20 彼氏できたのか?
俺が初めて鬼塚と出会った裏庭は、絶好の昼寝スポットらしい。
放課後、帰宅部の俺は帰るでもなく、裏庭でこれからやるべき方向性を考え、整理することにした。
俺の一番の目的が、どの男とも恋愛フラグを立てないこと──それは恋愛対象が男じゃないからだ。
じゃあ女の子相手なら恋愛フラグが立って良いのか、という問いには正直まだ答えられない。自分の体が女の子である以上、中身が男、体が女の、女同士の恋愛がどういうものなのか想像もつかないのだ。
だから、当面の俺の目標は、誰とも恋愛フラグを立てずに、無事に高校を卒業すること。
恋愛フラグを回避するために、少女漫画の内容を改変させなければならない──目下でわかりやすい改変は、伊集院と鬼塚の仲を取り持つことだ。
さらに怪しいことには、その二人のみならず、綾小路まで加わってきそうな雰囲気なのである。
三人で幼馴染、身分差、何かを知っている綾小路──三人の間に何があったのか、親友だった伊集院と鬼塚はどうして仲違いをしてしまったのか……。
「男二人の問題だけじゃないってことかもな……」
綾小路を含めた三人の仲を取り戻す必要がありそうだ──伊集院と鬼塚から話は聞き出せなかったから、まずは綾小路と仲良くなることから始めてみるか。
女同士、仲を深めて心を許して貰えれば、案外ぽろっと話してくれるかもしれない。
「おい」
今後の方向性がなんとなく決まりかけていたとき、頭上から男の声が降ってきた。
──こんなこと、前にもあったなぁ。
いつだったかのように、木の上から鬼塚が降ってきた。体操選手のような着地を決めて、ズンズンと近寄ってくる──近づいてきているだけなのに、背が高いから威圧感も倍増だ。
ぶっきらぼうに話しかけたかと思えば、眉間にシワを寄せたままにじり寄ってくる鬼塚に、俺はまた何か怒らせたのかと勘繰る。
「なんだよ、今日はうるさくしてないだろ」
「そうは言ってねぇよ」
「じゃあなんだよ」
思わず喧嘩腰になってしまった。鬼塚側は喧嘩するつもりこそないようだが、眉間に寄せたシワが消えない。
なにをそんな不機嫌に、話しかけてくることがある?
俺も負けじと鬼塚を睨み返して、なにを言われることかと待っていたが──鬼塚から放たれたのは、思いもよらぬ台詞だった。
「……お前、彼氏できたのか?」
「は?」
鬼塚からの質問に、俺はかなり間抜けな声をあげてしまった。
俺に彼氏?
それは俺がこの世界でもっとも忌避すべき存在なんだが?
「どこからそんな情報を……」
「亜矢瀬ってやつと、いつも一緒にいるらしいじゃねーか」
「あぁ……」
見かけたのか、噂されていたのか。どちらにせよ、昼休みになるたび、男女が二人きりでこそこそ屋上で昼食をとっていれば、そりゃあカップルに見えるだろう──まさか、ご主人様になっているだなんて、ましてやパシリにされているなんて、恥ずかしくてとても言えないが。
何と言って誤魔化そうか──鬼塚ファンクラブの女子に詰められたときのように、いっそ彼氏ということにして、この場を乗り切ってしまおうか。
「で? どうなんだよ?」
「どうって……」
ぶっちゃけ、お前に関係ないだろ、と言ってしまいたかった。言えなかったのは、それだけは絶対に言うな、と鬼塚の顔に書いてあったからだ。問い詰めてくる鬼塚を、一言で拒絶できるような雰囲気ではない。
高身長イケメンの圧に耐えかねて、俺は後ずさった。一歩後ろに下がれば、鬼塚も一歩前に出る。俺の背中は校舎の壁に当たった。これ以上、下がれない。
「亜矢瀬ってやつは、お前の彼氏なのか?」
「か、彼氏というか、そうでもないというか……」
彼氏のフリをしてもらう条件で、俺はご主人様という名のパシリになっているわけだから、彼氏と呼ばれること自体はあながち間違いではないのが、ややこしいのだ。
そして、彼氏のフリをしている理由を説明するには、鬼塚ファンクラブに絡まれた事件を端折るわけにはいかない──この優しい不良少年は、責任を感じてどんな行動に出るのだろうか。あの女子たちに直接注意しに行くかもしれない。彼女たちは鬼塚のファンであるが故に、あんな行動に出てしまったのだ。それを鬼塚自身から注意されるのは、なかなかショッキングだろう。
……なかなか、面倒臭いな。
ずっと思考回路を活動させ続けていたせいか、俺のテンションはだだ下がりだった──どんなにイケメンでも、男に男関係を責められて、楽しくなる男はそうそういない。
「ま、まぁ、友達以上恋人未満的な? そういう感じだから、じゃあ──」
ドンッ!
笑顔を取り繕って立ち去ろうとした瞬間、鬼塚の右手が勢いよく壁をどつき、行手を阻まれた──左手で肩を掴まれ、鬼塚のほうへ再度向かされる。
……これ、あれだ。
壁ドンだ。
「彼氏なのか?」
イケメンに壁ドンされて、至近距離にその整った顔立ちがある。全国の女子が黄色い悲鳴をあげてもおかしくない状況で、俺は泣きそうだ──ガン飛ばされてるようにしか思えない。こえぇよ。だって、こいつ不良だもん。
「……聞き捨てならない話、してるね」
別方向から、聞き覚えのある声がした──伊集院の登場だ。
人気のない裏庭で、ヒロインこと俺を取り合う二人が出くわしてしまった──初対面のときこそわからなかったが、これは完全に少女漫画のワンシーンだ。
嫌な汗が背中を流れる。
「早乙女、彼氏できたの?」
伊集院が鬼塚の隣に並ぶ。高身長二人が壁のようだ。太陽の光が、その頭によって遮られる──俺がいったいどんな悪行をしたっていうんだ。
鬼塚どころか伊集院にまで説明するなんて、面倒臭さマシマシって感じだ。二人の過去をかぎまわっていることもバレてしまう。
「いや、彼氏というか、なんというか……あはは」
鬼塚の手がない方向から逃げようとしたが──伊集院もまた、左手を壁についた。
だ、ダブル壁ドン!?
校舎の壁とイケメン二人の腕によって、俺は拘束されてしまった。
「付き合ってんのか?」
と、鬼塚。
「付き合ってないのか?」
と、伊集院。
赤と青──少女漫画のメインヒーロー二人に迫られて、俺はやっと気づく。
──気付かないうちに、こいつらとの恋愛フラグを立てちまってたのか!?
「つ……」
「つ?」
「付き合って、ないです……」
弱々しく、蚊の鳴くような声で、事実を告げた──そうする他に、どうしようもなかった。
「ならいい」
俺の回答に満足いったのか、二人はそう声を揃えて、どこかへと去ってしまった。
やっと解放されたことに俺はホッとして、足の力が抜けてしまった。ヘナヘナとその場に座り込む。
自分より物理的に強い男に迫られて、こんな風になってしまう自分が情けない。どう足掻いたとて、今の自分の体は女なんだと、わからされた気分だ。
しかし、体は女だとしても、俺は男だ。恋愛対象も女。前世の記憶があるだけの、れっきとした、男なのだ。
二人とも悪いやつではないのを知っているからか、嫌悪感がないのがせめてもの救いである──だからと言って付き合える理由になるはずもないけれど。
立ち上がって、スカートについた汚れを払う──そして、決意を新たにした。
──絶対に誰とも付き合わず、無事に卒業してやる!
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