落ち着き

商業ビルに移動?

まさか、今日がその日だと言うのか?

いや…違うな。


確か、この商業ビル事件は一週間前に化物に占領された。

其処から定期的に狩人に仕事を与え、化物の数を減らす様に命令されていた。


ある程度の化物を倒したら撤退して、別の狩人に引き継がせて討伐を再開。

一連の流れとして作戦を決行させていた筈。


けれど、狩人の人数が極端に消耗した場合は、その周囲に存在する狩人に救難信号が送られる。

偶々、千葉方面に近い商業ビルで、俺と百槻が近かった為に救難依頼が提示されたのだろう。


もしも、百槻が俺を誘わなかったら、救難信号を受信せずに、定例通り決められたスケジュールで商業ビルでの化物退治を行っていた筈だ。


「(俺が一緒に来たから、未来が変わってしまったのかッ)」


車に乗車して、俺と百槻は商業ビルへと向かう。

百槻与一は、珍しく寡黙であった。

手に握り締める狩猟奇具のカバーを外して、ギミックが正常に動くか確認している。


俺は両手を組んで、自分の足元を見ていた。

何度も何度も、足が地面を叩く、ストレスからか、貧乏揺すりが激しくなっていた。


「(想定外の事態だ…)」


救難信号が出ていると言う事は、ビルの内部に存在する狩人を救い出す事が仕事の内容となっている。

極力、化物との戦闘は回避して、狩人の索敵と救援が第一となるのだ。

責任重大な仕事だ。俺は緊張しているからか、足の動きがどうにも止まらない。


「九条くん、狩猟奇具、メンテしてる?」


そんな時だった。

百槻与一が俺の方を見ながらそんな事を言って来る。


「あ…いや、メンテナンスのやり方、分からないから」


素直にそう言った。

百槻与一が狩猟奇具のメンテナンスをする事は多いが、しかし、そのやり方は原作には描かれていなかった。

それは文章にしても面白くないからだろうし、狩猟奇具の技術はブラックボックスの様なもので、構造など原作者ですらも理解出来ていないのだろう。


「貸して」


俺の狩猟奇具を強引に奪い取る。

そしてカバーを外して中身を確認する。

狩猟奇具は専門の技術者が開発する、メンテナンスが出来る狩人は極端に少ない。

車が止まる。そして百槻与一が俺の方に狩猟奇具を渡してくる。


「よーし…じゃあ行くか、緊張してビビって小便漏らすなよぉ?九条くぅん」


軽口を叩く百槻与一…だが、俺はそれに反論する気力は無かった。

それを理解してか、百槻与一も俺を一瞥してすぐに押し黙る。


「…大丈夫だって。狩人を見つけたら、撤退だからさぁ、それに他にも救難信号を受け取って商業ビルに集まってんだ、恋姉ちゃんも来てるんだぜ?」


……は?

今お前、なんて言った?


霧島恋が来ているとは…つまりは。いや、そんな筈は…と、とにかく、百槻与一からの情報を再確認する事にした。


まず、商業ビルには二級相当の化物と三級相当の化物が複数存在する。

救難信号を送った狩人は四人編成であり、その内一名が死亡している為、救助する狩人は三名である。


そして今回の救難信号を受信し、救護に当たる狩人は六名。

俺、百槻与一、そして三名の狩人、最後に、霧島恋。


この情報から察するに、本来、霧島恋の死亡イベントが前倒しになった可能性がある。

早急に狩人を探索、見つけ出して脱出をした方が利口だろう。


「百槻、俺たちは上を探す」


エントランスホールに侵入する。

広い空間には、化物の死体が倒れていた。傷口や体液の渇きを見るに、死後一日も経っていないだろう。


「了解」


百槻与一が頷くと同時、狩猟奇具を取り出す。

俺も狩猟奇具を取り出してトリガーを引き、『斬機一式』を起動する。


「あのさ、九条くんさ、ちゃんと考えてるか?」


俺が斬機一式を起動した時、溜息を吐きながら俺の方を見た。


「狩猟奇具は戦闘用の武器だ。探索用の武器じゃない。わざわざ起動させたら、かさばるし重い、動きが制限されるし疲れやすくなる。化物と遭遇した時だけ、戦闘を余儀なくされた時だけ起動するものなんだけどさぁ」


