52 選択の時間

 その後、ギャラリーもチャペルに続々と到着した。

 みんなそれぞれチャペルという舞台にふさわしい正装をしていて、普段なかなかお目にかかれないレアな格好に、ドキッとした。

「乙女ちゃーん、きたよ〜」

「亜矢瀬! 似合ってんな!」

「えへへ〜、ありがとう」

 亜矢瀬はベージュのチェック柄のスーツを着ていた──ミルクティー色の髪とマッチして、良い感じだ。

 俺がメイクをしてもらった部屋までわざわざ足を運んでくれた亜矢瀬は、どっこいしょ、と高級そうなソファに座り込んだ。俺はその対面にあるドレッサーの椅子に腰をかける。

「それで、乙女ちゃん……、聞きたいんだけどさ」

「うん?」

「本当に、これでいいの?」

 これでいいって……。

「これでいいもなにも、投票で決まったことだろ? それに、伊集院と写真撮影をしたからって、なにが変わるわけでもあるまいし……」

「本当に、そう思ってる?」

「…………」

 亜矢瀬がいつになく真剣な目線を向けてくる──声のトーンも低く、誤魔化しは通用しなさそうだ。

「もう一度聞くよ、乙女ちゃん」

 亜矢瀬が息を吸う。

「生徒会長と不良少年、どっちを選ぶの?」

 ……今、なのか?

 今が、その選択のときなのか──

「早乙女さん!」

 答える寸前、綾小路が電子端末片手に、部屋に入ってきた。その後ろには、伊集院。

「あら、亜矢瀬さん。これから撮影の打ち合わせですので、少々席を外していただけますか?」

「……はーい」

 亜矢瀬は俺に意味ありげな視線を残して、素直に退出していった。

「観覧客のみなさんも、かなりいらっしゃっていただいていますわ! 学校をあげてイベントを開催した甲斐があります!」

 今朝、会ってからずっとニコニコが絶えない綾小路。

 俺は窓を見やる──ちょうど、教会の門が見える場所だった。シックな正装をした高校生たちがたくさん入場してきている。

 男女比は、やはりというか、圧倒的に女子が多かったが、男子もちらほら──しかし、鬼塚の姿は見つけられなかった。

 ……鬼塚は、来てくれないのかな。

「では、撮影会の段取りを説明しますわね……、早乙女さん?」

「あ、いや、なんでもない。続けてくれ」

 さっきまで亜矢瀬が座っていたソファに、伊集院が腰をかけた。綾小路は立ったまま説明を始めようとしている。

 いかんいかん、気を引き締めないと。

 では、と綾小路が咳払いをする。

「テーマは新郎新婦入場です。まず、伊集院さんが入場します。その後、早乙女さんが入場し、お二人には、誓いのキスの代わりに、指輪をはめていただきます」

 それで撮影会は終了です、と綾小路は説明を終えた。思ったよりあっさりしているんだな。

「……わかった」

 と、伊集院が頷く。俺も頷いた。

「それでは、早速、準備に取り掛かりますわ!」

 綾小路は、伊集院に二つの指輪を手渡し、颯爽と消えてしまった。裏方の仕事が溜まっているんだろう。彼女は大人になったら、キャリアウーマン間違いなしだな。

「早乙女……」

「ん!? なんだ!?」

 気づいたら、伊集院がソファから立ち上がり、俺の隣まで来ていた。

 彼の細くて長い指が、俺の頬をそっと撫でる。

「正直、俺はお前とこういう格好で撮影できて、すごく嬉しい──独りよがりかもしれないが、言わせてくれ。ありがとう」

 伊集院が微笑んだ。

 俺はその笑顔に、なぜかズキンと胸が痛んだ。

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