳にはいかない。
応接室に通したラースは終始困った顔を見せていた。ハァとため息も多い。なお事務官二人はソファに座らず、ラースの後ろに立っている。
「さっきからワザとらしいため息が鬱陶しいんだけど、さっさと要件を話したらどうかしら」
「誰の所為でそうなっていると……
いえ申し訳ございませんでした。ちゃんとお話いたします。
まず皇妃様にお聞きします。皇妃様には現在、皇帝陛下の侮辱罪の疑いが掛かっております。何か心当たりは有りますか?」
侮辱と言われて最初に思い浮かんだのは〝山猿〟だ。
祖国ではまだしも、こちらに来てからは口に出した覚えは無し。心の中まで裁かれると言うのならば侮辱に当ろうが、そうではなかろう。
だったら覚えはない。
「何もないわね。それはいつの事かしら?」
「本日のお昼すぎです」
これは侮辱じゃないわよと前置き、
「悪いのだけど、私はヘクトール様の事なんてこれっぽっちも思い出しても居ないわ。つまり関心が無いのよね。そんな相手をわざわざ名指しで侮辱すると思う?」
「そうですか……
ちなみに皇帝陛下の事をおじさんと呼んだりは」
「しないわ」
ヘクトールは二十三歳だったはずだ。まだおじさんなんて年じゃない。
「リブッサ様が確かに聞いたと仰っていたのですが……」
「ちょっといいかしら。リブッサって誰?」
「ハアッ?」
急にそんな間抜けな顔を見せられても困る。
「リブッサ様をご存知ではない?」
「ええ、悪いけど聞いたことないわね」
「ネリウス将軍の娘のリブッサ様ですよ」
そこまで聞けばピンと来た。
「ああ判ったわ、リブッサってのは紫ドレスの色気だけの馬鹿女の事じゃなくて?」
「皇妃様、口が過ぎます」
「へぇ~あの女の名前はリブッサって言うのね。名乗りもしない無礼者だから全然知らなかったわ。そうそう侮辱罪だったかしら。
えーと、あの女が二十一歳だと言った後に、おばさん呼ばわりしてやったのよ。きっとそれでしょうね」
「なるほど……、十分に理解できました」
「理解ついでに良いかしら?」
「なんですか」
「私があいつをおばさん呼ばわりしたのは認めます。
でもヘクトール様を直接おじさん呼ばわりしたのはリブッサじゃない? つまりそう言うことなんだけど」
後は判るでしょ~と言葉半分で止めておく。こういうのはすべて言わない方が効果があるのだ。
「皇妃様は可愛らしい顔に似合わず随分と悪辣ですね……」
「可愛いと言う枕詞を付けたら後は何を言っても許されるってわけじゃなくてよ。ねぇ私を悪辣と言うなら貴方も侮辱罪で訴えましょうか?」
幸い法管理の事務官も連れていることだしね~と笑ってやった。
「申し訳ございません皇妃様、謝罪させて頂きます。
今回の件はまだ陛下のお耳には入っていませんので最悪の事態は避けられそうです」
そう言って宰相は去って行った。
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