45 どっちを選ぶの?

「もう一人、ヒロインを仕立てあげようと思うんだ」

「……はぁ」

 翌日の昼休み。俺は亜矢瀬と屋上──いつもの給水塔裏で、作戦会議を決行していた。

 綾小路のお見合いをぶち壊したこと、綾小路に告白されたこと、伊集院と鬼塚を仲直りさせたこと──それらを事細かに、亜矢瀬に説明した。

 今日は弁当ではなく購買のパンを頬張りながら、亜矢瀬は興味があるのかないのか読めない相槌を繰り返していた。

「……他の人に取られるくらいなら、僕がキスしちゃえばよかった……」

「なんか言ったか!?」

「なーんにも」

 ときどき、物騒なことをつぶやいてくる。

「それで? 乙女ちゃん的には、新キャラを増やそうってことなの?」

「人をキャラ呼ばわりはしたくないけど……、まぁそういうことだ! 綾小路の気持ちには答えられないが、好意を踏みにじりたいわけじゃない! そしたら、もう綾小路以外の女子に、二人を押し付けるしかないだろ?」

「……うーん」

 あれ?

 名案だと思ったのに、亜矢瀬は俺を天才と褒め称えるどころか、渋い顔をして首を傾げていた。

「な、なんかおかしかったか……?」

 不安になって問いかける。亜矢瀬はチョココロネをアイスココアで喉に流し込んだ。どういう味覚してんだ。

「……綾小路さんの気持ちを踏みにじりたくないのは、よくわかったんだけどさ──生徒会長と不良少年の気持ちは踏みにじっていいわけ?」

「え?」

 伊集院と鬼塚の気持ち?

「だって、二人は好きな人がいるって言ったんでしょ?」

「だから、二人の恋を応援するっていう話で……」

「それが、乙女ちゃんだったらどうするの?」

 ……俺?

 俺のことを好きにならないように、今まで必死でルート改変を行なってきたのに?

「まっさか! 俺じゃないよ!」

「……僕も超能力者じゃないから、予想の域を出ないけどさ……。乙女ちゃんだったら、どうするのって話。乙女ちゃんが好きなのに、乙女ちゃんから他の女子と付き合うように勧められたら、すっごくショックでしょ?」

 僕もショックだった、と亜矢瀬は付け足したが、聞こえないふりをする。

「それは、二人の気持ちを踏みにじってることにはならないの?──それとも、知らないふりをすれば済むの? それって、ずるくない?」

 ぐいぐいと亜矢瀬が近づいてくる。熱のこもった弁舌とともに。

「ま、待ってくれよ……! 二人が俺を好きな前提で話が進んでるぞ! 確定じゃないんだから、そんなに責めてくれるなよ……」

「……確定みたいなもんでしょ」

 まぁいいよ、と亜矢瀬は話を終わらせた。俺は一旦ホッとする。

「でも、一つだけ聞かせて。生徒会長と不良少年──どっちかを選べって言われたら、どっちを選ぶの?」

 どっちかを選べ?

 なんだその、少女漫画にありそうな二択は。

 どっちかを選ぶどころか、どっちも選ばないように過ごしてきた俺に対して、なんて質問を──しかし、亜矢瀬の目は至って真剣そのものだ。

 どちらも選ばない、という選択肢はないのだろう。どっちかを選ばないと死ぬ、みたいな条件下で選べと聞いてきている。茶化して誤魔化せそうもない。

 そこで、俺は初めて──二人を恋愛対象として比較した。

 不良だけど心優しい鬼塚と、真面目でクールだけど放って置けない伊集院──少女漫画ヒロインの早乙女乙女は、いったいどっちを選んだんだろう?

「言っとくけど、ヒロインとしてじゃなくて、ちゃんと『キミ』として選んでね」

 亜矢瀬がしっかり釘を刺してくる。

 恋愛対象が女子である男の俺が、男を選ぶなんてちょっとどうかしているが、それでも真剣な亜矢瀬に乗せられて、俺も真剣に熟考した。

 暖かくなってきた春の終わりの風が、俺と亜矢瀬の髪を撫でる。

「俺は……──」

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