05:冷遇
三日目の昼過ぎライヘンベルガー王国の使者が帰って行った。ダニエルはもう居ない、ここからは一人で戦わなければならない。
使者を見送ると、私は決意を新たにして城の自室へ戻った。
私の部屋のドアが開いている。
城の中だから賊などとは思わなかった。きっと質の悪い使用人がドアを開けっ放しにして清掃でもしているのだろう。
一言文句を言おうかと部屋に踏み入ると、部屋に運び込んだはずの荷物がすっかり無くなっていた。
護衛の女騎士の一人に、「城の警備を呼びなさい」と告げた。
程なくして警備の者が走って来た。
「皇妃様どうかされましたか?」
「私の部屋の中の物がすっかり無くなっています。貴方たちは一体どういう警備をしているの?」
そんな馬鹿なと警備の者が反論する。
しかし事実、部屋の中は空っぽだ。
事はどんどんと大騒ぎになっていき、最後には将軍を名乗る人物がやってきた。
すると将軍は小馬鹿にしたように、
「おや皇妃様はまだお聞きになってませんか?
皇妃様のお部屋は庭園の離れのお屋敷になると指示がありまして、先ほど部下を使ってすべて運ばせましたよ」
言い終わるとくっくと嗤うおまけ付き。
これには流石にイラッときて、私は宰相のラースを呼んだ。
「申し訳ございません皇妃様。皆には強引な事はしないようにと伝えたのですが、使者様が帰ったことで暴走したようです」
「つまりあなたは強引な事をしようと言う輩がいたと認めるのね」
「はい。お耳汚しで申し訳ございませんが、皇妃様を
さらに
暴言そのままに、私は城から追い出されて離れの屋敷へ移動となったそうだ。
その経緯はどうでも良い。
それよりもだ。妻の私がガキ呼ばわりされていると言うのに、ヘクトールはそれを聞いても笑っているだけで諌める様な事はしないとか。
そっちの方が問題じゃないかしら!?
「ヘクトール様はどこ?」
「今の時間ですと軍の訓練をなさっておいでです」
「だったら時間が空くのはいつ?」
「夕食の時ですね」
「じゃあその時に直接伺うわ」
「いえそれはお止めになられた方が良いと思います」
「つまりラース。あなたは将軍たちの味方ということかしら?」
「そうではございません。
ご存知の通りイスターツ帝国は戦により生まれた国です。いまはまだ武官の方が力が強いのです。彼らは力こそすべて、相対すれば必ず皇妃様に失礼な態度をとりましょう」
聞けば爵位を持った貴族の中でも特に戦上手な者に、ヘクトールは将軍と言う地位を与えているそうだ。
「あなたの言い方だと、晩餐の席に将軍が居るように聞こえるのだけど?」
「ええそうです。ヘクトール陛下は将軍たちと好んで食事を共にされます」
はぁ家族じゃなくて将軍と?
流石は山猿の国だなと深いため息が落ちた。
晩餐の時間になると私は離れの屋敷から歩いて城に向かった。
庭園の離れと言うだけのことはあり、屋敷と城は地味に距離があるから毎日歩いて行くのは面倒だなとぼやく。
私が部屋に着いた時には晩餐は既に始まっていた。
思いのほか距離があった事に加えて、誰も晩餐が始まると呼びに来なかったことに憤りを感じる。
呼ばないし待たないとか!
一体全体ここの山猿どもは
私が部屋に入るとヘクトールは嫌そうな表情を見せた。
足の短いとても大きなテーブルが一つ。
テーブルの上には酒や食べ物、それにフルーツが適当に置かれている。椅子は無く、男たちはそのテーブルの周りに胡坐をかいて座っり、思い思いにテーブルに手を伸ばしてそれらにかぶりついているように見える。その姿にマナーの様な物は一切も無い。
物語で知った山賊を思い出し、ああと納得。
誰が言い出したのやら、山猿とは言いえて妙だ。
「来たのか」
「私が晩餐に呼ばれなかったのは伝え忘れと言う事でいいかしら?」
「フッ子供のくせに気だけは強いな」
「陛下子供だからっすよ!」
恐れを知らぬは子供ばかりと言う話だろう。
それを聞いてやんややんやと周りの男が一斉に囃し立てる。
「私の席はどこかしら」
「末席で良ければ開けるぞ」
「皇妃の私が末席? 馬鹿にしているのかしら」
私はヘクトールの隣で酌をする、私とは真逆の豊満な肢体をした色っぽい女を睨みつけながらそう言った。
「お前こそ馬鹿にしているのか? ここに居る将軍は俺の為に命を懸けて戦ってくれてた猛者たちだ。彼らのお陰で今のこの国があると言っても過言ではない!
それに感謝出来ないお前に皇妃を名乗る資格は無い」
「そうですか……
でしたらその隣に侍らしている下品な女も将軍だと仰るのですね」
この時ばかりはバツが悪そうに眉を顰めたが、それも一瞬の事。売り言葉に買い言葉、ヘクトールはフンッと鼻を鳴らすと、
「ああこいつは将軍ではないが、その娘だ。
だがな! 少なくともお前よりは価値があるさ」
それを聞いて隣の女は、これ見よがしにその豊満な体をヘクトールの腕に寄せ、そして勝ち誇った顔を見せて口角を上げた。
「どうした座らんのか?」
ふんっと息を漏らすヘクトール。
だがここで従い本当に末席に座る訳には行かない。
最初にその様な態度を見せれば、もう二度とそこへ至ることは無く、今後ずっと下へ下へ落ち続けるだろう。
「陛下ぁ皇妃様の顔には末席なんて嫌だって書いてありますぜ」
「ほお祖国と同じく気位だけは高いな。
良かろう、では将軍に酌をしてまわれ。それで許してやる」
「あなたは自分の妻であり皇妃の私に遊女の真似事をしろと本気で仰っているのですか?」
「ふん俺の妻を名乗りたいのなら、ガキの様に癇癪を起す癖を改めてからにしろ。
いいか、末席か酌をするかだ。どちらも嫌ならお前の席などここにはどこにも無い。さっさと出て行け。飯が不味くなる」
かなり我慢したつもりだがここが限界だった。
私はさっさと踵を返すと部屋を出て……
いや。
振り返りツカツカとヘクトールの後ろに回り込む。何事かと彼が振り返った所に、腕を振り上げてビンタを一発!
タイミングはバッチリだったはずだが、残念ながら私の腕は届かず、寸前でヘクトールに掴まれて止まっていた。
場がシンとした。
私が皇帝陛下に手を上げたのが意外だったのだろう。
止められた手を見つめてからキッとヘクトールを睨みつける。すると彼は私の腕を口元に持っていき、手の甲をべろりと舐めた。
悍ましさからヒッと短い声が漏れる。
すると彼は楽しそうに手を離して、にやりと嗤った。
今度こそ私は部屋を出て行った。
怒りに火照った体に夜風は冷たくて気持ち良い。しかし気分は晴れることなく、ただ私は〝負けた〟のだと沈んでいく。
早く戻った私に侍女たちが心配の声を掛けてきた。それらの声が煩い。私は部屋に閉じこもってその夜を過ごした。
それ以降、私が晩餐に行くことは無くなった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます