ちゃん付け
トコトコと、俺たちは来た道を帰る。
不満そうな表情を浮かべる百槻与一。
俺は彼に声を一言も発せずにいた。
それは単純に疲れているからだけではない。
先ほどのやりとりに対して、俺が何か、彼に台詞を吐く様な立場ではなかった。
だから黙る、何も言わずに、来た道を戻る。
「…九条、お前さっき、何で逃げた?」
怒りを抑えるかのように百槻与一がそう聞いてくる。
答えてしまえば彼の怒りを買ってしまうだろうから俺は黙った。
「……」
けれど、百槻与一は足を止めて俺の方を振り向く。
どうやら答えるまで、その場に留まるらしい。
じっと俺のほうを見て回答を待ちわびている。
俺は重い口を開いた。
「…俺は化け物の恐ろしさを知らなかった…、今この場に立ってようやくその恐ろしさを実感できた…だから逃げたんだ、逃げないと、死ぬと、思ったから」
俺の本心を語ると、百槻与一は俺の方に寄って来た。
「誰だってそうだ。怖いものは仕方がねぇだろ…けどな、ムカつくんだよ、俺を見捨てて逃げるって事はよぉ…お前、俺があの程度の化物に勝てない程に弱いって思ってんだろ?」
どうやら、百槻与一が怒っているのは俺が彼を見捨てたからではない。
俺が彼の傍から離れてしまったからだ。
「あんな雑魚より俺の方が強いに決まってんだろ、お前だってな…勝つ気があれば、あんな雑魚、簡単に殺せるんだよ」
彼の真剣な言葉に俺は鼻で笑う。
百槻与一は俺の体たらくを見てなかったのだろうか。
その苦笑は、自分に対しての嘲笑だった。
「無理だよ……俺はお前みたいに強くはなれない」
運動神経が良くて狩人適性が高くても心が負けていたら何もできない。
ただの弱者でしかないのだから。
その言葉を口にし終えて、俺はハッと、口を閉ざす。
彼にとっての地雷を踏んでしまった、失言してしまった。
俺は胸ぐらを掴まれてそのまま壁に叩きつけられる。
「弱いなら、強くなればいいだけの話だろうがッ!」
彼の手は、震えている。
「誰だって弱いんだよッ、誰だって自分の弱さに嘆いてんだよッ」
自分の過去を掘り返す様に、百槻与一は言葉を並べる。
「弱い事は罪じゃない…それでもいつまでも弱いままで一体何が出来るんだ?虚弱のままじゃ何も出来ない、だけど、前に進むしか道が無いんだよ。…なあ、俺が天才に見えるか?神童だと思ってるのか?違う…俺は、必死こいて、ゲロ吐いて、泥すすって、気張ってんだよ…頑張ってんだよッ!誰にも負けない、化物にも、この世界にも負けない為にッ!」
あぁ…お前は、お前のことは。
俺は知っている、画面の先で見てきたんだから。
お前は天才じゃない。
だから必死になって頑張って強くなったんだよな。
この理不尽で残酷な世界に負けないように、お前は孤児院に入る前は両親と共に暮らしていたけど、両親は化物によって食われて、お前はその光景を声を潜めて見ている事しか出来なかった。
何も出来なかった自分を恥じて、そしてお前はここまで強くなったんだよな。
お前の口調とその性格は他人との距離感が分からないから。
お前は孤独になって、霧島恋だけがお前の支えだった。
心に穴が空いて、それを埋めるように必死になって戦って来た。
だからこそ…俺はお前とは違うんだ。
俺は、この世界に真剣になって生きてない。
特別な力も、能力も無い。
あるとすれば、原作知識しかない、普通の人間だ。
平和な世界で、ぬくぬくと暮らしてきたような男なんだ。
「俺は…お前みたいには、なれないよ…」
心の底からの言葉。
それが、百槻与一の心に響いたのか。
胸倉を掴む手が緩んだ。
なぜ手が緩んだのか…俺は百槻与一の顔を見た。
百槻与一は別の方向を見つめていた。
俺もその視線に合わせるように目を向ける。
…先ほどの霧島恋による狩猟奇具の明かりによって目が光に慣れてしまった。
だから、まるっきりその先に何があるのか分からなかった。
「ッ危ね!」
そう叫ぶと同時。
百槻与一が俺を押した。
俺は尻餅を突く。
その次に百槻与一も屈むが、行動が一足遅かった様子で、風を切る音が聞こえる。
それと同時に百槻与一が痛みを受けた様な声が漏れた。
瞬間。
俺の後ろから破壊音が鳴る。
後ろを振り向くと、穴が空いて光が漏れている。
老朽化した商業ビルが、穴による影響で壊れていき、次第に光が、暗い廊下の中を照らし出した。
そこで俺が目にしたのは、数々の化物達だった。
白塗の他にも化物がいる。
特に、あの小さな化物は厄介だ。
小型犬ほどの小ささ。
頭に耳を生やし。二足の足を持つ。
臀部から生えるハリガネムシの様な尻尾を使って、地面を叩くようにして移動する。
