第2話 助っ人登場
あたしに与えられた服は、上はダボっとしたクリーム色のトレーナーに、下はデニムのミニスカート。でもこのスカート丈、ちょっと短かすぎじゃない……?。
とはいっても、裸同然の姿に戻されたらたまらないし、思った以上にあたし好みのデザインだった。まぁ、これなら合格点かな。
ともかく、あたしの最大の不満は解消された。だけど、これでやっと安心して小説内に戻れる……とはならない。なぜなら、別な不満がくすぶり始めたから。
あたしは確認のために、気になったことをキミに尋ねてみた。
『ねえ、あたしが片想いしてる、ひ弱そうな身体の眼鏡をかけた人物って、キミのことだよね?』
「な、なんでわかったんですか?」
『そりゃわかるよ。たった今、小説の中で会ってきたばっかりだもの。キミとそっくりだったよ。むしろ、どうしてバレないと思ったかなー?』
「……ちぇっ、そうですよ。この彼ってのは僕のことですよ」
図星を突かれたキミは、言い当てられたのが悔しかったのか唇を尖らせた。
やっぱりそんなことだろうと思った。だけどあたしの不満はそれじゃない。人は見た目じゃないからね。
あたしは写真立てに指を突きつけて、キミに質問を続ける。
『そしてあたしは、その子がモデルになってるんだよね? どういう関係なの?』
「……こ、この子はただの知り合いってだけで、関係なんて――」
『好きなんでしょ? その子のことが』
「…………」
キミは返事をしなかったけど、伏せた目と少し赤らめた頬を見ればバレバレだよ。
状況から考えれば、キミが現実で上手くいかない想いを、小説の中で成就させようとしているのは想像に難しくない。
そこでズバリと、あたしは考えていた推論をキミに突き付けた。
『ねぇ、小説の中のあたしって、実はキミのことなんでしょ!』
「なに言ってるんですか。僕は裸で学校になんて行かないし、女でもないですよ」
『そこじゃなーい!』
思わずあたしはキミの頭をはたく。しかしその手はキミの身体をすり抜けて、ただの素振りに終わった。数えるのも面倒になってきた、多分四回目。
「じゃぁ、どこだっていうんですか」
『こんな短い文章なんだから、わざわざ言うまでもないでしょ。一目惚れしたこととか、未だにクラスが一緒になったことがないとか、そういうところだよ』
「よくわかりましたね」
『だって、他はなんだか大雑把なのに、そこだけやけに詳しく書いてたからね』
あたしが名推理の根拠を突きつけると、キミはしばらく考え込む。
そしてキミは、ポツリポツリと自供を始めた。推理ドラマなら、スタッフロールが流れ始めてもいい頃合いかもね。
「……そうですよ。三年前に犬の散歩をしてる姿を見かけて、一目惚れしたんです。始めのうちは、たまたま姿を見かけたらラッキーぐらいな感じでした」
『なるほど、なるほど、ありがちなきっかけだねぇ』
「それから日が経つにつれて、想いは募る一方で……。友達との待ち合わせを装って昇降口で下校待ちしたり、わざわざ彼女の家の近所まで散歩に行ったり……」
『散歩ねぇ……』
キミの自供はだんだん怪しげな方向へ。でもまだ許容範囲でしょ。これぐらいのことは誰でもやるよね、きっと……。
あたしはもうしばらく、キミの純真っぽい自白を黙って聞くことにした。
「だけど気がついたんですよ! クラスが一緒になったことがないから、彼女に話し掛けるきっかけが全然ないことに……。だから、今年こそ同じクラスにって祈りをこめつつ、小説を書き出したんです」
『まだ決まってないのかい? 今年のクラスは……』
「それが発表される始業式は、明日ですからね……」
赤色灯が光るパトカーのドアが開き、手錠をはめられたキミが押し込められる。そしてルルルルー、とエンディングテーマが流れ出す……って違う!
