感謝感謝

結局、俺はなんとか百槻与一を言いくるめて二人で『死骸地』へ行くことにした。

しかし百槻、こいつ意外と心配症なんだな。


「お待たせ九条ちゃん」


そう言いながら俺の方へとやってくる百槻与一。

彼の服装は普通だった。これから死骸地に行くのに、それは無いだろ。


「ちゃんと着替え持って来たか?」


「ん?あぁ大丈夫、現地で調達するから」


現地か。

そうか、そう言えばその手もあったな。

狩人協会の支給品の要請ついでに、防護服も用意してしまった。

これだと、あっちに行くまでにかさばってしまうな。


「んじゃあ、早速いこうぜ、九条ちゃん」


しかし過ぎた事だ。今更とやかく言っても仕方が無い。

俺たちは狩人協会から近い地下鉄へと足を運ぶ。

狩人教会本部の近くには『㯥京』周辺に地下道があり、そこを通って『死骸地』へと向かう事が出来る。


「九条ちゃん、それ何持って来たの?」


「ん、これはな…」


俺はそう言って彼にリュックを中に入れておいた装備を取り出した。

これは市街地に蔓延する汚染大気を排除するための防護フィルターだ。


見た目はガスマスク。

汚染された大気は肺に入ると炎症を起こしてしまう。

最悪呼吸が不可能となり死亡すてしまう事が多々ある。

このガスマスクの裏側にはその炎症を抑える薬品が塗り込まれていた。


ひとつのフィルターに対して約三時間持続。

フィルター一つで、大体十万程の値が張るようになっている。


「これ、買ったの?」


ガスマスクを持ち上げながら百槻与一が言うが、俺は首を左右に振る。


「本部の方に申請して、貰ったんだ」


基本的に狩人本部には様々な道具を支給品として用意してもらえる。

これが狩人協会に属していないアマチュアならば全ての道具は自腹で出費する事になる。

その為、かなりの費用がかかる事になるのだが、狩人協会に属していれば支給品は無料、申請さえすれば様々な道具を要請出来る。


階級が上がれば専用の狩猟奇具も無償で贈呈されるようになる。

これが狩人協会に属するプロと民間で仕事をするアマチュアの違いだろう。


駅のホームで待ってると電車がやってくる。

シュゥゥ、と音を上げて電車の扉が開くと、俺たちが乗車して適当な席に座った。


地下鉄の電車には基本的に誰もいない。

時刻通りに出発して時刻通りに様々な駅へと到着する。


利用する者がいるとすれば俺たちのように市街地や他の駅へ向かったり、移動したりする時だけだ。

ちなみにこの地下鉄の電車も狩人協会に属する狩人以外は有料となっている。


「電話で危ないすることするのは分かってたけどさ…具体的には何するの?」


俺のリュックから色々な支給品を取り出しながら聞いて来る。

百槻は俺の事を心配して、『死骸地』には行くなとは言っていたが、俺の意志は固く断固として『死骸地』へ行くと言った所、仕方なく折れて、一緒に来てくれる事になった。


「俺はもっと強くなりたいんだ…その為には、戦闘経験が必要だし、新しい武器も必要になってくる」


「…それってもしかして?」


百槻与一が聞いてくる。


「俺も専用の狩猟奇具を持つ事に決めたんだ」


そう言ったら百槻与一は首を左右に振る。


「じゃあ、階級あげればいいじゃん、あと一個階級あげたら専用機貰えるでしょ?」


それじゃあ遅いんだ。

基本的に階級は下半期と上半期に分かれて昇格の打算が行われる。

次の階級昇格の打算は二か月後だ。


その間まで俺が生きられるとは限らないし、次のイベントに間に合わない。

この世界で全力で生きると決めたので、だったら原作知識を利用して何が何でも生き残る為に強くなる道を選ぶほかない。


「でも百槻、お前なんだかんだ一緒に来てくれるよな、正直ありがたいよ」


俺が素直に彼に対する感謝の言葉を述べると、百槻与一はきょとんとした表情を浮かべて、次にはニヤニヤと笑みを浮かべた。


しまった調子付かせてしまった。

「いやー…九条ちゃん、本当に、俺がいないとダメダメなのねぇ」


頼りにされている事に嬉しみを感じているのか。

奴のニヤケ面はウザいが…それでも、いてくれて感謝している。

百槻与一がいなかったら、戦力は半減以下になる。

それに、なんだかんだ、こいつと居ても悪い気はしないし、俺をパートナーとして選んでくれた事も、感謝している。


「…結構、真面目に感謝してるよ。ありがとな、百槻与一」


今回ばかりは調子付かせてやろう。

俺の感謝の言葉を聞いた百槻与一は。


「へ…へぇ…そ、そっかぁ…」


なんだか恥ずかしそうに顔を赤らめていた。

恥ずかしがんなよ。

いつも通りのテンションじゃないと、なんだかこっちまで恥ずかしいじゃないか。

俺は心の中でそう思った。


今回、『死骸地』に入って討伐しようと思っている化物は『赫捨羅』と呼ばれる化物である。


この『赫捨羅』と呼ばれる化け物から製造された狩猟奇具は、遠距離攻撃に適している。


百槻与一と共に仕事をこなす事になれば、百槻与一が近距離で、俺が遠距離の武器を持っていた方が都合が良い。


目的地までまだ数分ほど時間がある。

その間俺は百槻与一と会話をして過ごしていた。


「九条ちゃん、これ持ってくの?」


リュックから取り出した道具を纏う布を剥いで見せる。


「おいやめろ、これは戦闘時以外は出しちゃ駄目なんだよ」


それは、小型の散弾銃だった。

対化物用散弾銃『崩月ほうげつ』。

その威力は通常の散弾銃と変わらない。

そして、この銃火器によって化物に対する殺傷力は零に等しい。

驚きだろう?化物は通常兵器は効かない。

それでも、この散弾銃を利用するのは、いわゆる牽制の為だ。

現代兵器など無力に等しいが、弾丸による向きエネルギーによって化物の動きを静止する事が出来る。

通常の弾丸ならば、一点に集中してしまう為にノックバックし難い。

ライフルの場合も同じ、連射が可能なマシンピストルならば行動を制限出来るが、腕に掛かる負担が考慮される。

結果的に、散弾銃が使い勝手が良いと言う結論になった。

そしてこれが、日本が開発した対化物用散弾銃『崩月』である。


「九条ちゃん、これ結構使いづらいけど大丈夫?」


使いづらいのは承知の上だ。

しかし使いこなせれば優秀な武器となる。


「まあ、何事の挑戦ってワケか…ふぃ」


そんな時。

ふと百槻与一が自らの眼帯に指を添えて眼帯の中に人差し指を突っ込み、カリカリと皮膚をむしる音が聞こえた。


「百槻、痒いのか?」


彼の失った目を見ながら俺は百槻与一は空返事をする。

ただ眼帯に当たった皮膚の部分が痒くて掻いているらしい。


「やっぱりかぶれるのか?」


俺は百槻与一の行動を見ながらそう言った。


「んー…ちょっと目を押さえる部分のベルトを締め過ぎたかもしれない…、がなんだか蒸れて仕方がないな」


適当に会話をしながら時間を潰した。

電車が止まる、俺は地図を確認する。

目的地に到着したらしく、電車から降車した。


ここかここから先は徒歩での移動だった。

ここら辺の地区は化物が出現する可能性がある為に避難誘導が行われている。

数年前までは人が住んでいた建物だが、人がいないためにゴーストタウンと化していた。


「なんだよ、誰もいねえじゃん」


人だけじゃない。

動物も存在しない。

電気も止められていて煩わしい音も光もも存在しない。

此処に居るのは俺達だけ、なんだか寂しく感じてしまう。


分厚い鉄板を結合して作られた大きな壁が目に見える。

簡易的な作りである壁の近くには、不審者や侵入者を通さぬ様に警備員が立っていた。


訝しげな表情を浮かべる警備員に、俺は手を挙げるとともに狩人としての免許証と狩猟奇具を取り出した。

それを警備員は少し安堵の表情を浮かべたようで、軽く頭を下げた。


「お疲れ様です」


「免許証の提示をお願いします」


俺と百槻は免許証を取り出して警備員に渡した。

免許証にはナンバーが記されているて、警備員はインカムを操作して番号を口にする。

数分程のやりとりによって時間が経過し、確認が取れたのか警備員は俺たちに一礼をする。


「お待たせしました、それではどうぞ」


インカムを使って扉の操作をしている人間で合図を送る。

アラームの様な音が鳴ると共に扉が開かれた。

扉の中から、真っ白な宇宙服の様な格好をした男性らしき人らが現れる。


「九条様と百槻様で間違いございませんね?今更衣室へと案内します」


俺達は二人の後ろを歩く。

彼らは医療機関の大気汚染対策係に勤めている医療関係者だ。

汚染された瘴気を体に付着させたまま、人間の住む地区に移動されたらパンデミックが発生する為、感染リスクを抑える為に彼らが存在した。


更衣室はビニールで作られたテントであるの中で着替えを行う。

百槻与一は医療関係者に防護服を持ってくるように頼んでいて、持って来た防護服に着替える。


機動隊が使用している防弾性に優れた衣服であり、それに加えてガスマスクを装着する。


これで準備は整った。これからは化物狩りの時間だ。


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