44 喧嘩の後は夕日を背に

「いてて……」

 チート級の腕っぷしを誇る鬼塚と、文武両道を体現したチートの伊集院の活躍によって、あんなにいた不良たちは全員地面に突っ伏していた。

 別に喧嘩慣れしているわけでも、喧嘩が強いわけでもない俺は、殴られたら殴り返し、蹴られたら蹴り返しという無様な有様だったわけだが、どうにか致命傷を負わずに済んだ。

 体のあちこちがいてぇ。擦り傷、打撲。女でも容赦しない、と言っていたが、俺が美少女であるがゆえか、顔面への攻撃は比較的少なかった気がする。ありがたい。お母さんに余計な心配をかけられないからな。

「おい、帰るぞ」

 廃倉庫の出口から、鬼塚に声をかけられる。その横には伊集院──どことなく、二人の間に流れる雰囲気が柔らかくなっている気がした。

「今行く……いてっ!」

「……どうしたの?」

 突然眉を顰めて動かなくなった俺に、伊集院が不思議そうに問いかける。

 二人の元へ小走りで近寄ろうとしたが、できなかった。足首に激痛が走る。どこかで捻ったのか、やられたのか──どちらにせよ、喧嘩中はアドレナリンが出ていて気づかなかったんだろう。

 ズキズキ、と痛みが次第に増していく。

 俺はしゃがみ込んで、右足首を押さえた。折れてるわけではない。もう一度立ち上がり、右足を引きずるように、ぴょこぴょこと進み出す。

「馬鹿、ほら、言わんこっちゃねぇ」

「ほんとだよ」

 伊集院と鬼塚は、ため息をつきながら俺のほうに向かってくる。今日だけで何度馬鹿呼ばわりされたか数え切れないが、今回ばかりは返す言葉もない。

 喧嘩の腕に覚えがあるわけでもないのに、逃げろと言われたのも聞かず、男同士の争いに首を突っ込んだのは俺だ──挙句怪我をして歩きにくくなるなんて、自業自得以外のなにものでもない。

「ほら、乗れ」

「え?」

「いいから、乗れって」

 鬼塚が、俺に背を向けてしゃがみ込んだ──おんぶされろってことか?

「いや、これくらい別に……」

「早くしろ」

「はい」

 低い声色で脅され、俺はおずおずと鬼塚の背中に体重を預ける──鬼塚が立ち上がると、さすがの高身長。視線がかなり高くなった。

「女子なんだから、無茶するなよ」

 伊集院が呆れながら、ポケットから絆創膏を取り出し、俺のほっぺたに貼り付ける──あ、顔も切れてたのか。

 歩幅の広い二人に連れられて、俺たちは廃倉庫を後にした。



 伊集院も鬼塚も、俺をおぶったまま俺の家まで送り届けるつもりのようだった。

 夕焼けが眩しい土手を、三人分の、いや、俺を背負った鬼塚と伊集院の二つの影が伸びる。

「……懐かしいな、この土手」

 隣を歩く伊集院がつぶやいた。伊集院がそれに頷く。

「……そうだな、昔はよく家から抜け出してここで遊んだな」

「雪の日はそり持ってきて」

「はしゃぎ過ぎて、結局次の日、二人揃って風邪ひいたんだよな」

「あったあった」

 ……お?

 伊集院と鬼塚が幼少期の話題で盛り上がっている。いつの間に仲直りしたんだ?

 夕日を背に喧嘩をすれば友達になるという、古き良き不良漫画のお約束だろうか──いや、ここ、少女漫画の世界だよな?

 そもそも、少女漫画なのに、ナンパに絡まれるとかじゃなくて、ガチの不良に集団で襲われるってヘビー過ぎないか? そういうもんなのか?

 あの場面で伊集院が助けに来てなかったら──考えるだけでゾッとする。目の前で、俺を人質に取られた鬼塚は、きっと無抵抗で蹂躙され続ける未来が容易に想像できた。他校に絡まれたときとは違う、得物を持っていたスキンヘッドたちに下手すれば殺されていたかもしれない。

 ……少女漫画って、もっとこう、キラキラしたものだと思ってたんだけどなぁ……。

 中身が俺じゃなくて、普通の女の子だったら──あの喧嘩に応戦できず、二人に守られながら足手まといになっていただろう。よかった、強くはないけど、戦力になれて。

「……二人とも、ありがとな」

 鬼塚に背おられた不恰好なまま、お礼を言う。鬼塚は俺を背負い直した。

「何言ってんだよ。元はと言えば、俺の昔の仲間が招いたことなんだから、俺が謝んなきゃいけねぇ立場だ──早乙女も伊集院も、巻き込んで悪かった」

「違うだろ」

 謝罪する鬼塚の額を、伊集院がこづいた。

「ごめん、じゃなくて、ありがとう、だろ」

 柔らかく微笑む伊集院。

「……あぁ、そうだな。ありがとう、二人とも」

 その笑いにつられるように、鬼塚も微笑んだ。

 ……これは、ミッションクリアなのでは?

