35 お見合いをぶっ壊す!

 綾小路と別れてから、俺は裏庭に向かった──鬼塚を探して。

「鬼塚ぁー!」

「ウルセェ!」

 人気のない裏庭で名前を叫ぶと、すぐに返事が返ってきた。しかし、姿は現さない。伝説の生き物か何かかよ。

「鬼塚! どこだ!」

「昼寝してんだ! 邪魔すんな!」

 声は上から聞こえてくる。また木登りして寝てるのだろうか──木の上で寝るのって、危なくないか?

 上を向いてしばらくキョロキョロする──緑の葉っぱに赤髪が映えている木があった。

 俺はその木に指をかけ、足をかけ──登っていく。木登りなんて、小学生以来だから勘を取り戻すのに時間がかかった。

「おい、何してんだ!」

 動揺する鬼塚の声が降ってくるが、こっちは木を登るのに精一杯だ。

 慣れないスカートと久しぶりの木登りで息を切らしながらも、なんとか鬼塚の元へ辿り着く。

「鬼塚!」

「女がスカートで木登りすんな!」

 誰にも見られてないんだから大丈夫だろ。

「細かいこと気にすんなって、禿げるぞ」

「細かくねぇよ……」

 呆れ顔の鬼塚に、俺は本題を切り出した。

「……綾小路の家の事情、お前は知ってたのか? 好きでもないおっさんと結婚させられるってやつ」

「……お前も聞いたのか」

 鬼塚は座っていた太い木の枝から少しだけズレて、俺が座れるスペースを開けた。ありがたくそこに移動させてもらう。

「……知ってる。ガキの頃から、なんとなく聞かされてた。その頃、俺たちにはどういう意味かよくわかっていなかったし、わかった頃には、どうしようもできなかった」

「…………」

 ──そうだ。許嫁だとか、結婚だとか、小学生が聞いても理解できるはずもない。

 年齢を重ね、中学生になって意味が理解できるようになったとき──伊集院のお母さんが亡くなって、三人はバラバラになった。

 すべてにおいて、タイミングが悪すぎる。

 黙っている俺を見て、鬼塚はどう思ったのか、眉をしかめた。

「そんな顔しても、仕方ねぇだろ。……俺たちじゃ──高校生じゃ、何もできねぇ」

 高校生になっても、所詮は子供──俺じゃ何もできない。それはそうだ。きっとそれは鬼塚が正しいことを言っている。

 でも、俺はできるとかできないとかじゃなくて、正しいとか間違ってるとかじゃなくて──綾小路のためにやれることをしたい。

「伊集院にも、聞いてみる!」

「あ、おい、待てって!」

 鬼塚の制止を振り払って、俺は生徒会室を目指した。



「たのもぉー!」

「……毎回、その掛け声で入ってくるの、やめてくれる?」

 生徒会室のドアを勢いよく開ける──相変わらずひとりぼっちで、伊集院が事務作業をこなしていた。

 伊集院の冷たい視線を無視して、ズケズケと彼に近づく。

「伊集院! 綾小路の結婚を止めたい! どうしたらいい!」

 ばん、と彼の机を叩く。伊集院は目をパチクリさせてから、ため息をついた。

「……馬鹿なのか?」

「馬鹿じゃない! 俺は本気だ!」

「俺には無理、お前にもね」

 スパッと。

 切れ味のいい刃物みたいに、一刀両断された。

「……なんでだよ! やってみなきゃ……!」

「やってみなくてもわかる──歴然とした『身分差』があるだろ」

 身分差──それは、鬼塚が伊集院のお母さんの葬式に行けなかった原因の一つ。それを肌で感じている伊集院にとって、俺は何も知らない平和ボケした庶民に見えるんだろう。

 言われてみればそうだ──お金持ちの結婚を阻止する、なんて、ただの一般階級の女子高生にできっこない。

「……わかってる」

「なら……」

「できっこないってわかってるから、お前らに聞いて回ってるんだ!」

 できないと決めつけるのは簡単だ。でも、やれることがあるかもしれない、その方法を探すのはまた別の話だ。

 伊集院も鬼塚も、綾小路の結婚に対して、思うところはあるような素振りだった──どうしようもない、何もできない事実に対して、多少の歯痒さは感じているはずだ。

 脳裏に、冷たい春風に吹かれながらも、楽しそうに弁当を頬張る綾小路の笑顔がよぎる。

 あんなに可愛くて優しい女の子が、幸せになれないなんて、絶対におかしい。

 子供、身分差──綾小路を助けるための壁は、高い。

 でも──

「年齢も身分差も知ったこっちゃない! 俺は今から、綾小路のお見合いをぶっ壊しにいく!」

「おい、早乙女……!」

 伊集院に啖呵を切って、俺は生徒会室を駆け出した。

 目指すは、都内の高級料亭──なんの作戦も考えていないが、とにかく、行ってみなければ始まらない。

 俺に何ができるのか、何をしてあげられるのか──うだうだ頭を悩ませるより、まずは行動あるのみ!

 案ずるより産むが易し、だ!

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