34 このときめきは、いったい……?
綾小路が校門に到着すると、既に迎えの車が待機していた。
「おかえりなさいませ、お嬢様」
そう言って、黒服の運転手が後部座席のドアを開けてくれる。
綾小路は車に乗り込んだ──このまま、お見合いの席に連れられてしまう。車が発進していくのが、死刑台を登っていくようだ、と綾小路は感じていた。
でも、死刑台になるかどうかは、自分次第。
決めたのだ、今日こそは、親の言いなりにはならない、と。
親にも、婚約者にも。自分の気持ちをはっきりと伝えるのだ、と。
流れる風景を見ながら、頭に浮かぶのは自分のために本気で怒ってくれた、早乙女の顔。
「わたくしのために、そんなに怒ってくれたのは、早乙女さんが初めてですわ……」
綾小路はその身分ゆえ、誰も逆らう者はいなかった──特に、綾小路の両親に逆らう者は。
娘である綾小路がその典型とも言えた。親に逆らえない綾小路を、周りはどう思っていたのか知る由もないが、誰も親の意見がおかしいだなんて言わなかった。言いなり状態になっている綾小路に対しても、だ。
だからこそ、自分のために「おかしい」と怒ってくれる早乙女は新鮮だった
「自分の人生を生きていいだなんて……初めて言われましたわ……」
両親に対して、綾小路は諦め癖がついていた──幼少期こそ、泣いたり反抗したりしたが、その何倍にもなって怒鳴り声が返ってきたのだ。親の言うことを聞かない限り、一生怒鳴られ続ける。その結果身につけた処世術が「諦め」だった。
親の言うことを聞くことが、自分を守る術でもあったのだ──自分を守るどころか、人生を諦めることにも繋がるわけだが。
そんな処世術をおかしいと否定してくれた早乙女。綾小路自身も、どこかでおかしいとは感じていたが──もう諦め慣れてしまっていた。
早乙女が何か行動を起こしてくれたわけではないが、自分の感じていた些細な違和感を言葉にして、代わりに怒ってくれた──それだけで、綾小路がもう一度諦めないでみよう、と立ち上がるには十分だった。
早乙女は、綾小路に勇気を与えてくれたのだ。
「…………?」
綾小路は、ふと、自分の左胸を押さえる。
どき、どき、どき、どき。
鼓動が高鳴っている──それも、嫌な高鳴りじゃない。
「このときめきは……いったいなんでしょうか……?」
車は、着々と目的地へと進んでいた。
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