2 どうして俺が美少女に!?
遡ること、前世。
俺の高校生活と俺自身を表す四字熟語を問われたら、『平々凡々』と答えるだろう──名乗るほどの陰キャでも陽キャでもなく、恋愛経験がないからと言って女友達がいないわけではない。どっちつかずの中途半端。
この三年間、大した恋愛イベントもなく、地区予選初戦敗退のバレー部に青春を捧げ、つつがなく俺の高校生活が終わりを迎えようとしていた。
そんな卒業式の日。俺だけ、俺だけが──
信号無視をして、横断歩道に突っ込んできたトラックに、撥ねられてしまったのだった。
突然、何の前触れもなく、割と勢いよく目を覚ました。
漫画だったら『ガバッ』という効果音と共に、集中線が描かれそうなくらいのスピードで上体を起こす。
「い、生きてる……」
両手を見つめて、グッパグッパと動かしてみる。自分の意思通りに動く。五体満足。どこも痛くない。
確かに俺はトラックに轢かれたはずなのに……。
──誰かが助けてくれた?
仮に、スーパーヒーローたる人物が、都合よく、運よく、俺を助けてくれたとして。
──ここはどこだ?
俺は改めて、部屋をぐるっと見渡した。
なんというか、一言で表現するなら、『女の子の部屋』である。
家具は余すことなくピンクと白で統一されており、ところどころにぬいぐるみが置いてある──女子という生き物は、なぜぬいぐるみを飾りたがるんだろう。ホコリが溜まったりしないのだろうか?
そのピンク色の家具たちの中で、幅三十センチほどの全身鏡が静かに佇んでいる。
ベッドから腰を上げ、窓の横に置かれているそれの前に立つ。自身の姿を目の当たりにして──俺は大声をあげた。
「うわあああああああ!!」
鏡の中にいたのは、どこにでもいそうな男子高校生の俺ではなかった──つむじから綺麗に染まったピンク色のロングヘア、細い体躯、白のフリル付きワンピースを身に纏った、小柄な美少女が立っていたのだ。
これが……俺、なのか……?
俺が右手を動かせば、鏡の中の少女も同じように手を動かす。彼女より早く動こうと試みたが、一瞬の遅れもなくついてくる──どうやら、鏡に写っているのは俺で間違いないようだ。
……どうして、俺が美少女に!?
というか、この美少女は、誰だ!?
混乱する脳内を整理する間もなく、部屋の扉がバンッと開いた。
「うるさい! 何時だと思ってんの! 早く着替えて学校に行きなさい!」
ドアを開けてきたのは、調理器具のおたまを持った、お母さんらしき人物だった──ピンク色のショートヘアで、年齢は三十半ばくらいだろうか。大きな瞳が、鏡の中の俺とそっくりだった。
「が、学校……?」
「まだ寝ぼけてんの!?」
名前を聞ける雰囲気ではなかったので、仮に『お母さん』と呼ばせてもらうが──お母さんはおたま片手のまま、器用にクローゼットを開けた。
彼女によって取り出されたのは、セーラー服──ただのセーラー服ではない。とんでもなくカラフルな、セーラー服だった。
襟とスカートは薄緑色で統一され、白のラインが二本通っている。胸元を飾る大きなリボンは薄桃色。誰が似合うんだ、こんな制服。
しかし、奇抜な洋服に驚いている時間も、女装に躊躇する時間も、お母さんは与えてはくれなかった。彼女の手によって、あれよあれよと言う間にセーラー服に着替えさせられ、スクールバッグを持たされ──俺は家から追い出されてしまったのだった。
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