第41話・窓
隣の席では矢に撃ち抜かれた側窓から吹き込む風に、祈祷師様の髪がなびいていた。祈祷師様は窓外を見てハッとして、近くの俺に
「サガ! ヴァルツース兵です!」
うなだれて乾いた土をゆっくり踏む男たちは、首をすくめて恨めしそうに双頭の赤龍を見つめていた。
もう追い抜いたのかと俺が彼らにチラリと目をやると、彼らは散らばっていた木っ端を積み上げ火を起こし、鉄兜をひっくり返して水筒から水を注いで『賢者の石』をつまんで掲げた。カレーを作って呑むらしい。
「サガ、ハチクマ殿が分け与えた『賢者の石』が役に立っているようですね」
「彼らにとっては、長い旅ですからね。俺たちもそろそろ昼飯にしましょうか」
「ならば、彼らにも慈悲を。ともにジャガイモを食べましょう」
俺はブレーキを込め、衝動なく停止させる手配をとった。そしてふと、嫌な予感が
「ところで、騎士団長の様子はどうでしょうね? 見切りをつけて置き去りにしたとはいえ、仲間が捕らえられていれば、彼らも黙っていませんよ」
「そうですね。ヴァルツースの情報を聞き出せていれば良いのですが……」
噂をすれば騎士団長は、捕えたヴァルツース兵を連れてきた。
「祈祷師様、
「あうぬぬぬぐふぬぬうふぬぬぬぬ……」
「騎士団長、猿ぐつわを外しなさい」
「おお、そうだった」
こんな奴を信じた俺がバカだった。
猿ぐつわを外した途端、ヴァルツース兵は息をプハッと吐いてから俺たちに罵声を浴びせた。俺と祈祷師様は悪くない、全部騎士団長のせいだ。
「救済とか綺麗ごとを言いやがって、何て仕打ちだ! これがラトゥルスの本性か!?」
「そうではありません! 騎士団長、丁重に扱うよう言ったはずです!!」
遠目長めのブレーキを掛けている俺の背後で、祈祷師様が激怒している。もうこれで騎士団長の祈祷師様ポイントはマイナスだ。
ざまあみろ、と言いたいところだがラトゥルスにとって、ちょっとしたピンチじゃないか。この状態で敗走する一団に見つかれば、恨みを買って救済どころじゃなくなってしまう。
停止出来ないじゃん、昼飯は抜きか……。
「おい、テレーゼア! 貴様なんぞに情報は売らねぇ! 清楚可憐なんて、俺にはちっとも興味が湧かねぇ! ゼルビアス様のほうが、色っぽくて艶っぽくて魅力的なんだよ!」
こいつは女の色香に惑わされてヴァルツースについたらしい。男ってバカだなぁ、俺も含めて。
「分が悪い状況です、停まらずに行きますか?」
「いいえ、停まってください。彼に話してくれるよう、私が説得します」
祈祷師様の言葉には、ラトゥルスのリーダーとしての責任が込められていた。おかしい、騎士団長も軍のリーダーのはずなのに、責任感は微塵も感じない。
しかしヴァルツース兵を、祈祷師様はどう説得するのだろうか。そう思った矢先のことだ。
「騎士団長、サガの隣へ」
「祈祷師様に万が一のことがあっては……」
「私のことなど、構いません。私を決して見ないように」
運転士である俺には、前方注視の義務がある。だから俺も祈祷師様には目を向けられない。一体何をはじめようと言うのだろうか。
そのとき、シュルリと絹が鳴った。祈祷師様がローブを脱いだと思われる。真実を確かめようと前面ガラスを覗いてみたが、砂塵舞う荒野を映してしているだけだ。
畜生、さっきまでは映っていたのに。
「……これで如何です」
「おほぉ……」
ヴァルツース兵の嘆息が、俺の胸をざわめかせている。祈祷師様、何をしているんだ。
「ならば、こうしてみては」
「ほおおおおおおおおおお」
運転台に間抜けな咆哮が響き渡った。ああああ列車を一刻も早く停めて振り返りたい。
「これで、どうです?」
「ほあああああああああああああああ」
貨物列車は停止直前だ。俺と騎士団長は興味に輝く瞳を交わす。
「さぁ、話す気になりましたか?」
「言います! 言います! テレーゼア様にこの身を捧げます!」
ついに停止! 俺たちは身体をねじり、祈祷師様に視線を浴びせた。
そして、呆気にとられて絶句した。
恥じらいうつむき目を伏せている祈祷師様は、行き場がなさそうに自らの肩を抱いていた。
ヴァルツース兵は間抜けな顔で上気して、全身から花を散らすようにとろけている。
その頬には、祈祷師様の靴跡が残されていた。
踏んだな。
「……見ないでと申したではありませんか……」
「「すみません……つい」」
俺と騎士団長は前を向いて、砂塵が舞う荒野をじっと見つめた。ヴァルツースの情報や、昼飯のことも、風がすべてを飲み込んで澄み渡る青空が溶かしていった。
騎士団長と、前面ガラスを通して目が合った。そして俺たちは、空虚な視線を無言の言葉に変えて交わした。
男って、バカだなぁ……。俺たち含めて。
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