11 本当の男らしさ
雨はすっかり止んだ。
夜空には星が煌めき、三日月が顔を出している。
昼間は子どもたちの笑い声で満ち溢れていた公園は、夜になると、また違った子どもたちの集いの場となっていた──年齢一桁の子どもたちから、高校生の子どもたちへ。
鬼塚は、公園の遊具に腰を下ろして煙草を吸っている五人の男子高校生たちのもとへ、静かに歩み寄った。彼らは鬼塚の姿を見て、親しげに手を振った。
「よう、鬼塚」
手を振った一人が、中身の詰まった煙草のパッケージを差し出す。鬼塚はそれを無視した。
「…………」
「どうしたんだよ、鬼塚。ヘンな顔してんぞ」
鬼塚はじっと彼ら全員をゆっくり見回した──そして、自分に問いかける。
本当の男らしさとは、なんなのだろう。
人目も憚らずに服を脱ぎ捨て、濁った川に飛び込んで溺れかけていた猫を助けた勇敢な早乙女の姿が、鬼塚の脳裏に焼き付いて離れなくなっていた。
あれほど男らしい同年代の女子を、彼は目にしたことがなかったのだ。
いつも彼に近寄ってくる女子は、守ってあげたくなるようなオーラを全身に纏っていて──それを彼女たち自身も自覚してアピールしている。
そんな、か弱くて可愛らしい生き物が女子だと思っていたし、それが女子のあるべき形で、女子を守るのが男の在りかただとも思っていた。
しかし、早乙女は違った。
男らしい、という形容詞があれほど似合う行動をなんの躊躇いもなくしてみせ、やってのけ──なんてことはないという風に笑うのだ。
鬼塚は己の中からふつふつと疑問が湧き上がってくるのを感じた。
俺が今までやってきたこととは、いったいなんだったんだろう。
離婚寸前の親にグレて、深夜に仲間で集まって、煙草を吸って、喧嘩して。
それが何になるというのだ。
俺がやってきたことは、ちっとも男らしくなんかない──ただの拗ねたガキだ。
「……俺、お前らとつるむのやめるわ」
「……は?」
煙草を吸っていた全員が、目を丸くした。煙草を落とした者もいる。
「もうここには来ねぇ。……今まで、世話になったな」
それだけ言い残して、鬼塚は仲間たちに──かつての仲間たちに背を向けた。
「待てよ」
簡単に立ち去れるわけもなかった。鬼塚の肩を、一人が掴んだ。痛いほどの力で。
「いきなりふざけたこと抜かして、はいそうですかってなるわけねーだろ」
「……俺はもう、お前らとはつるむのはやめる」
再びそう繰り返した瞬間──
「ッ!」
拳が、鬼塚の頬にめり込んだ。百八十を超えた巨体が、よろめく。数歩後ずさって、鬼塚は倒れるのを堪えた。
「抜けるなら、禊が必要だろうが!?」
「そんなルール、聞いたことねぇ……」
殴られた頬を乱暴に拭う。口の中に血の味が広がった。
「抜けるなんて認めねぇからな!!」
「……俺は、お前らと争う気はない」
殴り返そうとしない鬼塚に、男たちは苛立った。このグループの中で一番喧嘩に強いのが鬼塚だった。鬼塚がその気になれば、五人がかりでも歯が立たない──それほどまでに強い鬼塚が、自分の意志を貫くためなのか、喧嘩はしないというのだ。
「おい、押さえてろ!」
その指示に従い、二人が鬼塚の上半身と足を動けないように押さえつける。鬼塚は抵抗しなかった。されるがままに、身動きが取れなくなる。
「オラァ!!」
「がはっ!」
勢いよく突き出された拳は、鬼塚の鳩尾に入った。唾液が鬼塚の口から吐き出される。休憩の隙も与えられず、次のパンチが顎下に繰り出される。
鬼塚を押さえつける人間が二人、鬼塚にダメージを与える人間が三人。
無抵抗のまま、鬼塚は殴られ続けた。
気を失っていた。
目を覚まして、真っ先に飛び込んだのは澄んだ三日月だった。
俺……、生きてんのか……。
そこかしこが痛む体に鞭を打って、なんとか起き上がる。辺りを見渡したが、鬼塚をリンチにした不良たちはもういなかった。
どうやってあの禊が終わったのかは、覚えていない。
「いてて……」
身体中についた砂を払いながら、鬼塚は立ち上がった。
これで、完全に彼らとの縁は切れた。寂しい気持ちがないわけではない。彼らと馬鹿をやっていた頃の笑顔だって、決して嘘ではなかったのだから。
それでも──
「これで……お前と同じところに立てたかな」
鬼塚は晴れやかな笑みを浮かべていた。
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