27 ご主人様とペット

 翌朝の学校。教室に入ると、いつもは遅刻ギリギリに登校してくる亜矢瀬が、俺より先に席で寝ていた。珍しいこともあるもんだ。

 昨日、亜矢瀬父の会社に突撃してからどうなったのか──気にならないと言ったら嘘になるが、他人の家庭環境に首を突っ込むのも野暮というものだろう。寝ているところを起こすのも悪いしな。

 亜矢瀬を無視して、スクールバッグを机に置いた。

「……おはよ、乙女ちゃん」

「……おはよう」

 鞄を机に置いた音で起きたのか、机に突っ伏していた亜矢瀬は伸びをした。窓から差し込んでくる日光を、亜矢瀬の色素の薄い猫っ毛がキラキラと反射する。

「乙女ちゃん、今日はお昼、作戦会議しよっか」

「作戦会議?」

「そう」

 亜矢瀬は立ち上がり、俺の背後に回った。俺の左肩に、顎を置いて、

「乙女ちゃんが、恋愛フラグを立てないようにするための、作戦会議」

 ……近いな。いや、猫とご主人様の距離感なんて、もともとこんなもんか。

 正直、この世界でどう振る舞えばいいか、一緒に考えてくれるのは助かる。一人足りないが、文殊の知恵だ。

「わかった、昼休みな」

「うん」

 顔が近過ぎるせいで表情は見えないが、亜矢瀬が微笑んだ気配がした。

「さ、早乙女さん……、ご、ごきげんよう……」

 今、登校してきたらしい綾小路が、頬を桃色に染めて両手で鼻と口を覆っていた。

「あぁ、綾小路、おはよう」

 初対面時に比べて、ようやく綾小路の美貌と金持ちオーラに慣れてきた俺は、至って普通の挨拶を返す。

 そうだ、亜矢瀬にも綾小路と仲良くしよう計画について、意見を聞かないとな。

 俺が昼休みの作戦会議について、議題を考えていると、

「あ、あの……、仲がよろしいのは大変結構なのですが……、あまり人目のあるところでは、そのような行為はお控えになったほうが……」

「え?」

 綾小路がかなり言いにくそうに、言葉を選んでいるのがわかる。しかし、一方の俺は何を注意されているのか、さっぱりだった。

 なんのことだ? そのような行為?

「え〜? 別によくな〜い? 何がいけないのさ〜?」

 察しの悪い俺に代わって、俺の左肩に顎を乗せたままの亜矢瀬が返事をした。

 ──あっ! こいつか!

 男同士だと思ってすっかり油断していたが、側からみれば、クラスでイチャイチャしているバカップルだ。

 俺は亜矢瀬の顎の下を、手のひらで思いっきり押した。

「おい! 離れろ!」

「なんでよ、乙女ちゃん。いいじゃ〜ん」

 なぜか抵抗する亜矢瀬と攻防を繰り広げながら、俺は綾小路に苦笑いで謝罪する。

「ごめんな、綾小路!」

「いえ、お二人がそういう関係なのは、知っていましたし……」

 そういう関係じゃないんだって!

 そういう関係を防ぐための関係なんだって!

「水をさしてしまってすみません……! 失礼します……!」

「あ、綾小路!」

 弁解する暇も与えられず、綾小路は小さくお辞儀をして足早に自分の席へと戻ってしまった。

 俺は亜矢瀬に振り返る。

「亜矢瀬〜! どういうつもりだ!」

「どういうもこういうも、ご主人様とペットのスキンシップじゃん」

 亜矢瀬の言葉に、クラスがざわついた。

「ご主人様とペット……?」

「早乙女さんがご主人様ってこと……?」

「亜矢瀬をペットにするなんて、やるぅ〜」

 ま、待ってくれ……!

 風評被害だ。俺は脅されてこいつのパシリをやっているだけで……!

「違う、違うんだみんな! 俺の話を聞いてくれ!」

 一斉に囁かれる誤解を、一人一人解いていきたいところだったが──どいつもこいつも目を合わせた瞬間に避けられる。

 クラス全員に、ヤバいやつ認定されてしまった。

 クラスメイトの男をペット扱いしている、女王様気取りの、ヤバい女。

「よかったね、乙女ちゃん。これで、クラスメイトとの恋愛フラグは撲滅されたよ」

「そういう問題じゃないだろ!」

 飄々としている亜矢瀬の胸ぐらを掴み上げるが、余計にクラスがざわつくだけだった。

 噂は一気に校内を駆け抜け、俺の名は瞬く間に全校に轟く羽目になった。

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