4 俺はお前らを好きにならない!

 幸い、午前授業は座学だけだった──周りの様子を伺うことで、どうにか無難に授業を受け切ることができた。

 昼休みになり、お母さんに持たされたお弁当をスクールバッグから取り出す。これまた可愛らしいピンク色のお弁当入れだ。

「あの……早乙女さん?」

「はい?」

 鈴が鳴るような声が、俺の名前を呼んだ──綾小路が、お弁当を両手で持ったまま、にこやかに俺を見つめていた。

「よかったら、わたくしたちと一緒に食べませんか?」

「えっ」

 綾小路の言う『わたくしたち』というのは──女子グループのことだった。彼女の後ろで机を四つ集めてグループ化している女子たちが、お喋りしながらチラチラと俺と綾小路の会話を見守っている。

 十八年間彼女ができたことのない──デートもしたことのない非モテの俺が、女子グループにひとりで入るだと?

 気の利いた話題を振り、面白い話を展開し、みんなと穏やかに談笑する未来が微塵もイメージできない。女子に囲まれた緊張でカチコチになって、場を冷ます予感しかしない。

 しかも、グループの女子全員が美少女だ。綾小路はその中でも群を抜いていたが。

「お、俺には、まだ早いよ!」

「えっ? 早乙女さん?」

 気づけば弁当を引っつかんで、俺は教室を飛び出していた。



 校舎中をうろついてようやく発見したのは、人気のない裏庭。

「はぁ……。ぼっち飯か……」

 木々の間から差し込む太陽光が眩しい。風は少し冷たくて、春の陽気を感じさせられた。

 俺は比較的綺麗な木の根元に腰を下ろし、弁当を広げる。

「にゃあ」

 学校にそぐわない鳴き声が、校舎のほうから聞こえてきた──子猫が、木陰からのそのそ、こちらに向かってくる。人を恐れていない。俺のすぐそばまでやってくると、ころんとお腹を空に向けて寝転んだ。三毛猫のメスだった。

 か、可愛い……!

 餌が欲しいのだろうか。こんな風に愛想を振りまけば人間から餌をもらえるなんて、誰から教わったんだ──まったく、その通りである。

 猫が食べても害のなさそうな食べ物が入ってないか、弁当の中身を物色するが──冷凍食品のオンパレードで、いかにも猫が腹を壊しそうなラインナップだった。冷凍食品が悪いわけではないが、動物に与えるとなると話は別である。

「ごめんな、お前が食えそうなもん、持ってないや……」

「にゃあ〜!」

 俺の言葉がわかるかのように、猫は不服そうに鳴いた。

「そんなこと言われても、お前も腹壊したくはないだろ……?」

「にゃお〜ん!」

「えぇ……」

 猫相手に一生懸命説明するが、鳴き声はさらに強くなるばかりだ──どうしたもんか、今からコンビニにダッシュして、猫用のミルクでも買ってこようか。そう思わせるほどに、この猫は愛らしく、威圧感があった。

「にゃにゃぁ〜ん!」

「わ、わかった! ちょっと待ってろ……」

 俺が猫の圧に負けて、通学路で見かけたコンビニまでダッシュしようとした、そのときだった。

「どけ!!」



 ──そうして、鬼塚が空から降ってきて、冒頭に戻るわけだ。

 ……ん?

 と、ここで俺は一つの違和感を覚える。

 生徒会長と……仲が悪い不良……?

 伊集院と……鬼塚……、クラスメイトの亜矢瀬……、美少女の綾小路……。

 少女漫画……、木の上で昼寝……。

 ──あっ。

 点と点が線になった感覚が、俺の脳天をぶち抜いた。

「ああああああああああっ!!」

 ……思い出した!

 こいつら、昔、姉ちゃんから借りて読んだ少女漫画に登場するキャラだ!

 不良の鬼塚と、生徒会長の伊集院、それからクラスメイトの亜矢瀬!

 そんで、俺は、その少女漫画の主人公でありヒロイン、早乙女乙女!

 つまり、俺は──!


 少女漫画のヒロインに転生しちまったってことか!!


 急に大声を出した俺に、高身長の二人組がびっくりした表情で俺を見つめていた。

「な、なんだよ急に……」

「驚かせないでよ……」

 とち狂ったのか、とでも言いたげな二人の視線を浴びせられる。

 しかし、こっちはそれどころではなかった──思い出せ、はるか昔、小学生の頃に途中まで読んだ少女漫画のストーリーを!

 確か……確か……、寡黙でクールな生徒会長と熱い不良。犬猿の仲の二人が、俺を取り合う話だったはずだ──最終的にどっちとくっついたかは、最後まで読んでないから、わからないが。

 すなわち、このまま流れに身を任せていたら、こいつらに迫られちまうってことか……!?

 男に迫られるなんて、俺は絶対に嫌だ!!

 まだ彼女ができたことも、告白したことも、されたことも──女の子と手を繋いだこともない!

 それが──それが、こんなところで、イケメンORイケメンの選択を求められるなんて……!

 俺が体験したかった非日常は、こういうことじゃないんだ!

「お、おい……」

「大丈夫……?」

 突如として叫んだかと思えば、頭を抱え始めた俺を本気で心配し始めた男二人が、そろそろとおっかなびっくり俺に手を伸ばした──俺はその手を払いのける!

 そして、二人に人差し指を突きつけた。

「いいか! よく聞け!」

 伊集院と鬼塚は俺に圧されるがまま、素直に黙った。


「俺は! 絶対に! お前らのことを好きにならない!!」


 はぁはぁ、と息切れしてから、とんでもないことを言ってしまったことに気づく──こいつらを本気で怒らせたら、俺なんて少女はひとたまりもない。

「じゃ、じゃあ、そういうことだから!」

 突然のこと続きで二人がまだ呆然としているのをいいことに、俺は食べかけの弁当を拾って、さっさとその場から退散した。

 好きにならないって宣言する少女漫画のヒロインなんていないだろ……!

 まぁ、知らんけど!

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