14 イケメンを背負う美少女
一階に位置する保健室へ、屋上より徒歩で向かうのはなかなかハードだった。普段の体調ならなんてことないんだろうが。階段を降りただけで息切れしている自分が情けない。
ようやく一階に辿り着き、あとは保健室を目指すだけ──
「あれ、伊集院?」
見覚えのある水色のサラサラ髪、そこそこの高身長──伊集院の後ろ姿が目に入って、思わず話しかける。知り合いに挨拶くらいしろ、と鬼塚に言われたのが響いているのだろうか。
名前に反応して、伊集院が振り向く──シャンプーのCMがごとく、サラリと細くて柔らかそうな髪が流れた。
しかし、整った顔立ちときめ細やかな肌とは反対に、口から出てくる言葉はぶっきらぼうで、
「……お前か」
と、伊集院はがっかりした風に言った。
第一声が「お前」とはなんだ。
「お前じゃなくて、俺は早乙女──って、なんか顔赤くね?」
「え……? あぁ……」
熱っぽい俺が言えたことではないが、伊集院の頬がやけに赤くなっていた。照れとか、そういうのじゃなくて、病的なやつだ──髪色が青みがかっている分、コントラストになって余計に目立っている。
「……なにも。保健室に行くだけ」
そう言って、伊集院は俺に背を向けた。まさか目的地が一緒だとは──って、やっぱり具合悪いんじゃん。
足取りもどこかおぼつかない。危なっかしいふらつき方をしながらも、伊集院は保健室を目指す。
「待てって。俺も保健室行くから一緒に行こうぜ」
さすがに放っておけなくて、俺は伊集院の前に回り込んで通せんぼをするが──伊集院は首を振って俺の誘いを拒絶した。
「……別に、一人で行けるから」
か細い声。目線も合わせない。裏庭での初対面を思い出せば、明らかに元気がない。
「そうじゃねぇよ。だから、俺も保健室行くんだって」
自分を介抱するために同行すると言い出した、と思ったようである伊集院の誤解を解く。拒否られたところで、俺が立ち去るわけではないのだ。伊集院と遭遇する前から、俺だって保健室を目指していたんだから。
「……保健室? ……お前も具合悪いのか?」
「お前『も』って、伊集院、具合悪いんじゃん」
「あ……」
図星をつかれた伊集院は、右手で口を覆う。もう遅い。瀕死状態のやつを放置するほど、俺の人間性は終わっていないのだ。
「ほら、一緒に行こうぜ。俺もちょっと熱っぽいんだよ」
「仕方ないな……うっ」
ようやく受け入れてくれたかと思った矢先──伊集院が俺の肩口に倒れ込んできた。
「伊集院!?」
力が抜けた男子高校生は重かった──俺の肩で、伊集院はゼェゼェと辛そうな呼吸を繰り返している。
俺は伊集院の前髪をめくって、おでこに手を当てた。
「あつっ!」
不調なのはわかっていたが、予想以上だ。とても一人で歩けるような状態じゃない。こんな体調で、誰にも付き添いを頼まずにここまで歩いてきたのか。
己の背中を伊集院の胸に密着させて、しゃがみこむ。おんぶする形になると、伊集院の全体重がのしかかってきた。
伊集院の長い足を、俺の両脇にそれぞれ挟んで、
「……んー、しょおっ!」
根性で立ち上がった。
──重ぇっ!
小柄でもない、むしろ高身長の部類に入る高校三年生の男子をおんぶするのは、なかなかの重労働だった。加えて、俺自身のコンディションも悪いときている。
「……ごめん」
自重をもっともわかっているのは伊集院だろう──俺が持ち上げるのは、相当無茶であることも。
俺だって、男子高校生の自分を高一の女子がおぶろうとしたら、全力でやめさせるが、それは相手が普通の女子である場合に限る。
今回に限っては、俺は普通の女子ではない──体こそ女子高生だが、中身は運動部出身の男子高校生だ。舐められちゃ困る。
不調になりつつも、心底申し訳なさそうに謝る伊集院を安心させるため、俺は歯を見せて笑った。
「病人は黙って、運ばれてな」
俯いているせいで、俺の表情は見えていないはずの伊集院は、
「…………お前、馬鹿じゃないのか」
と、喧嘩を売ってきた。
「落とすぞ」
減らず口を叩けるようなら、大丈夫だろう──俺たちは物理的に重い足取りで、保健室を目指した。
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