 伊集院と鬼塚の仲が良くなった今、原作ではその潤滑油として癒しとして、取り争われていたヒロインの役割がなくなる──二人が俺に恋心を持つ可能性が潰えたのでは!?

「……っしゃ!」

「……?」

 ガッツポーズを決める俺に、訝しげな表情を向けてくる二人。

 それに、このタイミングなら言えるかもしれない。言えるというか、怒られないかもしれない。

 俺は意を決して、背負ってくれている鬼塚に話しかける。

「あ、あのさ、鬼塚。俺、お前に謝らなきゃいけないことがあって……」

「あん? なんだよ」

「俺、ネックレスなくしちゃったんだ……、多分、綾小路のお見合い行ったときに……」

「あぁ……」

 鬼塚はちょっとだけ残念そうに、伏目になった。夕焼けが、彼の長いまつ毛を照らしている。

「まぁ、別に気にすんなよ。もともと古いもんだったしよ」

「ほんとにごめんな……」

「いいって、俺が勝手に押し付けただけだから、お前が悪く思う必要ねぇよ」

 俺と鬼塚にしかわからない会話を、伊集院は内容を問いただすでもなく、ただ静かに聞いていた。

 これで懸念すべき事項はすべて晴れた──後は二人を綾小路に押し付けて、ヒロインを俺から綾小路へとシフトさせていくだけだ。

「な、なぁ、二人って、綾小路のこと、どう思う……? 俺的には、二人にお似合いだな〜って思うんだけど……」

「はぁ? 落とされてぇのか、お前は」

「この期に及んで、何言ってるの?」

 ひっ。

 あくまでさりげなく、綾小路を推してみたつもりだったが、予想以上の反応が返ってきた──悪い意味で。

「な、なんで怒るんだよ!? 綾小路と三人で幼馴染なんだろ!? ほら、そういうのって、三角関係〜とか、よくあるじゃん……?」

「マジで落とすぞ」

「俺も一発引っ叩きたいくらい」

 取り繕ってみても、二人の険悪なオーラは増すばかりだ。鬼塚はわざとらしく勢いよく俺を背負いなおし、伊集院にはデコピンを食らった。

 どうして俺は二人に怒られているんだ?

「それに綾小路はお前が好きなんだろうが。好きなやつから、他の男にお似合いなんて言われる綾小路の気持ちも考えてみろよ」

 あ……。

 確かに、そこまで考えが及ばなかった。綾小路がこの場にいないから、この話を直接聞かれていないからいいって問題じゃない。

 綾小路を裏切りたくない、なんて体の良いことを言いつつ、一番傷つける行為をしてしまっていた。

「……ごめん」

「別に、俺らに謝んなくていいからさ、もうするなよ」

「はい……」

 伊集院に諭され、俺はしょぼくれる──綾小路に二人を押し付ける作戦は、決行不可能となった。

 ……いや待てよ、他の女子と仲良くなって、その子をヒロインに仕立て上げるのはどうだろうか? 例えば、鬼塚のファンクラブの女子とか。うん、少女漫画にありそうだ。ただのファンの一人だったのに、突然推しに見初められて……!? 的なやつ。

 また亜矢瀬と作戦会議しないとな、うん。

 夕日が三人を照らして、少しだけ沈黙が続いた中、

「……それに、俺はもう好きな人、いるから」

 と、伊集院が言った。

「え!? 誰だよ!? 言えよ〜! 協力したのにぃ!」

 途端に俺は笑顔になって、伊集院の背中をバシバシ叩く。前世のときから男友達の恋バナをからかうのは好きだった。それに、俺でもなく綾小路でもない、知らない第三者の女子に預かり知らぬところで恋をしていたのかもしれない。

 その女子をヒロインにすればいいだけじゃないか。

「……わかんないの?」

「……え?」

 伊集院の青い瞳が、真っ直ぐと俺をとらえる。

「……俺も、好きなやついるから、他の女とお似合いとか、そういう話はもう言うなよ」

 鬼塚まで、話に乗っかってきた。

 なんだか嫌な予感がする。

「……二人とも、その好きな人が誰か教えてくれたりは……」

「ねーよ」

「ないね」

「えぇ〜!?」

 揃って拒否されてしまった。俺の困惑のこもった叫びに、伊集院と鬼塚が顔を見合わせて笑う。

 俺がヒロインを卒業できるまでの道のりは、まだまだ遠いようだった。

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