ヒロインの為に

化物の群れに向かって走り出した。

その瞬間だった。

地響きが、廊下中に走り出す。


「ッ!」


「これ、は…」


俺は地響きに揺れて地面に膝を突く。

百槻は足を踏ん張って狩猟奇具を構えたまま、化物を牽制する。


「くそ、地震かよッ!」


百槻与一が運が悪いと言うが、違う。

これは、地震じゃない。

商業ビルがひび割れていく、老朽化しているから、震度7以上の揺れによって崩壊していく。


「(地下だ…地下で、戦闘が起きてるッ!!)」


地面が陥没したのか、ビルが崩れ出す。

俺の足場が崩れて、下層へと落ちそうになる。


「九条ちゃんッ!」


手を伸ばす百槻与一。

俺はその手を、握らなかった。


「大丈夫だ…百槻、斃せッ!!」


お前が地下に行ってしまえば…お前は激昂するだろう。

直情的で、孤独だからこそ、知り合いに対して思い入れの大きいお前だからこそ、お前が地下に行けば、未来は変わらず、そして、原作と同じルートを辿ってしまう。


「俺が、なんとかする」


落下しながら俺は覚悟を決めた。

体が重力に従い下に落ちる、体の芯に感じる浮遊感、俺は恐怖を覚えながら落ちていき、そして瓦礫の積まれた地面に体を叩き付けられた。


「がッ」


痛い。

骨にひびが入ったか、体中が、痛みを訴える。

それでも、なんとか、最速で地下に降りる事が出来た。


この地響きは、地下で発散された。

霧島恋が、地下に潜った狩人を救う為に、時間稼ぎとして戦闘を繰り広げていたのだ。


地下は化物の群れで溢れている。

『白塗』や、四足歩行の両腕が肥大化したゴリラの様な化物『鐘鳴かねなり』。


「はぁ…ッ…はぁ…」


そして…その中心に、霧島恋が居て、腹部を抑えている。

彼女と対峙するのは、水色の液体だ。

龍を模した顔面、蜘蛛の巣の様な胴体は、粘着性のある液体によって地下の壁に張り付いている。


未確定闘級…狩人協会が定める事の出来ない新種、あるいは、進化を果たした化物。

俺はコイツを知っている。その後の物語で、この化物は特級と認定された。


「『みずち』…」


液体の肉体を持つ化物。

それが、彼女を殺した化物の名前だ。


気配を感じているのか、彼女は、後ろを振り向いて、俺の顔を見た。

口から、水色の液体を漏らす彼女は、既に憔悴しきっていた。

周囲に展開されている『背光はこぅ』が、今では一騎しか残っていない。

数十体も存在した化物を倒す為に、全力を尽くしたのだろう。

それでも、まだ十体程、化物が居て、彼女を喰らおうと接近している。


自分の命、その危機に瀕しているのに、彼女は、人を安心させるような笑顔を浮かべて。


『大丈夫』『逃げて』


喉が潰れて声が出ないのに、彼女は口を開いて、そう言った。

何処までも、優しい彼女の献身。

俺はそれを利用して彼女を見捨てようとした。


この世界に、屈服して、安泰の道を進もうとしたんだ。


もしも…彼女を見捨てる事で、この先の展開に対してアドバンテージを得られるとして。

それをする事は、正しい事であるのか?


自分が安心な未来の為に、自分の為に命を捨てられる彼女を見限れるのか?


