07:孤立へ

 その翌日の事、再び宰相のラースが私の屋敷を訪問してきた。

 昨日の報告かしらと話しを聞くと、

「誠に申し訳ございません。

 実は皇妃様の生活費についてですが、今まで通りにお支払出来ない事になりました」

「どういう事?」

 声色を変えず淡々と問うた。

 内心ではかなり驚いている、しかし驚くよりも前に聞くべきことがあるのだ。

 しかし私の意思と反してざわっと部屋が揺れた。同席していた護衛と侍女がそれに反応したからだ。

 ちょっとごめんなさいとラースに断りを入れて、私は護衛と侍女を下がらせた。皆が嫌だと抵抗したが、先ほどの様に反応されても迷惑だとハッキリ言った。

「態度に出すなど三流以下よ」

 ときつく言えば、彼女たちは非を認めて退席した。

 さてこれで二人きり、しかし男と二人きりになる訳には行かないからドアは完全に閉めず、少々開けて置いた。


「発端は昨日の件で間違いないでしょう。

 ネリウス将軍が、皇帝陛下と一度も夜を共にしない皇妃にはその大役が務まっていないと進言されました。

 残念ですがそれに同意する将軍が多数おりました。

 皇帝陛下は皇妃様の年齢を理由にされてその場を諌めようとされましたが、それが逆効果だったようで、ならばもっと適切な年齢の女性を皇妃に据えるべきだと意見が上がりました」

 ヘクトールが私を擁護する様な発言をしたことには少々驚いた。

「つまりその候補の筆頭がネリウス将軍の娘リブッサと言うことかしら?」

 もっとも信頼されているネリウス将軍は、将軍でもあり東の地を治める領主でもある。

「名前は出されておりませんが、そのつもりでしょうな」

 それを聞いて私は、あの女の頭の悪さは父親譲りなんだな~と理解した。


「悪いけどネリウス将軍の娘だけは無いわね」

「何故ですか?」

「皇帝陛下であるヘクトール様以外に権力が集まるからよ」

 もっとも信頼する将軍の娘が皇妃とか、まるでクッキーに砂糖とはちみつをまぶすようなもの。権力過多で今度の火種になるに決まっている。

 下手をすれば国が二分になって終わるわね。

「ご明察ですね。皇帝陛下もそれを危惧されておりまして、決してリブッサ様の誘惑には乗らないように気を付けていらっしゃいますよ」

 へぇ~ヘクトールがそんな事を。

 ふーん。どうやら私はヘクトールの評価をもう少し良い方向に改める必要があるらしい。もちろん夫ではなく、統治者としての評価だが……


「大体分かったわ。

 私を皇妃のままとした場合の落とし所が生活費それなのね」

 ラースは驚いて目を見開いた。

「わたしは貴女が皇妃になられて良かったと本気で思いました」

「悪いけどお世辞は要らないわ」

 だけどそうね、話すのならこのタイミングが良いかしら?

