お喋り
この医療施設は狩人協会本部に繋がっているので入所許可は必要ない。
それでも階級に応じて施設内部も移動制限が設けられるので、俺の階級だと狩人協会に移動出来る場所も限られている。
「さて、と」
俺が向かった先は休憩室だ。
多くの自販機が立ち並び、缶やアイス、カップラーメンなども売買されている。
俺はテーブルに座ってカップラーメンを食していた。味はシーフード、これは俺の好みで購入したワケじゃない。
時間を確認する、昼を過ぎた午後二時頃。
食堂は二十四時間空いているが、其処を利用しないのは、ある人物と遭遇する為だ。
「(…来た)」
自販機のボタンを押し、ピッ、と音が鳴ると共に、購入した品物がガタンと下口から出て来る。
それを受け取って、カップ麺を開けると、すぐ傍にあるお湯を使わず、俺の横を通り過ぎる。
その時、ふと足が止まると、俺の方に気が付いて、後ろからカップラーメンを覗いて来る。
「…お前、ミルク入りか?」
そう言われて、俺は視線を、彼女にバレない様に動かす。
其処には、栗色の髪をした少女が立っている。
神崎さんと同じ様に白衣を着込んで、その下には体操服を着込んでいる。
肩辺りで整った髪、邪魔にならない様に、髪を耳にかけている。
そして、大きな丸眼鏡を装着していて、その奥には狼の様に鋭い目が此方を見ていた。
「あぁ、好きなんですよ、ミルクを入れて食べるの」
俺はそう言ってラーメンをすする。
「そうか、私もだ。…単刀直入に言う、其処においてある残りを私にくれ」
机の上に置かれた牛乳瓶…三分の一しか減っていないそれを彼女は欲した。
「懐から財布を出す手間、買う時間、現物を取るまでの動作、封入を外し、牛乳を注ぐ、一連の動作がもどかしい、だからミルクが欲しい」
「いや、これから飲むんで…」
言いながら俺は振り向いて、目を丸くして驚くふりをした。
「もしかして…鍋島
彼女の知り合い風に言うが、実際は初対面だ。
しかし、狩人を生業とする以上、彼女と言う存在は狩人にとって、偉大な人物だ。
……技術機関所属、専用機製造専門家、…つまりは、狩猟奇具製造に携わる技術者だ。
多くの技術者の中でも、彼女の作る専門狩猟奇具は性能が良く、狩人に適した狩猟奇具を用意してくれる。
職人の域に達する彼女の技術は、態々海外の
彼女の製造する狩猟奇具はブランドとしても高く評価されていて、多くの注文が殺到するが、気分屋の彼女が注文を受ける事は滅多に無い。
「うわ、本物だ…あの、残りあげるんで、ご一緒しても良いですか?」
「それが対価か、仕方が無い…けれど、喋る時間はやらんぞ」
牛乳瓶を受け取る鍋島枢。
「えぇ、一方的に喋り掛けるんで」
俺は、彼女のファンを自称する。
この先、彼女の技術が必要になってくる。
だから、彼女の作る専用機を、俺は欲した。
カップラーメンに牛乳を少々、お湯を入れて三分。
そして鍋島枢が食事を終わらせるまで二分。
合計五分以内に彼女の興味を惹かなければならない。
『なれはら』で、霧島恋を失い豹変した百槻与一が力を欲して彼女に願うシーンがある。
あの時は半ば強引に技術機関へと押し込んで、脅迫じみた要求をしたんだっけか。
『なれはら』に置いて、彼女は攻略対象のヒロインであるのに。
「俺、鍋島さんの狩猟奇具好きでぇ」
取り合えず俺は褒める事にする。
彼女が技術者になったのは、狩猟奇具のギミックとデザインに惚れた為だ。
自分も狩猟奇具を作りたいから、技術者として活動している。
彼女には天賦の才があった様子で、育成機関の技術専攻で最年少で技術をマスターした。
年齢は確か十八歳なんだっけ?俺からしたら全然若く見える。
腕時計を確認して蓋を取る。
カップラーメンが三分経ったらしく、湯気が彼女の眼鏡を白く曇らせる。
プラスチックのフォークを使って、ラーメンをすすり出した。
「その中でも、俺は『
『黒廻』はタイヤ程のサイズを持つチャクラムだ。
攻撃をするとその部位が壊死する再生不可能の固有性能『細胞壊死』を持つ。
「その中で、やっぱり好きなのは傀さんの持つ『
うっとりする様に俺は言う。
当然ながらこれらは俺の感想じゃない。
これは原作『なれはら』の方で彼女自身が百槻与一に説明する際に言っていた事だ。
興奮しながら説明しており、彼女の担当した狩猟奇具の中で一番好きなのだと言う。
だから、彼女の言葉を拝借して、彼女の趣向が同じであるかの様に演出する。
「ずつ…」
しかし、鍋島枢はカップラーメンを夢中で食べていて、汁まで飲み干すと、椅子から立ち上がってゴミをゴミ箱に捨てていく。
「(反応がない…失敗だったか?)」
俺は、彼女の無反応に対して心配する。
このファーストコンタクト、彼女の興味を引かなければ、今後再アタックしても躱されてしまうかも知れない。
彼女は何よりも面倒事を避けるタイプだ。
無駄な時間を省き、自分の時間を優先する。
また俺が話し掛けても時間の無駄と判断されたら、話し掛けても無視される可能性がある。
だから、慎重に話しかけていたが…失敗だったか。
「おい」
俺がそんな事を考えていると、彼女の方から話し掛けて来る。
「どうやらお前は趣味が良いらしい、私の工房を見せてやる」
それは…お眼鏡に適った、と言う事で良いのか?
俺はカップラーメンの残りを飲み込んで、彼女の後をついていく。
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