俺は…もう、十分だろ?元の世界で、ぬくぬくと、平和な世界で、安全を味わいつくしたじゃないか。

ここが、俺の現実なんだ…なら、後悔の無い生き方を選ぼう。


「逃げますよ…貴方を連れて」


泣きそうになる。

恐怖は体中を走る。

それでも後悔はしない。


「ふぅー…ッ」


息を吸う。

ここから先は時間制限だ。

見た所『蛟』はまだ覚醒状態に達していない。

あれが本格的に形態変形させてしまえば霧島の命はない。

問題は俺の狩猟奇具と運動神経と気力。

あの化物の群れにどこまで立ち向かえるかそれが問題だった。

多くの化物が地下に点在している最中、斬機壱式の固有性能だけでは一体一体相手にしていたらキリがない。

同時に、こんな大勢の化物相手に単騎で攻め込んで生き残れる気がしない、と言うか絶対に無理だ。


「すぅー…ふぅ」


自分の弱さは知っている。

だから戦闘は極力避ける、斬機壱式を解除し、小型にして手で握り締める。


「はぁ…ふぅ…」


呼吸を整える。

恐怖を押し殺して力に変える。


「いくぞ…ッ」


俺は地面を蹴って走りだす。

向かう先は霧島恋。彼女を救うのが俺の責任だ。


「ぁ…ぇ」


俺の行動に、霧島恋はどこか、驚いたような表情を浮かべた。


このまま立ち向かえば殺されるかもしれない。

先ほど俺の恐怖に顔を歪ませた姿を見られている。

だから俺の行動に理解を示さなかったのだろう。


『鐘鳴』も『白塗』も冷静になれば対処は可能だ。


警戒態勢を構える化物、俺は視界の先を見た。

数はだいたい十体ほど、四方に『白塗』が点在。

それらが俺の方へ飛んで来れば、対応しきれず一瞬で終わる。


化物全員を意識しながら行動するのは難しい、だから俺は多少危険でもいいから『鐘鳴』の方へと走り出す。


「なぽぁ」「ぬ」「のぷ」


すると、『白塗』は俺の方に飛び込んでこない。

これは『白塗』の習性なのか白ウサギは自らが飛び込む直線上の位置に化物が存在すると迂闊に飛び込んだりしなくなるのだ。


これは同士討ちを避けるためか『白塗』は同じ化け物に向けてセーブするようにプログラムされている。

だから『白塗』は単独では厄介だが大勢になると自らの特性を生かせない。


「ぶぼぁッ」


『鐘鳴』の後ろに立つ。

この『鐘鳴』は三級という枠組みの中では屈指の破壊力を誇る。

特筆すべきは前腕と膂力、特殊な分泌液によって前腕をコーティングしていて、その硬度はダイヤモンドに匹敵、膂力は時速80キロで走行するトラックを一撃に沈めるほどの威力を持つ。


その腕の力を合わせて屈指の破壊力を発揮するのが凶悪な性能を誇る化物である。


しかし三級として認定されるのはそんな化物にも弱点が存在するためだった。


それは機動性能の低さと攻撃動作の単調。


その両腕は分泌液によってコーティングされたが故に圧倒的破壊力を持つ。

だがその腕は二足歩行での移動を困難にさせるのだ。

その腕はとにかく重い、重すぎて動き辛く四足歩行になってしまう。

腕の重さが災いして機動力が失われるのだ。

だから十分な行動ができないし動く際は必ず両腕を使って移動するしかない。


そしてその攻撃方法も単純で腕を上げ、そして振り下ろす、の、この二点だけ。

その腕が重すぎて思うように操れない、腕の強さを求めたゆえにその腕に苛まれる結果となってしまった。


「ぶぁぼッ!」


ゴリラが後ろを振り向いて俺を確認すると同時に、腕を振り上げてた。

その瞬間に俺は走り出す。

背中から破壊音が鳴り響くが、俺は振り向かず、走り続ける。


走り出した先に次の安全地帯へと移動する。


「ッく」


だが狡猾な化物らは、学習能力が高い。

俺の行動を理解して離れ出す。

必然的に、直線上に化物は消えて、『白塗』が飛び込む空間が作り出せる。


「(落ち着け、感覚を、研ぎ済ませろッ!)」


だが当然ながらそれも織り込み済み。

俺は加速した状態で地面に倒れ込み、スライディングをする。


ちょうどその時足に力を込めていた『白塗』が飛び出して俺の方へと飛んでくるが、スライディングした事によって俺は『白塗』の捕食行動から逃れる事が出来た。


「はぁ…はッ…ぐっ…はッ」


息も絶え絶えながら、オレは膝を突く彼女の手を掴んだ。


「霧島ッ!」


彼女の体は力を失っている。かなりの重傷であり、口から液体を出している。

この液体が、彼女の死亡を決定づけるものとなる。


彼女の後ろで蠢く『蛟』が覚醒状態になっていた、俺は狩猟奇具を握りしめて斬機一式を形成する。


「今…助けてやるからなッ」


俺はそう告げると共に、彼女の腹部に刃を突き刺した。





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