29 生徒会長の誤解


「わたくし、学校の屋上でお友達とランチするの、憧れでしたの。誘っていただいて、嬉しいですわ」

 高級そうな味覚が詰まった弁当を広げて、本当に嬉しそうに笑う綾小路に、俺は申し訳なくなった──天気こそ良いが、正午のくせに、なかなか冷たい春風だったのだ。

 女の子は体を冷やしちゃダメなのに。

 しかしそこは綾小路。なんとブランケットを持ってきていた。用意が良すぎる。しかも、俺と亜矢瀬の分まであった。

 今朝突然誘ったはずなのに、どうしてそんなもの持っているんだ。持っているのは、人数分のブランケットじゃなくて、予知能力なんじゃないか?

「突然呼んじゃってごめんね。実は、綾小路さんに聞きたいことがあって……」

 ありがたく綾小路印のブランケットを肩にかけた亜矢瀬が口を開く。

「聞きたいこと、ですか? わたくしがお話できることでしたら、なんでも聞いてください」

 キョトンと無害な瞳が、亜矢瀬を見つめる。なにも悪行をしていなくても、思わず土下座してしまいそうなほど、純粋無垢な瞳だ。

「うん。そのために、まず、僕の話を聞いて欲しいんだ」

 そして亜矢瀬は語り出す──俺が鬼塚と猫を助けたこと、鬼塚ファンクラブの女子に詰められたこと、それを誤魔化すために彼氏彼女のフリをしていること。

 話の途中、証拠として、セーラー服の下に隠れていた鬼塚からもらったネックレスを見せると、綾小路はかなり驚いた様子だった。

「そう、だったんですか……。すみません、わたくし、てっきり……」

 俺と亜矢瀬の関係を誤解していた、とわざわざ頭を下げる綾小路。俺と亜矢瀬は、謝らなくていい、と慌てて両手を左右に振った。

「それは全然良いんだ。で、ここからが本題なんだけど……乙女ちゃん」

 亜矢瀬に話を振られ、俺は頷く。ここから先の説明は、俺の番だ。

「俺、鬼塚と伊集院をもう一度仲良くさせたいんだ」

「え……?」

 綾小路は目を大きくして、言葉を失った。

「伊集院から聞いた。鬼塚とは、何か事件が会って、こんなに険悪な仲になったって……」

「そうですか……。伊集院くんが、そうおっしゃったんですね……」

「……なぁ、なにがあったんだ?」

「…………」

 綾小路の口は重い。自分の話ではなく、他人の話だ。そうおいそれと、口外していいものか悩んでいるのだろう。俺と亜矢瀬は、ただ彼女が決断するのを待つしかできない。

「……鬼塚くんがそのネックレスをプレゼントし、伊集院くんがそこまで話したのなら──早乙女さんは、きっとお二人から、信頼されているのでしょう。その早乙女さんから信頼されている、亜矢瀬さんも」

 綾小路は覚悟を決めた風に、水筒に口をつけて喉を潤わした。

「伊集院くんがおっしゃっている『あれ』とは──伊集院くんのお母様の、お葬式の件でしょう」

 ……伊集院母のお葬式?

「伊集院のお母さんって、亡くなっているのか!?」

 相槌がわりに、綾小路は頷いた。

 亜矢瀬といい、父子家庭二人目とは──そんな重い家庭環境のやつ、前世の俺の周りには、そうポコポコいなかったぞ。どうなってるんだ、少女漫画。

「伊集院くんと鬼塚くんは、小学生の頃から──いいえ、幼稚園の頃から仲の良い二人組でした。伊集院くんは、お仕事するお父様に連れられて、鬼塚くんのお家にお邪魔しては、一緒に遊んでいたらしいのです」

 わたくしがお二人と遊ぶようになったのは、小学生からです、と綾小路は付け足した。

「お二人は大親友で、わたくしはそんなお二人についていくのが精一杯で、それが楽しかったのですが──中学生のときです。伊集院くんのお母様が、病で亡くなったのは」

 高三の伊集院、高一の亜矢瀬と鬼塚が中学生ってことは──今から三年前か。

「それで、そのお葬式に……」

 綾小路は一拍置いた。


「鬼塚くんが、参列、しなかったんです」


 嘘だ──と、反射的に思ってしまった。

 親友の母親の葬式に欠席?

 鬼塚は、そんな不義理なやつじゃない──でも、綾小路が嘘をついているとも思えない。

 ……本当に鬼塚は、親友だった伊集院を裏切ったのか──?

