50 投票結果

 一週間後──中間結果と言ってもいい。投票方法は、掲示板の下に設置されているシールを、投票する応募者の写真の下に貼るだけ。つまり、集計がいらないのだ。

 悪い予感は的中しそうである──俺の写真の下には、怒涛のピンクシールが並んでいた。他の応募者と比べて、圧倒的得票数。

「おい〜! どうしよう、亜矢瀬〜!」

 俺は再び掲示板の前で、亜矢瀬の両肩を掴み、ガクガクと揺らしていた。

「どうしようって、腹決めなよ、男でしょ」

「体は女だ!」

「都合のいいときだけ、女子のふりしないの」

 そう言って、亜矢瀬は棒付きキャンディを舐め始めた。

 冷たい。そっけない。どうしてだ、今まで親身になって相談に乗ってくれたじゃないか……。

「自分のことより、男子の得票数見てみなって」

 亜矢瀬がキャンディで示した先に視線を移す──伊集院と鬼塚のシール総数が接戦を繰り広げていた。さすがは少女漫画のメインヒーローなだけある。

「僕の出番は無くなっちゃったってわけ〜。だから、ちょっとだけ不機嫌」

「亜矢瀬……」

 いつも通りに見えるが、どことなく落ち込んでいるオーラが放たれている亜矢瀬の肩を叩く。

「元気出せよ、本番は取っておいたってことにしてさ」

「……乙女ちゃんって罪な女だよね」

「俺は男だ」

「どっちかにしなって、本当」

 亜矢瀬に軽く頭を小突かれる。

 もはやこの得票数──女子は俺が被写体になることが決定したようなものだ。

 亜矢瀬の言う通り、問題は男子。

 伊集院と鬼塚と、どちらかとウェディングの撮影会ということになる──実際に結婚するわけではないとはいえ、人生の大きな決定をするような気分だ。

 このイベントが始まる直前、亜矢瀬に投げられた問いが蘇る。


『生徒会長と不良少年──どっちかを選べって言われたら、どっちを選ぶの?』


 その問いの答えが、このイベントで決まってしまう気がした。



 とうとう、最終結果発表の日。

 今日の朝、投票が締め切られて掲示板から得票数がわかるポスターも撤収された。

 昼休みに、綾小路がわざわざ集計して、一眼でわかりやすくデザインし直したものを貼り付けにやってくる──それを見るために、予告されていた昇降口前の掲示板にはたくさんの見物客が集まっていた。

「みなさん! お待たせいたしましたわ!」

 模造紙を持った綾小路の登場に、生徒たちが今か今かと沸き立つ──綾小路は、執事のような大人に模造紙を渡して、掲示板に貼り付けさせた。

「集計の結果はこちらです!」

 ババン! と。

 一位から三位までの名前が、得票数と共にゴシック体で書かれていた。

 女子の獲得票数一位は、当然というか、俺だった。

 肝心の男子は──


 伊集院だった。


 ほっとしたような、残念なような、なんとも形容し難い感情が、俺の中で渦巻いているのを感じた──それはそれで、伊集院にも、鬼塚にも失礼だろうと、俺はその感情を見なかったことにする。

 僅差で、二位に鬼塚。

 その差、わずか三票。

「……よかったな」

 悲しそうな声がした──いつの間にか、人混みに紛れて、隣に鬼塚が立っていた。

 俺は、その言葉にカチンとくる。

「……なにが良かったんだよ」

「良かったは良かっただろ」

「だから、なにが良かったんだよ」

「…………」

 鬼塚はなにも言わずに立ち去ろうとする。俺はその腕を掴んだ。

「待てよ、なんなんだよお前、なにが言いてぇ」

「別になにも……」

「んなわけねぇだろ! 言いたいこと我慢してる子供みたいな顔して!」

「……っ! 離せ!」

 思いっきり腕を振り払われた──すぐに鬼塚は人混みの中に溶け込んで行ってしまう。

「鬼塚……」

 その大きな後ろ姿を追いかけようとしたが、クラスの女子たちにそれを阻まれた。

「早乙女さん! 一位おめでとう!」

「私、生徒会長とお似合いだと思ってたから嬉しい〜!」

「クールな生徒会長と、男子にも強い早乙女さんのカップル、きっと素敵だよ!」

 口々に俺と伊集院がお似合いだと称えてくれる。

「あ、ありがとう……。はは……」

 それぞれにお礼を述べているうちに、鬼塚を見失ってしまった。

 伊集院はと言うと──また別の人混みに囲まれていた。賛辞やらなにやら受けているんだろう、向こうも。

 昼休みが終わる予鈴が鳴り響き、ようやく俺と伊集院は人だかりから解放された。

「お、お疲れ様……」

「あ、うん……」

 俺が声をかけると、伊集院の頬がほんのり赤くなった──意識、してくれているのかな。

 伊集院が手を差し伸べる。

「その、なんていうか……、よろしく、な」

 俺はその手を握った。握手だ、握手だけど──多分、握手は違うと思う。

 そんな、ちょっとズレているところも伊集院らしいな。

「あ、おう……」

 付き合いたてのカップルみたいな、いや付き合ったことないからわかんないけど、そんな初々しい会話をして、花婿と花嫁は成立したのだった。

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