第8話 ため息で満たされる部屋
家に帰り着くなり自室に駆け込むと、ドアに鍵をかけてベッドに倒れ込んだキミ。三都美からもらった手紙を手にして、ゴロリと寝返りを打って天井を見上げる。
そして、キミは思いつめたように短いため息をつくと、手紙を頭上に掲げてじっと見つめた。
しばらくすると腕が疲れたのか、キミは脱力して「うー」と唸ってみせる。
そして、キミは思いつめたように短いため息をつくと、手紙を頭上に掲げてじっと見つめた。
しばらくすると腕が疲れたのか、キミは脱力して「うー」と唸ってみせる。
そして、キミは思いつめたように短いため息を――。
『さっきから何度もループしてるんだけど……。いい加減、手紙読もうよ』
あたしが声をかけても無反応で、手紙を見つめたままのキミ。
ひょっとして、あたしの声が聞こえなくなっちゃった……?
少し不安になったあたしが、さらに大きな声で言い直しかけたところでキミがやっと返事をした。
「だって、女の人から手紙なんて初めてで……。嫌な予感しかしないんです」
『なに言ってんの。わざわざキミを追いかけてまで渡してくれた手紙だよ? 嫌な内容だったら、そこまでして渡さないって』
「そうかなぁ、怖いなぁ……。しかもこんなに丁寧に折り紙してあるし。どうやって開けるんだろ、これ」
『悪意のある手紙なら、あたしだったらそんな折り方しないよ。さぁ、ガバっと開いて読むんだ!』
あたしの言葉が決め手になったのか、キミは破いてしまわないように慎重に手紙を開き始める。読み終わった後で復元できるように、その折り方を確認しながら。
キミがゆっくりと手紙を広げていくと、丸っこい可愛らしい文字が姿を現した。
「おお、これが樫井さんの字か……」
『あたしってば、可愛い字を書くんだね』
キミはごくりとつばを飲み込み、ベッドの上に正座で座り直す。そして息を整えながら、キミはゆっくりと手紙を読み始めた。
あたしもキミの背後に忍び寄って、三都美からの手紙を盗み読む。
――今日は那珂根くんにお願いがあって手紙を書きました。
直接言うのはちょっと恥ずかしかったので……。
那珂根くんは、富士井くんと幼馴染ですよね?
実は私、クラス委員を一緒にやり始めてから、彼のことが急に気になりだしちゃったんです。なので、間に入って仲を取り持ってもらえないかなって……。
図々しいお願いなのはわかってるけど、前後の席のよしみでお願いします。
それじゃ、また学校で……。樫井 三都美。
「…………」
『…………』
部屋の空気が一気に気まずさを孕んで、二人の背中に重くのしかかる。
タイミング的に感謝の手紙だとばっかり思っていたあたしは、不意打ちを食らった気分。手紙を読むようにキミを煽ったことも罪悪感として跳ね返ってきた。
うーん……。『やっぱり、あたしと三都美は好みも一緒だったね、同じ人に興味を持つなんてさ』なーんて、とてもじゃないけど言い出せない。
「……こんなことだろうと思いましたよ……。だから読むのが怖かったんです」
『ごめんね……。あたしだったら、代わりに恥をかいてくれたキミに感謝してるはずだから、てっきりお礼の手紙だと……』
「いいですよ、遅かれ早かれ手紙は開封したんですから……」
『あたしがついていれば万事オッケーなんて、偉そうなこと言ったのにごめんね。本当に面目ない』
キミにひたすら謝るその裏で、あたしは自分に自信がなくなってきた。三都美とあたしは同じことを考えるとばっかり思っていたのに、その結果が全然違ったから。
それに、学校での三都美を見ていてもあたしとは全然違う。三都美はあたしみたいにがさつじゃないし、落ち着き払っていてみんなに慕われる優等生って感じ。
あたしはどうしたらいいのかな……。
そんな自分を見失いかけているあたしに、キミはバレバレの作り笑顔で優しく声を掛けてきた。
「そんなに謝らないでください。それに、そんなに塞ぎ込んだ姿はミトンらしくないです。いつもみたいに明るく励ましてください。その方が僕は嬉しいです」
『もう……キミは仕方ないなぁ。励ましっていうのは催促するもんじゃないぞ?』
あたしの心の中を見透かすように、励ましの言葉を掛けてくれたキミ。
ありがとう。あたしはあたしでいいんだね……。
現実で上手くいかない片想いを成就させようと、キミは小説を書き始めた。そこにはキミの求める三都美像を描いたはず。そしてあたしはそこから抜け出してきた。
だったらあたしは、キミの求める理想のタイプなの?