何やら妙な雰囲気になっちゃったけど、それをあたしはぶち壊す。
キミの言葉には同情なんてできない。くすぶってた不満が思い過ごしじゃなかったとわかったあたしは、キミにキッパリと言い放つ。
『片想いしてるのはキミなのに、ちゃっかりあたしにその気持ちを載せ替えるなんてひどいじゃない。それでキミはあたしに片想いされて、いい気分になりたいの?』
「いや、まぁ、その……そうなったら、いいなぁ……って」
『出だしのエッチなシチュエーションだって、どうせキミの願望なんでしょ。もうね、キミが書いてるのは小説じゃないよ、それはマスをかいてるっていうの』
「あ、あの、ミトン……? マスをかくって……」
『あ、ちょっと口が滑っちゃった。でもなんの努力もしないで、いい思いだけしようとしてるのは事実でしょ? そんな人物の、一体どこに魅力を感じるっていうのよ』
「う……」
『ハッキリ言っておく。あたしは理由もなく、人を好きになんてならない。特にひ弱そうな身体で眼鏡の、キミみたいな冴えないタイプにはね。そしてそんな人には裸にバスタオルどころか、パンツすらも絶対に見せたくない!』
あたしの言葉にキミはガックリと肩を落として、ブツブツとつぶやき始めた。
さすがにちょっと、きつく言いすぎちゃったかも……。
まずい、小説の中の決定権は作者のもの。キミは腹いせに小説の中で、あたしにあんなことやこんなことをさせるかもしれない……。
あたしは、慌ててキミにフォローを入れた。
『あ、あのね。キミのことを、絶対好きにならないって言ったんじゃないんだよ。理由もなく好きにならないって言っただけで……。そう、ちゃんと魅力を感じれば、あたしだってキミを大好きになると思うよ』
「じゃぁ、どうすればミトンは、僕にパンツを見せたくなってくれますか?」
『パンツが見たいんかーい!』
思わずあたしはキミの頭をはたく。しかしその手はキミの身体をすり抜けて、ただの素振りに終わった。回数は忘れた。
『大体、さっきからあたしのことを親し気にあだ名で呼んでるけど、普段から現実のあたしのこともあだ名で呼んでるの?』
「あだ名どころか、声を掛けたこともないですよ。周りの人があだ名で呼んでるのが羨ましくて、僕も呼んでみたいなって……」
『だと思った。でもそれなら、話しかければいいじゃない。今、あたしにしてるみたいにさ』
「だから、きっかけがないんですって。クラスが一緒になったことがない僕のことなんて、彼女は知りもしないですよ。だから僕は、その想いを小説にぶつけるんです。積極的に行動を起こせない僕には、その方がお似合いなんです」
きっぱりと開き直るキミ。潔いまでに堂々としている、その態度。
それにしても、本人とは話したこともないなんて。あたしから見れば泣きボクロ一つの違いだけで、これだけ強気に会話ができるキミの方が不思議で仕方ないよ……。
とにかくあたしは、こんなウジウジしたタイプは願い下げ。このまま小説内に戻ったら、こんな男に一目惚れすることになるのかと思うと、とてもじゃないけど耐えられない。ここはキミに、心を入れ替えてもらわないと……。
『キミみたいなタイプが何もしないで意中の子から一目惚れされるなんて、いくら小説だとしても虫が良すぎるでしょ? やっぱり自ら運命を切り開いていかないと』
「でもそんなの、僕のキャラじゃないし……」
『そんなキミが主人公になって、努力して変わっていくお話にしたらどうかな? そして最後にはあたしを口説き落とすの。その方が絶対魅力的だし、小説を読んだ人だって引きこまれると思うよ』
「そんなの、ありふれてますって。それに……僕ができもしないのに、そんなストーリーを書けるわけがないじゃないですか」
キミは何を言っても受動的、消極的、そのくせ自己中心的。これが他人事ならどうぞご自由にだけど、当事者のあたしは黙って見過ごすわけにはいかない。
初めはバスタオル一枚で登校するシーンさえ直してくれれば、それでいいと思ってた。だけどこの調子だとキミの性根を叩き直さない限り、あたしはこの先もきっとひどい目に遭わされ続けるよね?
ダメダメダメ、想像しただけで身震いしちゃう。ここはお話そのものを、なんとかして変えてもらわないと。そしてあわよくば、あたし好みのストーリーに……。
さっそくあたしはキミに、アドバイスをしてみることにした。
『それなら実際にキミが行動して、彼女を振り向かせればいいじゃない。そして、そのサクセスストーリーをそのまま小説にすれば、リアリティのあるハッピーエンドを描けるでしょ。時代はノンフィクションだよ』
「いやいやいや、そんなの無理に決まってるじゃないですか。できるはずがない」
『やってみなきゃわかんないじゃない。もしも、もしもだよ? 成功したら、キミは憧れの子と両思いになれるんだよ? たとえ成功しなくたって、その過程をネタにして小説内で恋愛を成就させればいいでしょ。それだったら、ダメ元でやる価値があると思わない?』
「そりゃ、そうかもしれないですけど……。上手くいくイメージが全然湧かないし」
やれやれ、あたしがこれだけ言っても、キミはまだ踏ん切りをつけてくれない。
だけど、キミには小説を書いてもらわないとあたしが困る。なにしろ、話が進まないとあたしの未来はないし、ボツにされたら存在が消えちゃう。だからといってあの展開のまんまでお話が続いたら、あたしのオ……想像するのはやめておこう。
キミを説得して改心させたら小説の中に戻ろうって考えてたけど、これは一筋縄じゃいかなそう。こうなったら腹をくくって、あたしも一肌脱ごうじゃないの。いや、裸にはならないけどね。いわゆる一蓮托生ってやつだね。
『ふふん、大丈夫だよ。キミには強力な味方がいるんだからさ』
「強力な味方?」
『あたしは、キミの憧れの子がモデルなんでしょ? だったらあたしの思考も、その子と一緒のはず。だからあたしのアドバイス通りに行動すれば、万事オッケーだよ』
「そんなに都合よくいくのかな……」
未だに半信半疑のキミ。だけど、少しはその気も芽生えてきたみたい。
となれば、ここは押して押して押しまくる一手。あたしは決意表明も兼ねて、キミに自信たっぷりに叫ぶ。
『あたしを口説きたいのなら、あたしに任せておきなさい!』
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