19 彼らの家庭事情
初対面の印象は、子犬っぽくもあり、子猫っぽくもある──そんな亜矢瀬だったが、今では完全にお猫様と成り果てていた。
亜矢瀬のご主人様になって一週間。
俺は昼休みになると必ず飲み物を買ってきて、屋上で亜矢瀬と弁当を共にしている。毎回昼食に誘ってくれていた綾小路は、遂に誘ってこなくなった──本気で亜矢瀬と付き合っていると思って、気を遣ったらしい。
「おそーい」
「いつもと同じ時間だろ」
昼休み。弁当と二人分のお茶を持って屋上に向かい、給水塔の裏に回る──亜矢瀬がつまんなそうに俺を見て言った。ついでとばかりに、お茶代を渡してくる。
パシリではあるものの、自腹を切る必要はなくて、亜矢瀬は毎回代金を支払ってくれている。いじめではないのが、また憎めないところだ。実質、自分の飲み物を買うついでに、亜矢瀬の分も買うだけだから、そんなに手間ではない。
料金と交換でお茶を手渡して、隣に座る。以前、あぐらをかいて座ったら、スカートでそんな座り方するな、と亜矢瀬に注意されたのを思い出した。
「生徒会長と、不良少年と──あと、綾小路さんのことだけどね」
お茶から口を離した亜矢瀬が唐突に喋り始めた。
「綾小路さんと鬼塚くんは、二人とも結構なお金持ちのお家なんだって」
二人の両親が稼いでいるであろうことは、知っていた。綾小路は学校まで車での送迎だったし、鬼塚は──家がデカかった。この家に生まれてきて、どうして不良やってんだって聞いてしまいそうになった。どうせ答えてはくれないだろうから、必死で飲み込んだけど。
「あれ? 伊集院は?」
幼馴染で、三人でよく遊んでいたと言っていたなら、伊集院家も同じくらいの金持ちでありそうなものだけど。
「生徒会長は別に、お金持ちでもなんでもないよ。むしろ──鬼塚くん家のお手伝いさんだったみたい」
伊集院が、鬼塚家のお手伝い?
三年生で生徒会長で、鬼塚に対しても偉そうな伊集院よりも、鬼塚のほうが金を持っていて、身分も上だったってことか……?
身分差のある三人が幼馴染だった疑問は解決された──伊集院一家が鬼塚家と親しくしていたなら、そこから子どもたちが仲良くなってもおかしくはない。
「正確には、生徒会長のお父さんが、鬼塚くんのお父さんに雇われていたらしいよ」
「父親同士、か……」
亜矢瀬は俺にそう伝え切って、弁当に向き直った。
鬼塚と伊集院の仲が悪くなった原因に、家庭環境が関係するのだろうか?
どうして綾小路まで気まずくなってしまったんだ?
鬼塚と綾小路の、金持ち同士の間でも、何かあるのか?
知れば知るほど、クエスチョンマークばかりが浮かび上がってくる。
「乙女ちゃん」
「なに……んむっ」
亜矢瀬に名前を呼ばれて振り向くと、口に卵焼きを押し込まれた。ふわふわの甘い卵焼きだった。
「糖分ないと、考えられるものも考えられないでしょ?」
「…………」
モグモグと卵焼きを咀嚼する。美味しい。
「僕の知ってることは全部教えてあげるから、今はお弁当食べなよ」
「……サンキュー」
初対面ではあまり良い印象ではなかった亜矢瀬が、いつの間にか優しくなっている──どういう心変わりかは知らないが、俺は素直にお礼を言って、弁当にありついた。
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