その化物の能力は頭部が三角になる様に割れて長い舌を伸ばす。
それを筒状に丸め込み、そこから体液を放出する。
超圧迫された体液はウォーターカッターのように切り刻み、コンクリートの壁など簡単に穿ち貫通させる。
故に、そいつの名前は『虫食い』と呼ばれている。
形態が小さい為に、狩人は反応し難く、攻撃を受けてしまう多い。
原作の中では、この化物に不意打ちを食らって死んでしまうケースが多々あった。
「ッまずい、早く、ッはやく、逃げようッ!」
俺はもう弱腰だった。
百槻与一を連れてその場から離れようとしたが。
「一人で、勝手に逃げてろ」
と百槻与一が立ち上がりながら言う。
まさかこんな状況で戦うつもりじゃないのだろうか。
「ッあぁ、くそッ」
こいつが逃げろというのならば俺は逃げる。
もはや百槻与一など二の次だ。
自分の命を守る為に逃げようと思った。
だが…光が差し込み、百槻与一の顔が照らされた時、俺は言葉を失った。
「お前、怪我、してるじゃないか」
百槻与一の顔面の半分は、『虫食い』の吐き出した圧縮体液によって片目が潰れている。
血を流しながら片手で顔面を抑えながらも、一歩前へと繰り出す。
「もう十分だろッ!」
俺はそう叫んだ。
そんな怪我で立ち向かえば確実に死んでしまう。
この世界では怪我をした人間にも容赦しない。
「お前、そんな、そんなになるまで、何、してんだよ。戦う気があったんなら…咄嗟に、俺なんて、庇うなよッ」
我が身が可愛い俺には、その行動が理解出来なかった。
何故こんな、どうしようも無い、クズな俺を庇ったのか、百槻与一に問いかける。
百槻与一は痛みに堪えながらも、前を向いて狩猟奇具を掴み直す。
「…これが俺だ、お前がどんなに腰抜けでもな…逃げる事しか、出来ない人間でもな…、それでも俺はお前を助ける。誰かを助けるのが、俺だ、これが俺なんだ、これがッ、百槻与一なんだよぉッ!!」
こんな残酷な世界でも、それでも、百槻与一は立ち向かおうとしている。
現実に向かって、全力で、生きて、足掻こうとしている。
俺は、俺はどうだ?
どんな状況であろうとも、誰かのために自らの命を賭して戦う彼らの姿を見て…俺は何も思わないのか?
百槻たちは…この世界を全力で生きているんだ。
俺だけこの世界に屈しようとしているんだ。
怖いよ、逃げたいよ。
体は既に明後日の方向へと向かおうとしている。
それでも…、俺は狩猟奇具を取り出す。
ガチガチと歯が震える。
泣きたくて、泣いてしまって、涙が溢れて、口に入る、塩の味だ。
俺はまだ生きている。
この世界全力で生きようとしている。
「(怖い…戦いたくない…それ、でも…)」
化物達が百槻与一を襲おうとする。
その隙を狙うかのように俺は百槻与一の後ろから飛び出す。
「うぉおおおおおッ!!」
白塗を斬機一式で斬り伏せる。
だが、当然ながら硬い。
その体が内側が開かない以上は斬機一式では切り裂く事は難しい。
それでも俺は立ち向かい。
そして俺の背後から百槻与一が飛び出ると同時。
喰代の回転刃が化物の体に食い込ませて白塗を切断した。
「…なにしてんだよ?九条くんさぁ…」
俺の方を見る百槻与一。
驚いている、当たり前だ。
心の折れた俺が、戦う選択など、しないと思っていたのだろう。
俺だって、そうだ。その選択はしないと思っていた。
けど、無理だろ。
「俺はお前みたいにはなれない…」
けど。
「だけど…なりてぇよ」
そんな、前に倒れる様な生き様を、俺もしてみたい。
俺はこの理不尽で、残酷な世界に転生した。
もう、戻る事は出来ない、此処で、真面目に、真剣に、生きるしかない。
このまま、腐った様に余生を過ごしたくない。
俺の顔面はぐしゃぐしゃだ。
吐き気すら催す、死の恐怖に屈してしまいそうだ。
それでも、俺は、この世界を生きる。
生きる為に、戦う。
「俺は…ビビってんだよ、こんな姿、笑われる、だろうけど、な…」
百槻与一のように軽口を叩いてみる。
泣く俺の表情を見て、怪我をした百槻与一は笑った。
「へへへ…マジでそうだなぁ、笑っちまうぜ」
喰代を振るい、白塗を切り殺す。
哂われている、当然の事だ。
でも、百槻与一は俺に笑みを浮かべて、更に告げる。
「まあ?そんな姿、俺以外が笑ったら許さねえけどなー」
その言葉を吐くと同時、百槻与一は俺の背中を叩いた。
「行こうぜ?九条ちゃん」
その言葉に支えに。
「あぁッ」
涙を流しながら、一歩前と踏み出した。
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