42 共闘

「おい、起きろ」

 頬に軽い刺激を受けて目を開けると──スキンヘッドの不良が、俺の顔を覗き込んでいた。

「……ここは……」

 首を動かして周りを伺う。まだ春の日暮れ前だっていうのに薄暗い空間。積み上げられた鉄骨や無造作に並んだ鉄パイプ、やたら大きいタイヤ。そのすべてが埃まみれだ。ここは──廃工場か? 不良漫画の喧嘩シーンではよく目にしたが、実際に来たのは初めてだな。

 不良、と形容するに相応しい見た目の男子高校生たちが、五人以上──どころか、三十人ほど、たむろしていた。その中心に、暗闇で映える赤髪。

「鬼塚!」

 鬼塚はまだ無傷だ。大勢に囲まれて睨みをきかせている。

 俺はしゃがみ込んだまま、動けなかった──後ろ手に縛られている。ご丁寧に、足もだ。

 気絶していた俺を起こしたスキンヘッドは転がっていた鉄パイプを拾い、その先端を鬼塚の顔面に向けた。

「今から、鬼塚の女の前で、鬼塚をリンチしまぁーす!」

「いえぇぇぇい!!」

 スキンヘッドの高らかな宣言に盛り上がる不良たち──男たちの低音ボイスによる歓声に乗って、鬼塚は三人がかりで羽交い締めにされた。これで、長い手足は自由に動かない。

 動けたとしてもこの人数──多勢に無勢もいいところだ。

「……テメェら、何がしてぇんだ」

 鬼塚は無抵抗で拘束を受け入れ、静かにスキンヘッドに問いかける。スキンヘッドは、下品な笑いを浮かべ、鉄パイプを振りかぶった。

「裏切り者には裁きが下るもんだろうがよぉ!」

 俺は思わず顔を逸らして、ぎゅっと目を瞑る。

 ──ゴッ!!

 硬い金属が、肉にぶつかる鈍い音が、廃倉庫に響き渡った。

「なっ……!?」

「なにぃ!?」

 しかし、クリティカルヒットした音とは裏腹に──鬼塚と不良たちの驚く声が、あちこちから上がっていた。

「…………?」

 何事かと、俺は覚悟を決めて目を開ける。

 唖然とした鬼塚が、ぱくぱくと口を開閉させていた。

「…………なんで、お前がここにいる……」

 スキンヘッドの前に立ち、鉄パイプを腕で受け止めていたのは──


「伊集院!!」


 サラリとしたアクアブルーの髪、シャキッと伸びた背筋、きちんと着こなした制服。

 ──伊集院が、鉄パイプから鬼塚を守っていた。

「野暮なこと聞くなよ──生徒を守るのが、生徒会長の仕事だろ」

 それは、俺がお前らと初めて会ったときに、伊集院が鬼塚に言っていたセリフ──鬼塚が守られる側になる日が来るなんて。

「何なんだ、テメェは!? 邪魔すんじゃねぇぇぇ!!」

 スキンヘッドが再び鉄パイプを振り上げるより早く、伊集院はその長い足で鉄パイプを蹴り上げた──それはスキンヘッドの手を離れ、カランカランと虚しく床を這う。

「なんだと!?」

 スキンヘッドが驚いた隙に、体勢を低くした伊集院が彼の懐に潜り込み、鳩尾に一発決める──スキンヘッドは、胃液を吐いて二、三歩後ろによろけた。

 こいつ、頭が良い上に喧嘩も強いのか!? 神に二物を与えられてんなぁ!?

「ぐあっ!?」

「おぐぅっ!!」

 また別方向から、複数の呻き声が聞こえてきた。

 イレギュラーな事態に不良たちの注意が向いた一瞬──鬼塚も己を拘束する不良たちを殴り飛ばしていたのだ。

「早乙女、大丈夫? 動ける?」

 伊集院が俺の手足のロープを解いてくれる。自由になった手足をぐるぐる回す。縛られていた以外はなんともない。公園で食らった腹パンが、少しだけ鈍痛を残しているくらいだ。

「いい? 俺と鬼塚で時間を稼ぐから、早乙女はできるだけ遠くに逃げて警察を──」

「お前らを放って逃げるわけねぇだろ!」

「はぁ!? 馬鹿なのか、お前は!」

 こうしているうちにも、鬼塚はたった一人で戦っている──多方向から襲いかかってくる集団に、鬼塚は絶えず応戦していたが、そのうち無理が来るだろう。

 などと思案しているうちに、金属バットを持った不良の一人が、鬼塚の背後を取った。

「鬼塚ぁ! 危ねぇ!」

「!?」

 俺はその不良に渾身の体当たりをかます──女子高生の軽い体重でも助走をつけたおかげで、不良もろとも地面に倒れ伏した。

「早乙女!? お前、馬鹿! 早く逃げろ!」

 ピンチを救ったというのに、感謝どころか、鬼塚にも伊集院と同じように罵倒される始末。

「馬鹿はお前らだ! 俺も一緒に戦う!!」

 伊集院と鬼塚に言い放って、体当たりした不良から金属バットを奪い取る──俺はそれを振り回しながら、不良の大群に飛び込んで行った。

「女でも容赦しねぇぞぉ! やっちまえぇぇぇ!!」

「うおおおおおぉぉぉぉ!!!」

 三人対、約三十人──乱闘が始まった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る