第一章 死王④
「どうしました!」
延明が声を頼りに駆けつけたのは、まさにくだんの李美人がくらしていた殿舎、そのうしろにある、李美人つきの宮女たちがくらす舎房だった。
「へ、
戸を壊す勢いで
「どいてください。なかを見せて……」
女たちをかき分けてなんとか房に滑りこむと、手に提げていた灯ろうが異様な光景を照らし出す。
女だ。
せまい房のなか、年若い宮女が
髪は乱れ、眼は半開き、口はなにかを威嚇するように歯ぐきをむき出しにしてかみしめている。姿勢は腹をこちらにむけて弓なりに反りかえり、その不自然な姿勢のまま身じろぎひとつしない。──ひと目ですでにこときれていると理解できる様相だった。
「これは、なにがあったのです……!」
延明が問いただすと、やじ馬たちがひとりの女をいっせいに見る。悲鳴をあげてこの房から飛びだしてきた女だ。
「わ、わたしは、なにも……」
女は白髪の交じりはじめた髪をゆらし、駄々をこねるように首を振る。だが、なにかを隠していることは明らかだった。
延明は房を出て、やじ馬たちに戻るよううながした。それから発見者であるらしき女を戸の前に座らせ、自身は隣にぴったりと寄り添って腰をおろす。彼女の手に延明の大きな手を重ねて「大丈夫です、落ちつきなさい」と
なんともちょろいものだ。延明は
延明が
「名前をきかせてもらえますか?」
「……
では莉莉、と呼べば、はじめて酒を口にした少女のように延明を見つめてくる。
「中で亡くなっている宮女について、なにがあったのか教えてください。私も担当官に報告しなければなりません。わかりますね?」
「はい。でもあの……」
「小棚の上に生薬らしき物の入った
「あれはっ、違いますあれはあの子のための薬なんです! 毒じゃありませんっ!」
「舎房でくらすたかだか宮女に、高価な薬ですか。なんとも怪しすぎて
すこし脅してやると、高莉莉は血相を変えてしゃべりはじめた。
「あの子は碧林っていいます。あんな粗末な舎房にいましたが、ほんとうは私とおなじ李美人さまの侍女なんです。ただ、その、さいきん具合が悪くて寝こんでいて……」
「病ですか。病を得た者は
「はい。でも、あの子が体調をくずしたのは李美人さまが病で亡くなった翌日のことで、隠した方がいいって、みんなが……」
「なるほど。三区で
彼女たちがやったことは、延明にも理解できなくはない。仕える
「心配せずとも大丈夫ですよ。碧林が自分であの房に閉じこもったのだ、ということにして差し上げましょう。暴室行きはだれもがいやがることですから、なんら不自然ではない」
暴室は病を得た女官や宮女の隔離施設であると同時に、罪を犯した者を収監するための獄でもある。医院ではないので治療を受けられるわけではなく、自然治癒するか死ぬかをただ待つだけの
「ところで、小棚にあった薬湯はどこから?」
「
高莉莉はおびえた目でぎゅっと体をかき抱き、暗闇につつまれた周囲を見まわした。
「や、やはり、死王なのですか……死王が、碧林を……?」
「なぜここで死王が出てくるのですか」
延明はうんざりだとばかりに
「落ちついてください。病だったのでしょう? ならば病死です」
「でも、わたし言いましたよね、あの子が不調を訴えたのは李美人さまが亡くなった翌日なんです……。頭が重い、熱っぽくてだるい、と。こんな偶然がありますか!?」
高莉莉は大きく震えた。
「冷静に。よいですか、頭重に熱、
「で、でも……あの死に顔を見ましたよね!?」
興奮する高莉莉の背をさすりながら、延明はわずかに
たしかに、ひどい形相ではあった。あれは歯を
正直、尋常とは言いがたい。
「……よほど苦しんだのでしょう。恐れるのではなく、
適当なことを言いながら、延明は内心で頭を痛めた。
あの、碧林という侍女の死に顔を、いったい何人のやじ馬が目撃しただろう? その中に、幽鬼だの呪いだのというばかげたうわさを信じる者は、何人いる?
──多いだろうな。信じない者よりも、ずっと。
おそらく、
──このままでは、中宮
百官を率いて外廷を治めるのは皇帝。女官を率いて内廷を治めるのは皇后である。
あまりにも死王騒動が膨れれば、後宮の管理者としての立場上、皇后が責任を問われかねない。なにせ皇帝は
皇帝自らが切りださずとも、梅婕妤の
──さて、これからどう手をうつべきか……。
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