「……なにか、理由があったんじゃない?」

 黙って聞いていた亜矢瀬が、冷静に問いかけて、俺はハッとする──綾小路は「そうです」と首肯した。

「雇い雇われの関係だった、鬼塚くんのお父様と伊集院くんのお父様は、仲が悪かったんです。伊集院くんのお父様が、お葬式に参列するためにやってきた鬼塚くん本人を、文字通り、門前払いしたそうです」

「それを……伊集院は……」

「知りません」

 綾小路は悲しそうに首を横に振った──まさにそれが、二人の不仲の原因だった。

「……綾小路は、どうして……」

 それを伊集院に教えてやらないんだ、と皆まで言わずとも、綾小路は苦虫を潰した表情になった。

「……とても、言えるような状況じゃなかったんです。想像してみてください、大好きだったお母様を亡くなられた直後ですよ? ……時間が解決してくれると思いました。しかし、時が経てば経つほど、当時のお話を蒸し返せなくなったんです」

 綾小路も鬼塚も優しすぎる、とつくづくわからされた。

 空気が読めないやつだったら、相手の気持ちなんて──伊集院の気持ちなんて考えずに、母親の葬式を蒸し返していただろう。

 鬼塚も、伊集院の父に拒否された、なんて伊集院に伝えたら、母親が亡くなったショックに加えてさらに鬼塚への罪悪感を擦り込む羽目になると、予感していたから言えなかったんだ──そのせいで、自分が恨まれることになっても。

 伊集院の気持ちだって──親友だと思っていたやつが、自分の母親の葬式に来なかったなら、なにも信じられなくなってもおかしくない。

 そして、そんな二人の中に後から入っていた綾小路は──二人の亀裂をどうしようもできなくなって、そのまま疎遠になったのだろう。

 三人の関係を元に戻す、綾小路をメインヒロインに仕立て上げると豪語したはいいが──思ったより、事態は深刻なのかもしれない。

「……生徒会長の、不良少年への誤解を解ける人はいないの?」

 亜矢瀬が、綾小路に相談する。綾小路も思案したが、すぐに諦めた風に目を瞑った。

「……わたくしは、伊集院くんのお父様が鬼塚くんを門前払いしている現場を、偶然目撃してしまっただけなので……。真実を知っているのが、当事者のお二人と、わたくしだけなのです……」

 そのメンツじゃあ、誰も伊集院に言わないな。

 うーん、と亜矢瀬も頭を抱えてしまった。俺も腕を組んで解決策を捻り出そうと、脳をフル回転させる。

「……早乙女さん、なら、もしかしたら」

「え? 俺?」

 綾小路は、真っ直ぐに俺を見据えていた。

「でも、俺、一番の部外者じゃないか? 最近、知り合ったばっかりだし」

「過去を知っている方に、最近も昔もありませんわ。嫌な思い出を正面から受け止めるには、『誰に言われるか』が重要だと、わたくしは思いますの」

『誰に言われるか』、か……。

「……そんな大役、俺でも大丈夫なのか? 綾小路のほうが……」

 伊集院も恋をしていた、という噂があるほどだ。かつての想い人の目撃情報なら、頭に入ってきやすいんじゃないのか?

「いいえ、早乙女さんしかいませんわ」

「うん、僕も、乙女ちゃんが良いと思う」

 亜矢瀬まで、俺を推薦してくる始末。

 どうして、二人ともそんなに俺が適任だと思うんだ……!

「お二人は早乙女さんを信頼しているからです。わたくしは知っています──鬼塚くんがそのネックレスをどれだけ大事にしていたかを。伊集院くんが鬼塚くんと不仲になった過去をどれだけ他人に明かしたくないかを」

「…………!」

 俺は思わず、鎖骨の真ん中あたりにぶら下がっている、鬼塚からもらったネックレスを握りしめた。

「同意見──というか、僕の勘では、二人とも乙女ちゃんのこと、もう好きになってると思うんだよね。好きな人に言われたら、そりゃ受け止めるでしょ」

 亜矢瀬も、綾小路の意見に賛同した──その予想がもし的中しているとしても、二人が仲直りすれば、男二人に迫られるストーリーがねじ曲がるかもしれない。

「お願いします、早乙女さん……! わたくしも、お二人には険悪な関係ではなく、また元通りに仲良くして欲しいんです……!」

「綾小路……」

 美少女が懇願している──そうだ、二人の仲が戻れば、綾小路もまた輪に入って仲良し三人組が再結成されるかもしれない。

 ……俺が、やるしかない。

 自分のためにも、みんなのためにも。

「……わかった、伊集院に話してみるよ!」

「ありがとうございます、早乙女さん!」

「頑張れ、乙女ちゃん!」

 綾小路と亜矢瀬の拍手に包まれながら──決意を固め、俺は拳を青空へと突き上げた。

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