第24話 一人じゃないクリスマス

 ――昌高が部屋に戻ると、机の上に切手の貼られていない手紙が置かれていた。

 宛名は無し。裏を見たけれど差出人の名前も無し。家族に尋ねてみると、郵便受けに入っていたという。

 昌高は不審に思ったけれど、中の便箋を開くと一気に顔が緩んだ。

 この見慣れた字は間違いなく三都美だ。そのまま食い入るように、昌高は手紙を何度も何度も読みふけった……。


 小雪のちらつくクリスマスイブ。昌高は町外れの公園で、寒さに震えている。

 ここは二人にとってはゆかりのある場所。友達に教えてもらった穴場だと言う三都美に連れられて、何度かデートしたことがある。

 ところが、手紙に書かれていた待ち合わせの時刻になっても、三都美は一向に現れなかった。

 それでも昌高は待ち続ける。女は身支度が大変だっていう話は良く聞くから。

 それにしても、さすがは穴場。クリスマスイブだっていうのに、この公園は人の気配が全然ない。


 そのまましばらく待っていると、やがて人の気配を感じた。

 やっと来たかと胸を撫で下ろしたのも束の間、その怪しい気配に昌高の神経が張りつめる。人の気配は一つじゃない。二人、三人……いや、そんなもんじゃない。もっと大勢に取り囲まれている。けれどいつまで経っても、その姿は見えない。

 堪えきれなくなった昌高は、大声で叫ぶ。


「囲んでいるのはわかってるぞ、それも大勢な。コソコソしてないで、姿を見せろ」


 すると、ワラワラと湧き出すように現れる人影。五人、十人……その人影は増え続け、どうやら二十人ぐらいいる模様。

 顔がわからないようにマスクをした一味は、みんなそれぞれにバットや角材などの武器を手にしていた。そして昌高目掛けて、一斉に襲い掛かかる。


「くそ! 罠だったのか……」


 動揺する昌高の後頭部に、鈍い衝撃が走る。昌高がその痛みを手で確かめると、ぬるっとした感触。そして、なお止まない攻撃。

 おびただしい出血に、昌高は急速に意識を薄れさせていった――。




『いくらクリスマスに辛い思い出があるからって、こんな日に罠にはめられる展開なんて、自虐的すぎじゃないの?』

「知ってるんですか? 僕のクリスマスの辛い思い出の数々を……」

『数々って……一つや二つじゃないんだ。それじゃ、疑心暗鬼になっても仕方ないのかもね……。あたしで良ければデートに付き合ってあげるよ』

「からかうのはやめてください」


 あたしはなんだか最近おかしい。たぶん、利子の家で墓参りをした辺りからだ。ついついキミに、同情的になってしまう。


『デートはともかく、街に遊びに行こうよ。今日はクリスマスイブだよ? 部屋に籠って小説書いてる場合じゃないと思うよ?』

「外なんてカップルに見せつけられるばっかりで、ストレスが溜まる一方ですよ。それに今日は家にいた方が……いえ、なんでもないです」


 ははーん。どうやらキミは、あたしの想像以上に期待してるんだね。

 今日の引き籠りはきっと、三都美からの連絡待ち。さっきの言葉だって、家にいた方がすぐに対応できるとでも言いかけたんだろう。

 だけどキミは修学旅行以降、何か三都美の気を引くような行動をしたっけ?


