優しい人


「大丈夫…ですか?」


優しい口調で語りかけてくる霧島。

被害者に対して寄り添おうろうとする彼女の姿勢だが、それは彼女が自分よりも他人を優先し、誰かの為に動くことのできる人間だからだ。


自己犠牲が激しいく、誰かの笑顔こそが自分の幸せという彼女のキャラクター性に、惚れ込んだファンも少なくはない。


尤も、今の彼女の優しさは俺の心に染み込む度に胸が痛む。

どれほど彼女を救いたいと思っていても、自分の命には代えられない。


彼女を見殺しにして、原作改変をせず、安全なルートに進み安泰を得る。

それが俺が安全に生きるためのプランだった。


「救難信号を出していた人は…」


周囲を見回す。

辺りは暗いが、彼女の狩猟道具が光を発する事で周囲を照らした。

円盤型の狩猟道具『背光』。

固有能力は光熱操作。

光を発して周囲を明るく照らすことが出来、光熱を収束させてレーザーとして発射することも可能。


殺傷能力の高い狩猟道具だと言えるだろう。

辺りを照らして部屋中を見渡してみて、霧島恋は表情を曇らせた。


助けを求めた狩人たちが死んでいるのだ。

救えた命を救えなかった、それは彼女にとって何者よりも苦痛に感じる事だろう。


俺の顔を照らし出す。


「大丈夫ですか?怖かったですね」


優しい言葉を口にして、ポケットから白いハンカチを取り出した。


そしてハンカチで俺の顔面を拭いていく。

そこで俺は怖くて涙を流していたのだと初めて分かった。


「やめて、ください」


彼女の手を振り払う。

恥ずかしさよりも惨めさが上回った。

早くこの場から消え去ってしまいたいと思ってしまう。

途端、彼女は何かを察するように。


「安心してください」


そう霧島恋が告げて…俺の体を優しく抱き締めた。


「大丈夫です、大丈夫…あなたはよく頑張りました。もう何もしなくても良いんです、生き残ってるだけで十分です…それだけで私は嬉しい…」


どこまでも優しい声で語り掛けながら、俺の背中をトントンと叩く。

…あぁ、何年も前からずっと誰かにこうして抱きしめて貰った事など、無かったな。

彼女の行動は、全て負傷者を癒す為の行動だ。

その行動が、今の俺には耐えられない苦痛でしかない。


「俺は…」


彼女を見捨てるのに。

その時、急に扉が蹴り上げられた。

これは化物による侵攻ではない。


「九条ッ」


部屋の中に入ってくる百槻与一の姿があった。

あの化物の群れから生還する事が出来たのか。

…当然だ、彼はこの世界の主人公だ。

俺が逃げても、彼は一人で化物の群れを淘汰する事は容易だろう。

彼は俺と霧島の顔を交互に見比べて、俺の方へ向かっていくと。


「お前ッ!」


百槻与一が足を上げ、そのまま俺の顔面を蹴った。

口の中が切れる、鉄の味を舌で味わう。


「やめて…与一くん」


俺の前に立ちはだかる霧島恋の姿が見える。


百槻与一は鼻息を荒くしながら彼女の前に立つ。


「与一くん、同じ、仲間同士で争うなんて…そんなのは、ダメ…」


彼女は、何よりも、人間同士の争いを嫌う。

同じ人間なのに、言葉で分かり合える筈なのに、争う事が理解出来ないらしい。


「この根性無しがッ!何で逃げたッ!!」


罵り蔑むように、百槻与一が言葉を走らせる。

感情的に喋る百槻に俺もつい感情的になってしまう。


「仕方が、無いだろッ!怖かったんだよッあんな化物が間近に迫って、怖かったんだ…あんな奴らを相手に、戦えるワケないだろッ!!」


自分で自分が嫌になりそうだ。

俺の方へと向かって来る百槻与一の肩を掴んで行動を制止させる霧島恋の姿が見える。


「じゃあ、お前はなんで狩人になったんだよッ!何の為に狩人になったッ!」


そんなの…そんなの、決まってるだろ。

ただの成り行きだ。俺は、気が付けば、この世界に転生してたんだから。


「はぁ…はぁッ」


疲れた表情を浮かべる百槻与一が狩猟奇具を握り締めながら、霧島恋ごと俺の前に踏み出した。


「やめ、やめて…」


霧島恋が、懇願する。


「怖かったのは…仕方が無いよ、与一くん…それに…なにも、彼が逃げ出したから怒ってるワケじゃ、ないでしょう?」


眉を顰める霧島。

百槻与一は重苦しい息を吐き出して目を伏せた。

そんな百槻与一に、彼女は頭を撫でた。


「…良い子。…ねえ、与一くん。このまま九条くんを安全な所に避難させてあげて?」


そう言って彼女は軽く頭を下げた。

その仕草に百槻与一はゆっくりと口を開く。


「…分かったよ、恋姉ちゃん」


渋々と、彼は頷いて俺に背を向ける。


「私は…他の狩人と合流するから…またね?」


そう言って、彼女は微笑んだ。

赤の他人である俺でも、彼女は優しく接してくれた。

そんな彼女に対して、俺は顔を俯けて何も考えなかった。

考えてしまえば、情が湧いてしまうから。


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