第42話・フライ

 祈祷師様の御御足おみあしが効いたのか、捕えたヴァルツース兵の説得によって敗走する一団が連合軍に加わった。心配なのは裏切りと、祈祷師様に向けられた、うっとりとした眼差しだ。


「あのテレーゼアが……?」

「何ということだ……」

「羨ましい……」


 ゼルビアスが高慢なのは態度だけで、行動には出てくれないのだろう。そこへ清楚可憐で麗しい祈祷師様のギャップだ、たまらない人にはたまらないのだ、多分。

 お前らまとめてドMかよ。見るな見るな、祈祷師様をそんな目で見るな。お前たちが夢中になるべきは、こっちだよ。


「仲間のあかしにジャガイモを配ろう。カレーに入れるなり煮込むなり、好きにしてくれ」


 離反兵士が沸き立った。こんな簡単に祈祷師様から注意が逸れてしまうとは、カレーの魔力か、彼らが烏合の衆だからか。ともかく喜んでくれた上、彼らの性癖に蓋を出来て何よりだ。


 するとコンテナの扉が開いた、ハチクマだ。

「早速、カレーを作っているのか。貨車の中まで匂いが漂ってきた」

「我々も昼飯にしませんか? コンテナにチーズも積んであります、腕によりをかけてください」

「それは心強い。餞別に、もらった食材もある。カレーに負けない料理を作ろう」

 ハチクマは自信ありげにニカッと笑った。もう彼が主役でいい、そんな気にされてしまう満面の笑みだった。


 ハチクマが食材を漁り料理をする間、騎士団長がコンテナを開けていく。よかった、みんな無事なようだ。

 俺は電気機関車の屋根に梯子をかけて、パンタカバーをディスコン棒で突っついた。よほどお腹が空いたのだろう、パタンパタンとパンタカバーが開かれて、パンタグラフに立ち上がるパンタが姿を現した。


「パンタ、長い間お疲れ様。ご飯にしよう」

「もう、お腹ペコペコだよ! 早くハチクマさんのご飯が食べたい!」

 パンタは自ら梯子を降りて、連合軍が取り囲むキッチンコンテナへ一目散に駆け寄った。


「パンタは、ひとりでずっと頑張っていたんだ。優先させてくれ」

 そう声を掛け、兵士たちをかき分け進む。コンテナの前まで辿り着くと、ハチクマがジャガイモ料理を手渡した。早い、早すぎる。


「まずは簡単なものにした、何せ人数が多いからだ」

「フライドポテトじゃないか! ハチクマさん、知っていたのか!?」

「これは料理としてあるものなのか? 君はどのように食べていた」

「ハンバーガーの付け合せ……あ、ハチクマさんがいた頃には──」

「懐かしい名前だ。列車食堂で、偶然にも作ったことがある。そうか、これを添えるのだな?」


 戦前の列車食堂コックなのに、ハンバーガーを作ったって、マジかよ。ハンバーガーが来日するのは戦後だぞ? 

「君は面白い。もっと私にジャガイモ料理を教えてくれ!」

 なんて言ってくれたけど、ハチクマは俺なんかよりよっぽど面白い。教えた料理の食材が足りなくても、代用品を駆使して次々と作ってしまうのだから。

 しかも、それが美味いんだ……。


「小ぶりなジャガイモにパン粉をつけて、揚げてみた」

「うわぁ、中坊の頃を思い出すなぁ」

「厨房?」

「そういう言い方もありますね」


「薄く削いで素揚げにしてみた」

「ポテトチップスじゃないか、人間をダメにする食べ物だ」

「そうなのか……では、下げよう」

「いいや、くれくれ。ダメ人間になってもいい」


「今度は荒く潰して揚げてみた。食感が面白いと思ったのだが」

「ハッシュドポテトだ……って、揚げ物ばっかりじゃないですか」

「揚げ油を出したのだ、作れるだけ作らなければもったいない。フライは嫌いか?」

「大好きですが、さすがにもう食べられません。みんなに分けてあげてください」


 ハチクマが作ったジャガイモ料理を囲んだことで、連合軍と離反兵士がひとつになった。ジャガイモは異世界を救うのだ。

 そうそう、肝心なことを忘れていた。祈祷師様に踏まれた兵士に聞いてみよう。


 彼は小鳥に、ジャガイモの欠片をあげていた。そんな優しい一面もあるのか、心がホッコリしてしまう。


「ヴァルツースって、どんな地形なんですか? 山とか谷とか、教えてください」

「岩ばかりの荒れた土地だよ」

「険しい坂なんかは、ありますか?」

「……攻め入るのに必要なのか?」

「双頭の赤龍は、急坂に弱いんですよ」

「ははぁ、なるほど。急坂はないぞ、本当に荒れ果てた草も生えない痩せた土地だ」


 平らなロックフィア、という感じかな? それなら走行には支障なさそうだ。問題となるのは、強大な軍事力。潤沢な鉄で作った武器や、ラトゥルスに攻め入った流鏑馬やぶさめ部隊が気がかりだ。


 ただ中世ヨーロッパ、いやナーロッパみたいなこの異世界で未だに火薬を見ていない。いわゆる剣と魔法の世界なんだ。

 ゼルビアスの魔術は脅威だけど、連合軍は善戦しているし、そのたびに味方も増えた。それに俺たちには、願いをすぐに叶えてくれる神様がついている。


 今なら勝てそうな気がする。


「もういいか? それっ!」

 ジャガイモをたっぷり食べて、小鳥は大空へと羽ばたいた。みるみる小さくなっていき、あっという間に消えていった。

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