『なにもしてないのに、向こうからキミにお呼びがかかるはずが――』


 キミに説教をしかけたあたしの言葉を遮って、珍しくキミの携帯電話が鳴った。

 液晶画面を見るキミの表情で、すぐに着信の相手がわかる。間違いない、この電話は三都美から。あれ? お呼びがかかっちゃった? まさかね……。

 最近はキミも慣れたみたいで、あたしがわざわざ言うまでもなく自ら携帯をスピーカーモードに切り替える。


「ごめんね、那珂根クン。忙しかったかな?」

「いえいえいえいえいえいえいえ、全然大丈夫ですっ」

「ほんとに? それじゃぁ、今から時間もらえるかな? ちょっとキミに、渡したいものがあるんだけど」

「わわわわかりました。すぐ行きますっ」


 キミは待ち合わせの場所と時刻を聞くと電話を切った。そしてすぐさまドタバタと、予定外の外出の準備に取り掛かる。

 今朝浴びたばっかりだっていうのに、再び浴びに行くシャワー。

 ドライヤーで髪型が決まらずに、イライラと舌打ち。

 着ていく服に迷って、ベッドの上に散乱。

 今日のキミの身支度は、まるで女子高生みたい。普段コンビニに行くときなんて、部屋着にコートを羽織るだけのくせに……。

 モタモタしてるキミに、約束の時刻が迫ってくる。

 結局キミは、一度は気に入らないって放り出したコートを着込んで、ドタドタと慌ただしく家を飛び出した。


『あれ? プレゼントは?』

(あ、忘れた! 危なかった……)

『くくく……。珍しいね、キミが忘れ物をするほど慌てるなんて』

(助かりました。ありがとう、ミトン)


 キミがあたしに素直にお礼を言うなんて珍しい。それほどまでに意気込んでるってことだね。

 すぐに部屋に引き返したキミは、この間あたしと一緒に選んだ三都美へのプレゼントをコートのポケットにねじ込むと、再び大急ぎで家を飛び出した。


『楽しみだね。三都美が何をくれるのか』

(き、期待なんてしてませんよ。どうせ樫井さんが僕に渡したいものなんて、代わりに渡してくれっていう智樹へのプレゼントだったりするんですから……)

『着いてみたら、怖い人たちが二十人ぐらい待ち構えてたりしてねー』

(縁起でもないこと、言わないでください!)



 待ち合わせ場所にキミがたどり着くと、すでにそこには三都美の姿。小説の内容が再現されなかったことに、あたしは胸を撫で下ろした。

 それにしてもキミの方が後に着くなんて、初めてじゃないかな?


「はぁ、はぁ……。ご、ごめんなさい。お、遅くなっちゃって……」

「そんなに息切らしちゃって、大丈夫? キミは謝ってるけど、まだ待ち合わせの五分前だよ?」

「いや、でも待たせちゃったのは確かだし、ごめんなさい」


 遅くとも待ち合わせの十五分前には到着して、常に相手を待つ立場のキミにとっては、人を待たせるだけで罪悪感があるのかもしれない。

 両膝に手を突き、未だに息を切らし続けるキミ。その肩に手を掛けて身体を起こした三都美は、そっとキミの手を取った。

 そして上を向いたキミの手のひらに、赤と緑のどぎつい色の紙袋が乗せられる。


「……これは?」

「決まってるじゃない。クリスマスプレゼントだよ」


 キミは息を切らしていたことも忘れてしまったように、驚きに声を詰まらせる。むしろ、息が止まってしまったのかと思えるほどに。

 そして表情を明るく輝かせたけれど、キミは冷静さを取り戻して三都美に尋ねた。


「それで、これは誰の?」


 呆れた……。と同時に、あたしは少し目が潤んだ。

 ここまでされても疑ってしまうほど、今までのキミは辛い目に遭ってきたんだね。だけど確かに、このプレゼントはキミに向けたものとは限らない……。

 ああ、なんだかあたしまで疑心暗鬼に。キミに毒されちゃったみたいだよ……。

 でもその疑惑はすぐに解き放たれた。三都美が笑ってキミの問いかけに答える。


「誰のって、キミへのプレゼントに決まってるじゃない。ときどき面白いことを言うよね、キミって」

「あ、開けてみてもいいですか?」

「ふふふ、どうぞ。似合うといいな」


 やっと確証が持てたキミは華やいだ笑顔を見せると、ゆっくりとプレゼントの袋を開き始める。細心の注意を払って、絶対に袋を破いてしまわないように……。

 キミが袋から取り出したのは毛糸のマフラー。さっそくキミはそれを首に巻きつけて、三都美に感想を尋ねた。


「ありがとうございます。どうですか? 似合ってますか?」

「うん、うん、よく似合ってるよ。ごめんね、市販品で」

「いえ、とっても嬉しいです。僕の人生で、今が最高の瞬間です!」


 たった十数年の人生で、キミはもうピークを迎えてしまったの!? っていう突っ込みをあたしは飲み込んだ。ここまで嬉しそうにはしゃぐキミに、水を差すわけにはいかないもんね。

 そしてキミは、鼻息を荒くしてコートのポケットに手を突っ込む、三都美へのプレゼントを渡すために。けれども三都美の言葉が、キミのその手を止めた。


「そのクリスマスプレゼントはね、キミのおかげで智樹とお付き合いできたから、そのお礼だよ」


 三都美はキミの気持ちを知らないとはいえ、さすがにそれは残酷すぎるよ……。

 はしゃいでいたキミの姿は見る影もなく、一気にその感情と共に萎んでいく。そんなキミを目がけて、三都美の言葉はさらに牙をむいた。


「そのマフラーを選んだのは、智樹に編むための参考も兼ねてなんだけどね」


 動揺するキミに激しい衝撃が走る。なお止まない三都美の攻撃。おびただしい精神的な揺さぶりに、キミは急速に意識を薄れさせていった……。




『元気だしなよ』

「大丈夫ですよ。どうせ、そんなことだろうと思ってましたから」


 さすがに気を失ったりはしなかったけど、あの後のキミは見るも無残だった。そして家に帰ってからも、キミはため息ばっかり。

 ここまでわかりやすい強がりも、そうそう無い。


『なんの慰めにもならないと思うけどさ、あたしが一緒にクリスマスイブを過ごしてあげるから元気出してよ。あたしだって一応、樫井三都美なんだからね』

「ですね。実物じゃないとはいえ、一人じゃないクリスマスは初めてです。ありがとうございます」


 ありがとうは感謝の言葉のはずなのに、キミが使うとなぜだか哀愁が漂う。素直に良かったねとは言えない雰囲気だ。

 キミはあたしの前で、母親が買ってきたっていうクリスマスケーキを頬張る。

 すると何か思いついたように、パソコンに向かってキーボードを叩き始めた。


 ――三都美は、昌高から宅配便で届いたクリスマスプレゼントを開封した。

 入っていたのは純白のドレスに、イミテーションとはいえ豪華に見えるティアラ。さらに両手でも抱えきれないほどの、真っ白なバラの花束も添えられていた。

 さっそく三都美はドレスに袖を通す。そしてバラの花束を、お腹の辺りに両手で持って構えると、全身が映る姿見の前に立ってみた。

 鏡の中に立っていたのは、まるでウェディングドレスをまとった花嫁。

 その自分とは思えない幻想的な姿に、三都美はうっとりと見とれてしまった。


 キミは最後のエンターキーを、「ターン!」と力強く叩く。

 するとあたしは、いつの間にか純白のドレス姿に。キミはウェディングドレスと表現したけれど、あたしはまるでどこかの国のお姫様にでもなった気分だ。

 豪華なのに気品のある純白のドレス。

 ちょこんと頭に載った可愛いティアラ。

 そして持ちきれないほどの真っ白なバラの花束。

 こんなことしてもらったらあたし、キミに全てをあげたくなっちゃうよ……。

 ちょっと言い過ぎかもしれないけれど、それほどまでに幸せな気分をもらったあたしは、素直にその気持ちをキミに伝える。


『嬉しい! こんなに素敵なクリスマスプレゼントをありがとう。あたしね、キミのことが――』

「小説に書くだけならタダですからね」

『…………』


 ぶち壊しだよ……。

 あたしの気持ちを返して……。

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