 先日から考えていたことの結論。ラースを完全に信頼した訳ではないが、消去法で他に適任者は居ない。


 開けっ放しのドアから、決して声が外に漏れないように意識して小声で話す。

「その代りと言ってはなんだけど、ラース、あなたにいろいろとお願いがあるわ。もちろん聞いて貰えるわよね?」

「わたしに出来る事でしたら良いのですが」

 意図した小声にすぐに反応してあちらも小声で返してくれて助かる。

「皇妃からの頼みなのよ。喜んですべてやりなさいな」

「わたしは出来もしない事に対して安請け合いはしない性質なのです」

 なんでもやりますと言う狂信者に比べれば悪くない回答だと思う。まあ一国の宰相を名乗るのだからこのくらい口が達者でないと務まるまい。


「二つあるわ。

 まず信頼できる商人を紹介して頂戴。生活に必要な品をその商人から買うわ」

「判りました。直接こちらに来させても?」

「男性なら……、いえ構わないわ。屋敷ここに呼んで頂戴」

「はい。もう一つは」

「さきほどの国庫からお金を出さない件を貴方から従者に伝えて貰っても良いかしら」

「構いませんが、その、よろしいのですか?」

「だってその方が説得力があるでしょう」

 お金がないから護衛や侍女を雇えない。だからこそ彼女たちを解雇する言い訳になる。

「確かにそうですが、意図を聞いても?」

「秘密よ」

「ではわたしが代わりに言いましょうか、つまり監視の排除ですね」

「……」

「これでも一国の宰相ですからね。その手の話ならいくらか存じているつもりですよ」

 私にそれを明かすと言う事は、あの悪魔の企みを知っているぞと言う警告以外何物でもない。

 もしも初日にヘクトールに手つきにされていたなら、三日目のダニエルの誘いを私は断れただろうか? きっと半々。一度だけの思い出と体を重ねていたかもしれない。

 そしてその行為を知られ……

 いや止めようこれこそたられば・・・・の話だ。


「さて祖国からの監視を排除されると本気で仰っていらっしゃるのでしたら、わたしは皇妃様の味方になれると思いますよ」

 先ほど軽く流した、私が子を宿したらヘクトールを暗殺すると言う祖国の悪巧みに釘を刺してきたのだろう。

 一国の宰相を名乗るだけはある。やっぱり食えない男だわ。

「あら私に味方するよりも、もっといい人がきっといるわよ」

「それはあり得ません。我が帝国は皇帝陛下以外・・に権力が集中してはならないのです」

「あらあなた随分と先を視ているのね」

 ヘクトールが倒れた後、子とその者で権力争いが始まると言う懸念。そして彼の言う〝以外〟には皇妃の私も含まれているのだと分かった。

 だからライヘンベルガー王国の王女わたしか。

 槍で民衆を突き返すような評判の悪い国の姫ならば、どうせ人気なんて出ないと言った所かしら。


「悪いのだけど私は味方なんて募集していないのよ。

 でもそうね、敵じゃないくらいは思ってあげても良いわよ」

「畏まりました、今はそれで構いません。その先はわたしの今後の働きで信頼を勝ち取ることにいたします」



 ラースは約束の通り、広間に集めた護衛と侍女の前でその決定を伝えてくれた。

 いきり立った護衛や侍女の罵倒がすべてラースに向かう。彼には直接関係ないと言うのに、悪い事をした。

「おやめなさい」

 私が声を出すと、彼女たちの罵声は小さくなっていきやがて消えた。もう良いわとラースに視線を送り退席させた。


 ラースが扉の向こうに消えた後、

「皆には祖国を離れてここまで来てくれたことを感謝します」

「そんなレティーツィア様。わたくしたちには勿体ないお言葉ですわ」

「先ほど宰相が話したことは決定事項です。

 宰相のラースはそうならないように尽力してくれたそうですが、残念ながら私の生活費は今後は支払って貰えないそうです」

「なぜそんなことに!?」

「この国の山猿はどれだけ皇妃様をないがしろにするのですか!」


「落ち着いて頂戴。

 将軍たちの話では、皇帝が寄り付かない私は皇妃でもなんでもないそうよ」

「そんなのあのぼんくら皇帝がレティーツィア様の魅力に気づいていないだけです!」

 へぇ面白い事を言うな~と少しだけ胸がスッとして気分が晴れたが、ここで表情を緩める訳には行かない。

 これ以上言わせて侮辱罪でしょっ引かれるのも困る。

 努めて顔を引き締めると、

「決定したことは覆りません。

 先ほど述べたように私には生活費が支払われなくなります。そうなると貴女達に給金が支払えません。

 良いですか、ここに少しばかりのお金があります。ライヘンベルガー王国に帰るくらいにしかならないけれど、どうかこれを持って祖国へお帰りなさい」

 すると私を残して帰れないと言う子、それに気を使って帰ると言いだせない子に分かれ始めた。

 もう一押しかな。

「大丈夫よ。貴女達が居なくなっても私は絶対に諦めないわ。

 祖国に帰ったら、必ず、そうお父様に伝えて頂戴」

 私はあえて勘違いする台詞を言った。

 さてこれでどうかな?


 彼女たちは顔を見合わせた。すると代表して護衛隊長が一歩前に出てくる。

「判りました私たちはライヘンベルガー王国に帰ります。

 ですがこの扱いは必ずライヘンベルガー国王陛下にお伝えします。それまでご辛抱ください!」

 そう言う迷惑な事はやめて欲しいなと思うが、このくらいの事は宰相も想像している事だろうから、後始末は丸投げすることに決めた。

 判ってくれてありがとうと言う心にもない芝居をして私はついに一人になった。

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