工房
許可証をロックドアに向ける。
技術機関の工房は厳重だ。
狩人協会本部は、量産工場が備わる。
化物に対する有力な狩猟奇具の生産工場。
狩人は、最低でも量産型狩猟奇具さえあれば化物と戦う事が出来る。
だから、狩人協会本部は日本にとっての最後の切り札であった。
「此処が私の工房だ」
部屋の中に入る。
部屋の中はかなり広い。
この工房の中で、彼女は一人で狩猟奇具の製造を行っている。
「…っ」
俺は部屋の奥にあるフラスコ瓶を見た。
それは、通常サイズでは無く、人間大のサイズを容易に収納出来る程に大きい。
その中には緑色の液体で満たされていて、中には化物が浮かんでいる。
狩猟奇具の材料は、化物で形成されている。
化物との遭遇は六十年前の1950年頃。
第二次世界大戦が終わり、敗戦国であった矢先に化物が出現。
発生源不明であり、感染病が蔓延した為に外交は遮断。
無理矢理、日本は鎖国となり、化物との戦いを強制された。
最初の二年は人類側に不利があった、が、技術者は化物から武器を製造した。
それが狩猟奇具。最初期は猟奇的武装道具、などと呼ばれていたが、狩人協会が設立後、化物を狩る者を狩人と改めた時、道具の名称も狩猟奇具へと訂正された。
「その化物は『翅鬼』と言う飛蝗の様な化物だ。狩猟奇具として作るよりかは、狩衣にした方が良いと思うがな」
マグカップにコーヒーを淹れながら、鍋島枢がやってくる。
「完成品はそのボックスに入れている、見るのは構わんが触るなよ。暴発したら面倒だ」
ボックス。
金属製の棚の上に立て掛けたジッポライターの様な狩猟奇具が置かれている。
「…」
俺はそのボックスに置かれた狩猟奇具を見て、彼女の方を向く。
「中、空だろ、あれ」
ボックスに置かれた狩猟奇具は、外見上は完成している様に見えるが、中身は無い。
狩猟奇具としての展開を行う際に必要なギミックが積まれていないのだ。
無論、外見だけで判断出来る人間は限られている。俺も見ただけでは分からない。
これは原作知識だ。彼女は狩猟奇具に対するテストの様な事をする。
あの狩猟奇具のボックスは、本当に狩猟奇具の目利きがあるかどうか試したのだ。
「…面白い、根拠は?」
椅子に座った彼女は、珈琲を飲みながら言って来る。
根拠…確か百槻与一は『武器としての重さを感じない』と言っていた。
どういう感覚だそれは…、まあ、原作になぞる様に俺もそう言う事にした。
「武器としての重さって奴が、全然感じられないんだ」
「ふは…重さか、そうか…どうやらお前は、私とは違う感性を持つらしい、名前は?」
其処で、鍋島枢が俺の名前を聞く。
「九条千徳」
そう答えると、彼女はコーヒーを飲んで頷く。
「気に入った。個人的な頼みで狩猟奇具を受けてやろう…尤も、材料はお前が持ってこい」
俺は頷いた。
基本的に、専用狩猟奇具は階級の差は関係なく誰でも所持出来る。
その代わり、自費で支払わなければならず、専用狩猟奇具は値段が張る。
だから、専用狩猟奇具を持つ者は、結果的に言えば階級が上の人間が多いのだ。
個人的な頼みで狩猟奇具の製造を承った。
この個人的、と言う部分が重要で、鍋島枢は高額な報酬を要求しない。
その代わり、材料である化物は自分で狩る事になる。
既に、俺は、自分が狩るべき化物に目当てをつけていた。
鍋島と別れた俺は技術機関の工房を後にする。
スマートフォンをポケットから取り出して、連絡先に登録された百槻を選択して電話をする。
コール音が一回鳴った瞬間、即座に通話状態となった。
『あっれどうしたの九条ちゃん、もしかして俺の声でも急に聞きたくなっちゃった?全く九条ちゃんは寂しんぼねぇ、俺はそんな相手をする時間もないんだけどさ、九条ちゃんがどうしても俺と喋りたいって言うなら仕方がないね…今、スケジュール確認してるから、えぇと…よし、本当はそろばん教室の時間だったけどズラしたから、感謝してね?』
まだ挨拶すらしてないのに、このマシンガントークである。
「お前スケジュール取る性格じゃないだろ」
よほど寂しかったのだろうか。
しかもコール音が一回しか鳴らなかった。
電話をすぐそばに置いて待機していないと余程のことじゃない限り、電話に出ることは難しいだろう。
しかしそれを言ったところでウザ絡みをしながら反論をしてくるだろうから、俺はそれ以上言わずに適当にうんと頷いた。
「それで百槻、今これから時間あるか?」
百槻の予定を確認する。
『なになに?お誘い?どこに行くの?デパート?アパレル?それとも今夜は飯でも食いに行く感じぃ?いい店知ってるよ九条ちゃん、今夜行っとく?あわわ、でも結構値段高いかもしれないけどさ、九条ちゃんお給料どれくらいもらってるんだっけ?俺年俸六百万ぐらいだけど。九条ちゃんは?。あーそっか、九条ちゃん階級俺より下だっけ?じゃあ給料低いんだー、じゃあしょうがないなぁー、俺が九条ちゃんに奢ってあげるよ』
…勝手に話を進めるな。
「待て、違う、俺の話を聞け」
俺は百槻のペースに巻き込まれない様に声を出す。
『じゃあ何なんの話?』
百槻が俺の話を黙って聞く。
こいつ、性格をあれだが結構素直なんだよな。
「お前、死骸地なんかに興味はないか?」
死骸地。
千葉方面にある人類が化物によって略奪された都市の一部である。
化物に所有権を奪われた土地は、有害都市区域指定に認定されている。
狩人が第一に優先すべきは土地の奪還ではあるのだが、化物の死骸から発生する障気によって大気が汚染されており、長時間滞在する事が出来ない。
狩人協会が裁定する土地奪還の優先順位は『化物が多く』『人類が危険に及ぶ可能性』と『大地の汚染率の低い場所』であり、この三つを優先して土地奪還を行っている。
汚染度が高い場合その土地で活動するには専用のガスマスクや皮膚に付着する障気などを除去する為に専用の薬品や、隔離するための簡易病棟など費用が必要になってくる。
かなり費用が嵩張るので、危険度が低い土地は後回しにされやすかった。
そう言った理由で狩人を大量投入して土地の奪還をするという計画は、現在多くが頓挫している。
「(百槻なら、力も蓄えられるし、面白そうだと乗って来るだろうな)」
百槻与一の性格ならば、何かと厄介事に首を突っ込んでいるイメージがある。
だから『死骸地』での討伐は乗って来るだろうと思っていたのだが、彼からの回答は俺の予想とは反していた。
『九条ちゃんってさー…結構、無茶するよねー?体が全治したかどうか分からないけどさ、ちょっとだけ自分の体労わった方がいいんじゃない?九条ちゃんが無理して、また怪我でもしたら、俺、悲しいけどなー?』
と至極真っ当なセリフを吐いて来やがった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます