46 ミスコンとミスターコン

「早乙女さん! 亜矢瀬さん!」

 綾小路にしては珍しく、大きな音を立てて屋上のドアを開けた。階段を駆け上ったのか、息切れした綾小路が、給水塔の裏に周り、俺たちを見つける。

「やっぱりここにいらっしゃいましたか!」

「どうした? そんな急いで……」

「あ、いえ、急ぎの用事というわけではないんですが……」

 綾小路は息を整えながら、俺と亜矢瀬の間にしゃがみこむ。見せてくれたのは、綾小路のスマホの画面。メールのやり取りが表示されていた。

「これ、見ていいのか?」

「はい、というより、読んでください」

 受信メールの内容は──

「チャリティーイベント?」

 素早く概要を理解して最初に口を開いたのは亜矢瀬だった。綾小路は「そうですわ」と頷いた。

「学校の近くに、今は使われていない教会があるのをご存知ですか?」

「あ、あぁ……」

 そういえば、そんなものもあった気がする。俺が普段使っている通学路には入っていないから、よくは知らないけれど。

 使われていない教会といえば……、わかったぞ。

「深夜に、そこに忍び込もうって誘いだな? でも、肝試しにしては時期が早すぎるんじゃ……」

「乙女ちゃんは黙ってて」

 亜矢瀬に一蹴されてしまった。ボケ半分真面目半分だったのに。

「教会とチャリティーイベントになんの関係があるの?」

 俺を黙らせた亜矢瀬が綾小路に尋ねる。

「そこの教会を、綾小路会社系列の子会社が買い取って、チャペルに改装する事業が進んでおりまして」

 ん、んん?

 話が急にでかくなったな。

 教会とチャペルの違いすらわからない俺は、わかったふりをしながらうんうんと相槌を打った。

「つきましては、改装記念にチャペルの宣伝も兼ねて、ウェディングフォトのチャリティーイベントを執り行う企画が通りましたの!」

「え、それ、綾小路さんが企画通したの? すごいね」

「頑張りましたわ……」

 綾小路と亜矢瀬だけで話が進んでいく。

 ウェディングフォトのチャリティーイベント?

 カタカナが多くて、すんなり頭に入ってこない。

「つまりね、乙女ちゃん」

 無数のクエスチョンマークを浮かべたまま、愛想笑いで話を聞いている俺を見かねた亜矢瀬が、俺の肩を叩いた。

「ウェディングドレスやタキシードを着て撮影会をやろうって企画」

 な、なるほど……。

「一応、カメラマンやお召し物に関しましては、こちらで手配する予定なんですが……、被写体がいませんの」

 確かに、芸能人やモデルを被写体として招いてしまえば、雇うのに多額のお金が必要になるだろう。

「でも、そこはケチらないほうが、募金は集まるんじゃない?」

 亜矢瀬が提案するが、綾小路は首を横に振る。

「資金がないわけではなく……、そもそも狙いがそこではないのです。今回のターゲットは、この学校の生徒ですわ」

 ……この学校の生徒!?

「高校生から募金を募っても、大した額は集まらねーだろ!」

「お金じゃないのです、早乙女さん」

 興奮してしまった俺を、綾小路はお淑やかになだめた。

「チャリティーイベントの本当の目的は──未来のお客様となってもらうこと。この学校に留まらず、全国の高校生……将来、チャペルを利用するかもしれない若い方々の選択肢の視野に入れてもらうことですわ」

 未来のお客様……。

 綾小路はずっと先を見ていた。そうだ。金額がどうのとか言ったって、チャリティーイベントなのだから、全部どこかの支援金になるはずだ。稼いだって、会社には一円も入らない。むしろ、赤字だ。

 それでも、この企画が通ったということは──それ以上の利益が見込めるからなんだろう。

「で、でも、それならなおさら、中高生に人気が高い有名人を呼んだほうが……」

「どうしてSNSでインフルエンサーが若い方達に人気なのか、わかりますか?」

 急に話題が変えられた。

 インフルエンサーだって?

 俺がアンサーに困っている間に、「親しみやすさです」と、綾小路から答えが出された。

「SNSが発達した今の時代、大切なのは親しみやすさだと、わたくしは考えています」

 親しみやすさ……。

「じゃあ、親しみやすいインフルエンサーを雇えば……」

 きっとインフルエンサーなら、芸能人よりは雇用料が安く済むだろうし。

 それにも、綾小路は首を横に振った。

「いいえ。高校生に一番親しみやすいのは、わたくしたち高校生ですわ」

 ここまできて、頭の良い綾小路が言わんとしていることが、ようやく掴めてきた。

「あ、綾小路が言ってる被写体って……、まさか……」


「この学校の中から、投票で選ぼうと思っています!」


 学校を巻き込んで、ウェディングフォトイベント……!?

 やることが桁違いすぎる。

 お金持ちのお嬢様だとは思っていたが、ずっと慎ましやかで、デカい行事だとか目立つことにはあまり興味がなさそうだったのに。

 急に人が変わったようじゃないか……!

 驚きに目を見開く俺に、綾小路はふっと微笑んだ。

「わたくしがこうやってイベントを発足できたのも、早乙女さんのお陰なんですのよ」

「え、俺?」

 俺は何もしていない。綾小路が頭を悩ませ、決断し、行動した結果がついてきただけだ。

「早乙女さんが、あのとき──お見合いのとき、わたくしの好きな人生を生きていいっておっしゃってくださってから、わたくしは変わりました。いっときも後悔しないように、自分の人生に胸を張って生きていけるように、行動できるようになったんですの」

 それは、もともと綾小路が持っていた実力だ。理系文系問わず成績が良く、なんなら体育の授業を見ている限りじゃあ、スポーツも万能みたいだったからな。伊集院同様、神に二物も三物も与えられた選ばれし者だ。

 やろうと思えば、なんでもできる天才タイプ──ただ、周りに締め付けれられて、身動きがとれなかっただけで。

 その足枷が外れたというのなら──綾小路が自由に生きれているというのなら、これ以上のことはない。

「つきましては、亜矢瀬さん、早乙女さんにお願いがありますの」

「え、なに……」

 亜矢瀬はあからさまに嫌そうな顔をした。

 おいおい、美少女からのお願いを、聞く前からそんな顔すんなよ……。

「伊集院くんを説得するの、手伝ってくださいまし!」

 俺も亜矢瀬と同じ表情になった。

「本当は今すぐにでも、掲示板に張り紙を貼りたいですわ! それから投票箱も! でも、それには生徒会長の許可が必要なんですの!」

 絶対面倒臭いに決まっている。やる前からわかっている。

 生徒会長公認で、学外のチャリティーイベントの公募を行うなんて──その後には、参加者の写真でも貼って投票させるのか?

 こんなの、ミスコンとミスターコンじゃないか。

「お願いします! 早乙女さん! 亜矢瀬さん!」

 美少女が両手を合わせて頭を下げている。居心地が悪すぎる。

「わかったよ……」

「ありがとうございます!」

「僕はパス〜。ふぁ〜ねむ」

 伊集院と面識のない亜矢瀬が関わるのは難しいだろうから、亜矢瀬のパスを引き止める理由がなかった。

 ──そういえば、亜矢瀬って、伊集院と鬼塚に俺の彼氏だと疑われていた時期があったんだよな……。そんな亜矢瀬を引き連れて生徒会室に突撃したら、また余計な疑念を招いてしまいそうだ。

 ここでは、綾小路と二人で頑張るのが妥当だろうか……。

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