その割には、待遇が理不尽な気もするけどね……。
とはいえあれこれ考えたところで、学校で見た三都美の振る舞いはあたしには演じきれないし、この性格だって気に入ってる。結局キミの言う通り、今のまんまのあたしでキミの恋愛を応援するしかないんだよね……。
「そもそも、僕なんかがラブレターをもらえるはずがなかったんですよ」
あたしを励ましたとはいえ、キミだって絶賛落ち込み中。再びため息交じりで、キミは愚痴をこぼした。
『ああ、やっぱりキミ、ちょっとは期待してたんだね……』
あたしがポツリと漏らした言葉に、キミがピクリと反応する。慌てて頬をかきむしったけれど、こぼした一筋の涙をあたしは見逃さなかった。
なんの期待もしてなかったのなら、開くかどうか葛藤なんてしないはず。
あたしは一言も言ってないんだから、ラブレターって言い出すのも不自然。
淡い期待を打ち砕かれたキミの心情を思うと、あたしの胸もキューっと痛んだ。
「はぁ……もう、小説書く気も起こらないな……。やめちゃおうかな……」
キミは早くも断筆宣言。ダメダメダメ、それだけは絶対にダメだよ!
とはいえキミの口調はヤケクソ気味で、冗談には聞こえない。
小説の打ち切り、それはあたしにとって最悪の結末。あたしの未来もここで打ち切りっていうこと。さらに小説自体を消されようものなら、あたしの存在もなくなっちゃうじゃない。あたしは慌ててキミをなだめすかす。
『ねえ、もうちょっとだけ頑張ってみよう?』
「いや、だってもうこれ、脈なしじゃないですか……。書けませんよ、もう」
『ちょっとだけだったら、エッチなシーン入れてもいいから。ね? お願い。ここまできて、諦めたらもったいないよ』
「エッチなシーンって言われても……今はそんな気分じゃないですよ」
キミをエッチで釣っても食いついてこないなんて、これは相当に重症だぞ……。
だけど、あたしだって諦めるわけにはいかない。なにしろこれは、あたし自身の存在の危機。
エロがダメなら今度は熱血を推してみる。男子ならきっと食いついてくれるはず。
『キミは、右肩上がりの順風満帆なお話を楽しいと思うかい?』
「なんです? 突然」
『どん底まで叩き落とされて、それでも必死に這い上がって、そして最後に勝利を掴んだ方が小説は面白いと思わないかい? そう、カタルシスだよ!』
「確かに、それはそうですけど……」
『だからこれは、小説を盛り上げるために必要なスパイス。ひたすら耐え忍んで逆転の機会をうかがう、それが今の場面なんだよ!』
「あるんですか? 逆転の目」
キミはいい感じに、あたしの言葉に食いついてきた。
手応えを感じたあたしは達観したような余裕の表情を浮かべると、答えを求めるキミを少し焦らしてみせる。もちろん余裕なんてない、ただのハッタリ。
キミを騙すみたいで心苦しいけど、小説を書き続けさせるためだったら、あたしはなんだってやる。まるで編集者のように!
『キミは手紙をもらった以上、返事をしないわけにはいかない。そうだよね?』
「気が重いですけど、そうなりますよね」
『じゃぁキミはあたしに、なんて返事をするつもりなのかな?』
「樫井さんからの頼み事だから力になってあげたいけど、内容が内容だし……。かといって、できないなんて断ったら、それこそ嫌われちゃいそうで……。どうしたらいいか、簡単に答えなんて出せないですよ」
予想はしてたけど、キミの返事は優柔不断で決断力に乏しすぎる。
そんなキミには名言風味の言葉を授けてあげよう。どこかで聞いたような、あたしが咄嗟に思いついたような、出自不明の言葉を……。
なぁに、自信たっぷりにハッタリをかませば、それっぽく聞こえるものだよ。
『仕方ないなー、じゃぁ正解を教えてあげるよ。アクシデントなんてものは、ピンチだと思ったらピンチに、チャンスだと思ったらチャンスになるものなんだよ』
「何が言いたいのか全然わかんないです」
『コホン……。とにかく! ここは相談に乗る一手だよ。相談に乗るのは、二人の距離を急接近させるチャンスなの。相談する側は弱気になってるから、こっちの言葉も素直に聞いてくれる。そこで頼り甲斐のある所を見せつけてやれば、あたしなんてイチコロだよ』
「なるほど。それじゃあ頑張って、樫井さんの力になってあげることにします」
『このバカー。力になったらあたしは智樹クンとくっついちゃうでしょうがー』
「え? だって、今……」
『力になるフリをして親身に話を聞きつつ、キミが出し抜いてあたしをかっさらう! これが正解だよ』
どうやらあたしの言葉は、キミの心を動かしたらしい。
さっきまでの沈み切った表情はどこへやら。目には輝きが戻ってきた。さらに口元に手を当てながら、あれやこれやと考えを巡らせているみたい。
そしてキミはニヤリと笑みを浮かべながら、あたしに悪態をつく。
「ミトンって、思ったよりも腹黒いですね? お主もワルよのう」
そうそう、キミはそうやって調子に乗ってる方が素敵に見えるよ。
やっと戻ってきたいつものキミに、さっそくあたしも悪ノリしてみせた。
『ふっふっふ、昌高さまこそ……。だけど、キミにとってあたしは聖人君子かもしれないけど、きっと実物だってこんなもんだよ……?』
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