「ッ…悪い、少し緊張して」


百槻与一は俺の方を見ると目を瞑り、憎たらしい笑みを浮かべる。


「それほどやる気ってワケじゃん、負けてらんねぇなぁ」


軽口を叩いて来る。

緊張している俺にとっては、いつも通りの百槻与一はかえって安心感を覚える。


「じゃあ行こうぜ九条くん。さっさと終わらそうぜ」


「あぁ」


俺は頷いて階段を登る。

電力が供給されていないので、当然ながらエレベーターは使えない。

階段を一段飛ばしで駆け上がる。


階層毎に扉がある、扉は閉じられているが、其処から音が聞こえて来る。

化物が根城にしているのだろうか、音のする方に入りたくはない。


「九条くん、ココが怪しくね?」


第三層辺りの扉の前には、化物が倒れている。

『白塗』の化物が、真っ二つになりながら絶命していた。

緑色の液体の他にも、赤黒く変色している液体も床に水溜まりを作っている。


「ここ、か」


俺は斬機一式を強く握り締めた。

なんだか、喉が渇いて来る、さっさと狩人を見つけよう。

そう思って三階へと足を踏み入れた時だった。


階層は薄暗い、商業ビルだと言うのに、窓は無く、明かりが一切入ってこない。

だから、廊下の奥を見据える事は難しく、目が慣れる事しか、この暗闇を攻略する事が難しい。


俺の意識は、既に化物から逃れて、狩人を救出する事だけに神経を注いでいた。

だから、無闇に足を踏み入れた時、それが危険な行為なのだと後になって理解する。


もぞもぞ、と。

暗闇から聞こえて来る、布擦れの様な音。

目を凝らす、俺は、思わず声を洩らしそうになる。

廊下の奥には、白塗の化物が大勢潜んでいた。


「ひッ―――ッ!」


思わず叫びそうになる俺の口元を百槻が手で押さえる。


「ぬぽあ」「ぱふぅ」「ぬぷ」「むぽあ」「ぬちゅおぷ」


だが既に遅く、化物たちの呻き声が聞こえてくる。

胴体を半開きにして納豆を素手でかき混ぜるかのような気色悪い音を立てた。


「(け、化物、が、こん、こんなッ…か、考え、考えろッ)」


脳内で化け物に遭遇した時のための対処法を思案する。

原作もこんな化物に囲まれた状況は何度もあった、その度になんとか奇策を思いついては乗り越えてきたんだ。


「仕方が無い…九条くん、やっぞッ!」


百槻が狩猟奇具を握り締め、喰代を展開した。

俺も斬機一式を握り締め、敵を睨み付け、交戦しようとする。


「ふッ…ふっ…ふっ…う、ぐッ」


だが、出来なかった。

体が震えて力が出てこない

頭は真っ白で、体中が重たく寒気を感じる。

いつから…。

こんな思い上がりをしていたんだろうか。

俺も主人公のように勇敢に化物を討伐出来ると信じ込んでいた。


「おい、九条くん?」


できるはずがない

こんな化け物を相手に戦うなんて。

死たくない、誰か助けてくれ、嫌だ、生き残りたい。

その一心だった。


「九条ぉ!」


百槻の声が響いて俺を叱咤してくる。

だが、何も聞こえない。


殺される、食われる、痛みがよぎる、幻痛が体中を襲う。


涙が出てくる、呼吸が詰まりそうで息が続かない。

まるで深海にいるような胸苦しさを感じる。


「(だめ、だっ、たえ、耐えられ、なっ!)」


戦意喪失した俺は四つん這いになり、その状態で逃げ出した。


「九条、く、そッ!!」


もうなりふり構っていられなかった。

化物から逃れるために俺は化物の群れとは反対方面の道を走り出す。


階段を使って下に降りる、という選択肢すら頭の中から消え失せていて、化物が通る事の出来ない道を目指す。


扉を見つける、扉は化物の大きさからして入る事が出来ない。


俺は安全を求めて部屋の中へと入り込んだ。

幸いにも鍵はかかっておらず部屋の中に入り、背中で扉に凭れて扉を閉める。

よかった、これで安全だ…。


俺の頭の中には、自分一人生き残ったことに対する安心感を抱いていた。


粗く重苦しい息を荒げる。

まだ10分も経ってないのにまるでマラソンをしたかのような疲労感に包まれていた。

俺は息を潜めて呼吸を整えようとした。


その時気が付いた。

部屋の中から粘着性のある粘液をかき混ぜたかのような不快音、例えるならば、くちゃくちゃとガムを噛んでいるかのような音が部屋中に響き渡る。


俺は一歩前へと踏み出した。

すると足元に液体のような違和感を覚えた。

下を向くと固形物の様なものが転がっている。

ボーリングくらいの大きな球体。


ようやく暗闇に目が慣れてきたこの状況で、それが何であるのか嫌にでも分かってしまう。


人間の頭部が床に転がっていた。


「あ、がッ、おぶッ…ぶえあッ!!」


俺は周囲の血の臭いに胃袋をくすぐられて、吐いた。

それは救難信号を出した狩人の残片。

この頭部は、化物の食い荒らされた肉片の一部。


「はぁ…はっ、ひぐっ…うッ」


一通り吐いた後に、俺は、ある可能性を脳裏に過らせた。

恐らく、この狩人たちも、化物から逃れる為にこの部屋に入ったのだろう。

しかし、無惨にも殺された。血が、この部屋中に散らばっている、と言う事は。


「くちゅあ」


そこで俺の思考は停止した。

暗闇の奥から大口を開き鋭い牙を生やした顎がこちらへと突っ込んできた。


「あ」


俺は死んだ。

そう思った矢先。

床下から光る閃光が天井を突いた。

レーザーのような光が化物を貫通する。


「びゅぱッ」


滑稽な死に台詞を残して、化物が死に絶える。

……どういうことだ?俺はまだ生きている、五体満足で生き延びている。



じじじ、とレーザーが床下を焼き切る。

円形状に焼き切れると、そこから灰かぶりの少女が飛び込んで来た。


「あ…」


灰色の髪を揺らして全身に包帯を巻いたヒロインがそこに存在する。

彼女の周囲にはUFOを連想させるような円盤が無数に展開されておりその円盤型狩猟道具は彼女専用の狩猟道具であった。


「…大丈夫ですか?」


俺の身を案じて霧島恋が心配するように言った。

俺は彼女の姿を見て安堵すると同時に目を反らす。


俺はもう心が折れてしまった。

化け物と遭遇して、思い知らされた


これから先ずっと、あの恐怖に怯えて生きていかなければならないのか


そう考えるだけで俺は恐怖に表情を歪ませる。

この恐怖に抗うことはできない。

またあんな怖い思いをするくらいならば…俺は原作知識を活用して安全なルートに進んでしまいたい。


「(もう、無理だ…俺は…俺は…)」


そう、その選択を決意するということは…俺は彼女を見殺しにする。

原作を、原作通りに進ませる事に決めた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る