53 ……好きなんだろ?

 チャペルの大きな扉の前に、俺は立っていた──この扉の向こうには、ギャラリーと指輪を持った伊集院が、結婚式のように待っている。

 バージンロードを歩いて、聖壇の前に立つ伊集院のもとまで歩いて──左手の薬指に指輪をつけてもらう。その一連をカメラマンさんが撮影。

 ……うん、ただそれだけだ。

「準備はよろしいですか?」

 両開きの扉を開けてくれるスタッフに尋ねられる。

「……はい」

 俺は顔をあげる。同時に、扉が開かれ、白い景色が飛び込んできた。

 バージンロードに沿って、両側にベンチが並べられている。そこに座っている参列者、もとい、ギャラリーの生徒たち。みんなが拍手で俺を迎え入れてくれる。亜矢瀬や綾小路もいた。

 ──鬼塚は、いない。

 事前に指導された通り、バージンロードをゆっくり歩いていく──向かう先には、聖壇と笑顔の伊集院。

 ……やっぱり、かっこいいな、伊集院は。

 聖壇の後ろの壁はガラス張りになっていて、澄んだ青空が美しかった──それすらも、伊集院を引き立てているように見える。

 新郎新婦の撮影が目的なので、神父さんは不在だ。

 俺は伊集院の隣に並び、向かい合う──指輪をはめてもらう時間だ。

「早乙女……、手を」

「……はい」

 伊集院の大きな手のひらの上に、左手を差し出した──伊集院は、手の甲を向けていた俺の手を、なぜかひっくり返す。

「……?」

 それじゃあ、指輪をつけにくいだろう、と言う前に、伊集院が俺の手のひらに置いたのは、


 十字架のあしらわれたネックレスだった。


「これって……」

 俺が無くしたと思っていた、鬼塚のネックレスだった。

「綾小路のお見合いのあと、追い出される直前に、拾ったんだ──見覚えがあったから」

 伊集院は微笑んだ──そうか、鬼塚が幼少期にまだ仲のいい両親からもらったプレゼントだというのなら、当時よく遊んでいた伊集院がその存在を覚えていてもおかしくはない。

「鬼塚のだって、すぐ思い当たったんだけど──なにせ、渡すタイミングがなくて。そしたら、お前らがネックレスを無くしたとか話していたから」

「あ……」

 不良と三人で喧嘩した帰り道、俺と鬼塚の会話をそんな風に聞いていたのか。

「……拾ってくれて、ありがとな。でも、それこそ渡すタイミングは今じゃないだろ」

 と、俺は笑ったが、伊集院は真剣な表情を崩さなかった。

「いや、今だ」

「え?」


「好きなんだろ? 鬼塚のこと」


 ……………………え?

 …………そうなのか?

 俺、鬼塚のこと、好きなのか?

 いやいやいや、男同士だぞ? 恋愛感情とかそういうのはない──はずだ。

 俺が否定も肯定もできずにいると、伊集院は、

「まだ自分の気持ちがわからないのかもしれないけど、少なくとも、ウェディングフォトを撮りたいのは、俺とじゃないはずだ」

 と言った。

 確かに、伊集院との撮影が決まったとき、心のどこかでモヤっとした気持ちがあった。でも、その正体が何なのか解明しないまま、放置していた。

 そして、それを『よかったな』なんて言う鬼塚と口論になって──

「……でも、俺、鬼塚と喧嘩しちゃって……」

「なら、仲直りのチャンスじゃないか。さっき、鬼塚が来ているの見かけた」

 鬼塚が来ている?

 俺はギャラリーのほうへ振り向くが、見慣れた赤髪はいない──でも、伊集院が見かけたと言うのなら、この教会の敷地内に、きっといるはずだ。

「……伊集院、俺……!」

 伊集院に顔を上げる──伊集院は、寂しそうに、でも、笑っていた。

「行ってきなよ、早乙女。あいつのところに」

 とん、と。

 優しく、小さく、背中を押し出される──伊集院がいろんな気持ちを抑え込んで、そうしてくれたのがわかるから。


 ──伊集院が、俺を好きだったってわかるから。


 謝るのは違うと思った。だから、涙を堪えて、頷くのが精一杯だった。

「……ありがとう」

 指輪ではなくネックレスを受け取り、いつまで経っても指輪をはめようとしない俺たちに、見物客たちは疑問に思い始めた。

「早乙女さん……?」

 不安そうな綾小路の声も耳に届くが、俺はドレスのスカートを捲り上げた。

「えっ!?」

「どうしちゃったの、早乙女さん!?」

 見に来てくれていたクラスメイトたちが口々に驚くが、走るのに長いスカートは邪魔なんだ。

 俺が出口に向かって、バージンロードを疾走しようとしたとき、


「ちょっと待ったぁー!」

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