8 不良が雨の中で猫を拾うな!
どっちも見つからなかった。
伊集院は三年生だったし、鬼塚は同じ一年だったけど、違うクラスだった。二人の所在を割り出すためには、聞き込みをしないといけない──道を尋ねるのも苦手な俺が、知らない人に片っ端から話しかけるような度胸があるはずもなく……。
綾小路には真っ先に尋ねたが、「わたくしも存じ上げないのです」と、申し訳なさそうに頭を下げられてしまった──昔の二人を知っていたから、てっきり三人で仲が良いのかと思ったが、そういうわけでもないらしい。
昼休みに三年生のフロアをうろついたり、一年生の他クラスを覗いてみたりもしてみたが、そう都合よくエンカウントすることもなかった。
闇雲に探し回っているうちに、時間は過ぎていき、放課後になってしまった。
「うわ、雨だ」
「え、傘持ってないんだけど」
そんな会話が聞こえてきたのは、二人と会うのを諦めて、昇降口でちょうど上履きから焦茶色のローファーに履き替えた瞬間だった──昼間は太陽が見え隠れしていた青空は一転、すっかり灰色に染まり、ぽつぽつと雫を吐き出している。
俺も傘持ってないな……。
もう通学路もばっちり覚えたことだし、走って帰るか──そう腹を決めてから、ふと思い出す。
裏庭にいた猫は、大丈夫だろうか?
たぶん、学校に住み着いている猫だろう。校舎の端っこで、雨宿りくらいはできているかな──でも、春の雨は、きっと寒いよな。
気づいたら、ローファーを脱いで、裏庭の方向へ歩いていた。
校舎の中を通って裏庭へ──確か、猫がいたのは、あの辺だったような……。
猫を見つけた辺りを探しに行く。校舎の角を曲がると、先客がいた──しゃがみ込んだ鬼塚が、茂みに向かって手を伸ばしている。やつも傘を持っていないのか、雨に濡れながら。
見てはいけないものを見てしまった気がして、思わず校舎の影に身を隠した。
「そんなところじゃ、風邪ひくだろ。……いてっ」
鬼塚は一瞬だけ、顔をしかめた。茂みに隠れている猫に手を伸ばして、まんまと噛まれたようだ。しかし、その手を引っ込めはしなかった。
「大丈夫、怖くないから……、そう、いい子だ」
優しく微笑んだかと思うと、すでに猫は鬼塚の腕の中にいた。
不良が雨に打たれて猫拾うって……
「ベタすぎんだろ!」
「うわ、なんだよ、いたのかよ」
急に目の前に飛び出てきた俺に、百八十センチを超える男がビクッと肩を跳ねさせた。ちょっとおもろい。
「……お前も、こいつが気になってきたのか?」
鬼塚は腕の中にいる猫と俺を交互に見比べた──不良という生き物は、自分勝手でガサツで頭が悪いもんだと思い込んでいたが、こいつはなかなか察しがいい。その上、猫を保護する慈愛まで持ち合わせている。
鬼塚への評価を、ほんのちょぴっとだけなら、上げてやらんこともない、と猫を大切そうに抱く赤髪に俺は感心した。
「傘は?」
鬼塚が再び俺に尋ねる。俺は首を横に振った。
「ない」
「……役に立たねぇな」
舌打ち混じりに、吐き捨てられる。
鬼塚への評価は、一気にマイナス回廊を駆け下りた。
とはいえ、心配の種だった猫は鬼塚がなんとかしてくれるようだし、俺がここにいる意味はもうない──走って帰ろうなんて決心は、髪の先から足の爪先までずぶ濡れになった今、気泡になって消えた。
「おわっ?」
バサッと乱暴に、布が俺の頭を覆った──何事かと手に取ってみれば、鬼塚のブレザーだった。猫を抱きながら、器用に脱いだらしい。
鬼塚のほうに顔を上げると、彼はふいと目線を逸らした。首元のネックレスが揺れる。この前の喧嘩で切られていたものを修理したようだった。
「今更だろうが、かぶっとけ。女が体冷やしてんじゃねーよ」
「……ありがとう」
確かに、女の子は体を冷やしちゃいけない、というのは、前世で女子との恋愛的な関わりがあまりなかった俺でさえ聞いたことがある。今の俺は女の子なんだった。
鬼塚は俺に見向きもせず、そのまま裏庭から道路に繋がる小さな校門へと歩き出した。
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