第一章 死王⑥
「それでね、死んだ侍女は朝な夕な病床で
「まさに
「……気の毒、と」
「なに言ってんのよ、そういう話がしたいわけじゃないのあたしは──って、こら寝ない!」
「……はい。起きてます半分」
ぜんぶ起きろ! と小突いてから、才里は空になった茶をとりに部屋を出て行った。その際にも「起きてなさいよ!」と
主人が留守のあいだ、こうしておしゃべりに花を咲かせるのが女官の大切な息ぬきなのだと、才里はいつも言う。
──できれば静かに寝させてほしい。
ぼんやりとそう思いながら、花窓を見あげる。窓辺には小さな
「ああそれ、李美人にもらった手づくりの苔玉ね」
そそくさと戻ってきた才里が、桃花の視線を追って言う。
「いつだったか……うーん去年の初夏くらいかしら? まだ李美人と婕妤さまが仲よくしてらした頃のよね。あのかたの殿舎にはたくさんの苔玉や野草が飾ってあった、素朴な李美人によく似合ってる、なんて婕妤さまも言ってらしたわね」
はいあんたのぶん、と桃花にも茶をさしだして、才里はふたたびくつろいだ様子で腰をおろした。
「李美人もねぇ、まさかこんなことになるなんてねえ。あの方も大人しくしていれば、婕妤さまに目をつけられることもなかったでしょうに」
いまや李美人をいびっていた
李美人はもう何年もお手がついていないという『
ところが去年の晩夏、この李美人が帝と
さらに、寵に興味はないという顔をしながらも、李美人がかなりの
「って言っても、婕妤さまによる謀殺だなんていうのはさすがに言いすぎだと思うけどね。それくらいで殺してたらキリがないもの。あの怖がりだし。あ、そうそう、で幽鬼の話だけど」
「幽鬼の話はもうおなかいっぱいです」
「えー。だってあんた昨夜の夜警に行ってたじゃない。なにか面白い体験とか、面白い話とかきかなかったの? なにか見たりとか」
「興味があるなら、今日の夜警は才里が行きますか?」
親切心で言ったのだが才里はぎょっとした顔をして、それから
「……この殿舎にほとんど幽閉された身だけど、さすがにそれはごめんだわ」
あまりにも消沈してしまうので、桃花は仕方がないと昨夜の記憶を掘りおこす。
「じゃあ、
「えっ? 夜警の支援にきたのって、延明さまだったの!?」
で、どうだった? と才里が身を乗り出してくる。皇后のお気に入り
見た目の美しさもさることながら、五年前に罪を得て腐刑──浄身となり皇太子の寝宮に仕え、その後、罪は
「そうですね、妖狐は……つねに微笑みを絶やさない方で、白くてきれいで」
「それでそれで?」
「あと、笑顔が噓くさくて腹黒そうな方でした」
***
この日は風の強い夜となった。
春嵐とまでは行かないが、流れてきた雲か
そのたびに小さく悲鳴をあげては宦官に身を寄せる夜警女官たちを見まわして、延明は首尾は上々だと満足する。
「では、昨夜の組みあわせで、各々の担当区をしっかりとまわってください」
指示を出し、夜警へと出発する。
後宮門番の小少が欠席という問題はあったが、
──しかし、この変わり者を
目を潤ませながら
あの姿は夜警を怖がっているわけでもなんでもなく、ただあくびをかみ殺しているだけだ。それはいい。幽鬼だなんだと騒がれるのは望むところではない。
だが、昨夜はあの異常とも思える遺体まで見たのだ。そればかりか騒ぎを大きくしないため、夜明けを待たずに遺体検分が行われた。その際には延明とともに、そばで灯ろうを掲げて遺体を照らす役目まで手伝わされたのだ。
少量の失禁がにじんだ衣服をはがされ、戸板の上に寝かせられた碧林の遺体はすっかり硬くなり、まぶたを閉じさせることもできなかった。
それをこうして平然としているなど、この娘のほうこそ尋常ではない気がしてくる。
「まあ、やるしかないですか」
「はい……いまなにか?」
「いいえなんでも。さあ桃花さん、行きましょうか」
延明はひときわ
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます