第23話 ソワソワの季節

 クリスマスが近付いてきたせいか、街もソワソワと浮ついたムードに。

 だけどキミは、リコがいなくなったショックから立ち直れてないみたい。小説を書く手も止まってるみたいだし……。

 ため息を連発するキミは、ポツリとあたしに問いかけた。


「ミトンは、いなくならないですよね?」

『…………』


 その質問には答えられないよ。だっていつかはあたしだって、小説の中に戻らなくちゃいけないんだから……。

 だから、あたしは話をはぐらかす。今のまんまじゃ、誰も幸せになれないバッドエンディング一直線なのだから……。


『あのね。キミには大切な使命があることを忘れてない?』

「大切な使命?」

『キミは素晴らしい小説を書き上げるために、現実のあたしとハッピーエンドを迎えなきゃいけないの。でなきゃ、諦めさせられたリコだって報われないでしょ?』

「それとこれとは、話が別じゃないですか……」

『別じゃないよ。現実のキミがハッピーエンドを迎えるってことは、本物のあたしが彼女になるってことでしょ。そしてあたしとリコは、キミの小説の中で活躍する。それがみんなが幸せな、最高のハッピーエンディングなんだよ』


 しばらく考え込んでいたけれど、やがてキミは二度三度と自分の頬をはたいた。

 そして吹っ切れたような……違うね、無理して吹っ切ったような笑顔を作って、あたしに相談を持ちかけた。


「わかりました。でも、僕はなにをすれば……」

『もうすぐクリスマスだよ? だったらやっぱりプレゼントでしょ。今日はお休みなんだし、さっそく街に繰り出そう!』

「おー……とか言わなきゃダメですか?」

『ダメに決まってるでしょ。繰り出そう!』

「おー……」



 やってきた繁華街は煌びやかなイルミネーション。普段の倍ぐらい輝いてる。

 駅前の商店街は電飾に彩られて、ショーケースも華やか。和菓子屋の大福でさえも、いつもより二割増しで美味しそう。


『で? キミはあたしに何をプレゼントしたい?』

(ミトンにプレゼントっていってもな……)

『露骨につまらなそうな顔しないでよ……。聞き方が悪かったよ、樫井さんには何をあげたい?』

(そっちでしたか。でも、それはそれで何がいいか、全然浮かばないです)


 確かに異性にプレゼントなんて、慣れないとどうしていいかわからないかもね。あたしだって、今の三都美が何を欲しがっているかまではわからない。

 だからあたしは参考になるかもと、自分が欲しい物を挙げてみた。


『思い切って、洋服なんてどうかな?』

(難度高すぎですよ。樫井さんの好みもわからないのに)

『あたしがいるじゃない。それに服って、一人で選ぶとデザインが自分好みに偏るじゃない? だから他人に選んでもらうと、意外な発見があったりするんだよ』

(へぇ、そんなもんですか)

『あ、でもダメだよ? 服って言いながら、バスタオルとかリボンとかは』

(しませんよ!)



 単独のショップは敷居が高いから、気軽に色々見て回れるデパートに入店する。あたしはさっそくマネキンを指差して、服選びのきっかけを作ってみせた。

 あたしとキミの好みに、どれぐらい差があるかもちょっと気になるしね。


『あたしはデニムが好みかも。なんたって動きやすいからね』

(樫井さんなら、オーバーオールとか可愛いかもしれないですね)

『うーん……。いくらデニムでも、オーバーオールはちょっと……』


 やっぱりキミの嗜好は、あたしとは随分とかけ離れてるみたい。

 そんなキミの好みに、あたしはちょっと興味が湧いた。


『じゃぁ、キミの好みってどんなの? やっぱりメイド服とか、ナース服とか?』

(どれだけ僕に偏見持ってるんですか。コスプレですか)

『だって、小説の書き出しがバスタオル一枚だよ? そりゃ、偏見持つって』

(僕は、膝丈ぐらいの巻きスカートが好きですね)


 あたしはバスタオル一枚、リコは裸リボンなんてさせられたから、キミのセンスには不信感しか持ってなかった。

 でもキミの好みは思ったよりも普通で逆にビックリ。元々が不信感しかなかったから、普通の選択をしただけで感激すらしてしまいそう。


『あ、でもあれでしょ。巻きスカートの合わせ目がピラピラするのがそそるとか、そういうエッチなのが理由なんでしょ』

(失礼ですね、違いますよ。あの巻きスカートを留める、大きな安全ピンがそそるんですって)


 やっぱりキミのセンスには、不信感しか湧いてこない……。



 しばらく歩き回ってみたものの、やっぱりプレゼントに洋服は却下。あまりにも、キミの好みとあたしの好みが合わなすぎ。それに、予算的にもちょっと厳しい。


(うーん、ちょっと疲れましたね。休んでいいですか?)

『なら、あそこに休憩所があるよ』


 一息ついたキミはテーブルに頬杖を突きながら、別なプレゼントはないかと頭を悩ませる。そしてなにか思いついたようで、あたしに相談を持ち掛けた。


(あ、あの……指輪とかはどうですか?)

『却下』

(そんなに即答しなくても……)

『指輪は実際に付き合ってから考えなよ。彼氏でもない人から指輪をもらっても、あたしなら困るな』

(そうですか……)


 残念そうにしょぼくれるキミ。

 思いついた時の表情から察するに、きっとキミは三都美の左手の薬指にはめることまで考えてたよね? そんなに甘くないぞー、相手を思いやれー。

 そしてキミは次の案を持ち掛けた。


(化粧品なんてどう――)

『却下。わかるの? 好み。服よりもシビアだよ?』

(無理です……)


 またしても、キミはしょぼくれる。

 キミの選択ミスが原因だけど、立て続けの却下に罪悪感が芽生えたあたしは、励ましの言葉をかけることにした。

 せっかくのキミの想いを、しぼませちゃったら悪いもんね。


『でも、こうしてキミがプレゼントに頭を悩ませてるだけでも、あたしは嬉しいよ。やっぱりプレゼントって、物じゃなくて気持ちだと思うからさ』

(ミトンに喜んでもらっても……。僕は樫井さんに喜んでもらいたくて、プレゼントを考えてるわけで……)

『あぁ、そうですね。すいませんでしたー』


 ムキー。言われてしまった。ハッキリと言われてしまった。気遣ったあたしがバカだった。

 それにキミにはそんな必要はなかったみたい。気落ちするどころか、より一層目を輝かせながらめげずに次の案を出してきた。


(財布なんてどうですか?)

『財布はとっかえひっかえするもんじゃないからね。今使ってるのが気に入ってるなら、せっかくプレゼントしても使ってもらえるか怪しいよ』

(なるほど……)

『バッグだったら、服装や行き先によって使い分けたりもするけどね』

(それだ!)

『え、ちょっと待って』


 突然行動に移ったキミは、バッグ売り場に移動した。今日はやけに積極的だね。

 でもバッグ売り場でキミは現実を知る。良さげなデザインのものはやっぱり高価。バッグもプレゼントの候補からは外されることとなった。


(まいったな……。あ、そうだ)


 キミは何か思いついたように、スタスタとアクセサリー売り場へ向かう。

 そして軽く見回すと、ヒョイとブローチを一つ手に取ってレジへと持っていった。


「すみません、これください。あと、プレゼントなんで包んでもらえますか?」

「かしこまりました」

『へぇ、かわいいブローチだね、これならきっとあたしも大喜びだよ。でもどうしたの? 突然冴えちゃって』

(なに言ってるんですか、これはリコへのプレゼントですよ。彼女にも色々と世話になったから、なにかあげようと思って選んだだけです)


 なんでそれが三都美に対してはできないのか、あたしは不思議で仕方がないよ。

 そして清算を済ませたキミは、再び頭を悩ませ始める。


(どうしよう……。樫井さんへのプレゼント……)



 この分じゃ、いつまで経っても答えが出そうもない予感。

 ちょうどアクセサリー売り場にいることだしと、あたしは自分の興味があるものをキミに教えてあげることにした。


『指輪はだめだけど、イヤリングならいいんじゃないかな。そこまで意味深なプレゼントにならないし、なによりもあたしも欲しいって思うし』

(イヤリングですか……。一緒に選んでもらえますか?)

『もちろん! あたしが最高に喜ばれそうなやつを選んであげちゃうよー』


 気に入ったイヤリングを告げると、キミはそれを手に取ってあたしの耳へとあてがう。この光景は、他人にはどう映っていることやら……。

 だけどキミが、すんなりと納得するはずがない。あれもこれもと選んでみては、その都度あたしに繰り返し尋ねてくる。

 しばらくは楽しかったけど、あたしはだんだんとイライラしてきた。それはもちろん、キミがいつまで経ってもプレゼントを決められないから。優柔不断もいい加減にしてよ……。

 たまりかねたあたしは、ちょっと切れ気味にキミに不満をぶちまけた。


『やっぱりキミが納得するのを探してたら、いつまで経っても見つからないよ。ここはもう、あたしを信じて任せなさい!』

(じゃぁ、ミトンはどれがいいと思うんですか?)

『うーん、これ! これがいいよ。これで決まり』


 あたしは大きな輪っかのイヤリングを指差した。

 キミはそれを手に取ると、あたしの耳にあてがいながら首を傾げる。


(ちょっと大人っぽすぎませんか?)

『いいんだよ、あたしがいいと思ったんだから』

(それって、ミトンの好みってことじゃないですか。ミトンへのプレゼントを選んでるんじゃないんですよ?)

『あたしの好みは、きっと現実でもあたしの好み。あたしを信じなさいって』


 ここでキミの意見を聞き入れたら、また振り出しに逆戻り。ここはキミの言葉を全部薙ぎ払って、あたしの意見を強引に押し通すことにした。



 帰りのバスに着席すると、安心したようにキミの顔がほころぶ。


(どうですかね、喜んでもらえますかね?)

『あたしが選んだんだから、気に入るに決まってるでしょ』

(えー、でも当てにならないからな。ミトンの『信じなさい』は……くくく)


 その満足そうな表情は、きっとクリスマス当日にこのイヤリングを手渡している場面を妄想しているに違いない。

 でも本当にこのプレゼントが、あたしに届く日はくるのかな?

 あたしは、当日を迎えるのがちょっと心配になった……。

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