6 俺、実は男なんだ……
午後の授業も無事に終了し、俺は教室から昇降口へ向かっていた。
昼休みは酷い目に遭ったが、おかげで、ここがどういう世界で、俺が何者なのかを知ることができた。
俺はこの世界でのうのうと過ごすわけにはいかない──平和ボケしたまま生きていれば、イケメン達に迫られ、どちらかのイケメンと付き合うことに……。
それだけは絶対に避けねばならない!
そう、俺の当面の目標は──恋愛フラグをへし折ること!
拳をぎゅっと握りしめて、ガッツポーズをする。気合入れだ。
女子がときめく、または、あいつら男どもがときめくようなシーンを、一瞬だって作ってやるものか!!
「きゃー! 鬼塚くーん! こっち向いてー!」
「鬼塚くんー! かっこいい〜!」
俺の決意に横槍が入ってきた──黄色い歓声は、廊下の先にいる数人の女子が、窓の外に向けて発しているものだった。
彼女たちの視線を追う──校舎の下を歩いている鬼塚の姿。鬼塚は彼女たちを一瞥して、校門へと去ってしまった。それにまた歓声が上がる。
な、何がいいんだ、あの男の……!?
彼女いない歴=年齢の俺には、女子という生き物と彼女たちが好む男の良さが、まったくと言っていいほど理解できないのであった。
校門を出たはいいが、秒で道に迷った。なんせ来た道と帰る道は景色が違うんだから、方向音痴には辛いものがある。
家のそばに、派手な緑色のドラッグストアがあったことだけは、記憶に残っている。
そのドラッグストアにさえ、たどり着けば、道がわかるんだけどな……。
俺は行ったり来たりを繰り返して、朝、通ったであろう見覚えのある景色を探していた。
「あ」
「お」
ばったり。
鬼塚がコンビニから出てきた。
俺は知らない人のふりをして、回れ右をする──鬼塚はそれを許してはくれなかった。
「知り合いに挨拶くらいしねぇのか」
知り合いになった覚えはない。
「コンニチハ。ソレデハ、サヨウナラ」
「ロボットか、てめーは」
後ろ襟をつかまれて、俺は為すすべもなくその場にとどまった。観念して振り返り、鬼塚と向かい合う。
「……何か、御用でしょうか……?」
「なんでお前ここにいんの? 家こっち?」
「緑色の看板の、大きなドラッグストアがあるほうです……」
「じゃあ、学校挟んで、反対側だけど?」
「…………」
「…………」
沈黙が流れる。
「……お前、まさか、学校からの帰り道で迷子になったのか?」
踵を返して、今来た道を戻る。そうすれば、もう一度学校に戻れるはずだ。
「そっちは学校じゃねぇぞ」
「…………」
もう一度、踵を返す。鬼塚の横を通り過ぎようとすると、再び後ろ襟をつかまれた。
「待てって。お前、すげぇな、マジで」
鬼塚は完全にバカにしきった、可哀想なものを見る目で、俺を見ていた。何も言い返せない自分が悔しい。
「そのドラッグストアまで案内してやるから、ついてこいよ」
「…………」
従うしかない。帰りが遅くなれば、きっとあのお母さんに怒られる未来が待ち受けているのだから。
鬼塚の広い背中を急ぎ足で追う──身長差から発生する歩幅の違い。鬼塚の一歩は俺の二倍近かった。足の回転数を上げることで、引き離されないよう、なんとか食らいつく。
「……お前は、他の女子みてぇに、俺に媚びねぇんだな……」
唐突に、鬼塚が失礼なことを言い出した。
「は? 自惚れんな」
おっと、本音が。
「急に強気じゃねぇか、おい」
「オニヅカクン、カッコイー」
「都合悪くなると、ロボットになんのやめろ」
見え透いたおべっかは通用しないようだった。
五分ほど歩いて、早歩きゆえに多少息が上がってきた頃──
「おいおい、鬼塚ぁ! なにお前女連れてんだよぉ!」
スキンヘッドの他校の男子生徒が、鬼塚に絡んできた──不良が五人。鬼塚は小さく舌打ちした。不良同士だ、きっとくだらない因縁があるのだろう。
「あ、じゃあ、お友達が来たみたいだから、俺はこれで……」
美少女スマイルで取り繕って、退散しようとしたが、やはりというか、そう上手くいくものではなかった──なんせ、ここは少女漫画の世界なのだから。
俺はその他校の不良のひとりによって、あっさり人質に取られてしまったのだ。
「鬼塚! この女に痛い目みせたくなかったら、大人しく俺らのサンドバッグになりなぁ!」
「ちっ……!」
いや、悩むな悩むな。俺とお前の関係なんて、悩むほど深くもないだろう。
しかし、どこにそんな男気があるのか、鬼塚は呆気なく不良のひとりに、後ろから羽交い締めにされてしまった──そんな鬼塚に、別の不良が腹パンをお見舞いする!
「うぐぅっ!」
鈍い音と呻き声をあげて、鬼塚がパンチに耐える。二発、三発と、鬼塚を痛めつける手は止まりそうもない。
「なんだよ、このネックレスは!? ダッセェな!」
「触んな!!」
首から下げる鬼塚のネックレスに不良が触れた瞬間、今まで大人しく殴られていた鬼塚が激昂した。どうやら、大事なものらしい──その様子を見た不良は、ニタリと笑みを浮かべてそのネックレスを引きちぎった。
「テメェ!!」
暴れ出そうとする鬼塚。しかし、俺と目が合った途端に大人しくなる。
さすがの俺もバツが悪くなってきた──俺の両手を後ろ手にまとめて押さえつける不良の位置を確認して、
「ふんっ!」
「うがっ!?」
そいつの下アゴ目掛けて、頭突きを食らわせた。いてぇ。ちょうどいいところに入ったのか、不良はそのまま目を回して地面に倒れ込む。
俺の行動に鬼塚含め、男たちが全員、目を丸くしていた。
「女、テメェ! なにしやがる!!」
なにしやがるは、まったくもってこちらのセリフなんだ。俺はただ、帰り道に迷っていただけなのに。
不良のひとりが俺に襲い掛かろうとしたとき──そいつの右頬に鋭い拳が突き刺さった。鬼塚だ。みんなが俺に注目した一瞬の隙を突いて拘束をほどき、取り囲む二人を一発でKOさせたらしい。
五人中四人が意識を失い、残ったひとりに鬼塚が視線を向けると、
「ひ、ひいぃぃぃぃ!」
情けない声をあげて、逃げて行ってしまった。仲間を全員見捨てるとは、逆にいい度胸じゃないか。
俺は地面に落ちていたネックレスを拾い上げて、鬼塚に渡す。シンプルなシルバーの十字架があしらわれていた。
「お前、喧嘩めっちゃ強いんだな」
「いや、強いんだな、じゃねーよ。なに男の喧嘩に混ざってんだ、あぶねーだろ」
鬼塚はネックレスを受け取りながら、俺に説教した──嘘だろ、ピンチを救ったんだから、お礼を言われるもんだとばかり思ってたのに。
「オレ、ジツハ、オトコナンダ」
「ロボットじゃねーか」
真実を言ったところで、信じてはもらえなかったが──
「やっぱお前、変な女だな」
出会ってからずっと仏頂面だった鬼塚の笑顔を、俺は初めて見たのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます