第11話 巡り巡って


(アレアミラ!)

 今にも乗り出しそうになる身体をアシュトンは必死に踏み留まらせる。

 このままではアレアミラは捕まり、罪人に仕立て上げられてしまう。しかしそれだけで済むだろうか。

 エミュエラの剣幕では何をしでかすか分からない。

 兄はアレアミラに目もくれないのだ。止めるとも思えない。



『……お姉様はとても綺麗な方なんです』


 そんな事を言われてもアシュトンは首を捻るばかりだった。

 集落では皆彼女の虜なのだそうだ。だからその近くにいるアレアミラは余計、自分に自信がないのだと、セヴランが教えてくれた。

 益々分からない。


 そもそもセヴランもその姉とやらに興味があるようには見えないし、自分も色々厄介事を巻き起こした彼女を綺麗の一言で済ませられるとは思えない。


『……でもお前の髪はとても綺麗だと思うぞ』

 アレアミラが落ち込む姿を見るのが何となく嫌で、ついそんな事を口にして、はっと焦った。

 驚きに丸くなるアレアミラの瞳に思わず視線を逸らす。

『っだから、お前、何でそんなに髪が短いんだ? 伸ばしたら、きっと……姉にも負けないだろうに……』

 止まる事のない自分の口を塞ぎたくなる。

 何故か耳が熱くてバクバク鳴り出した。

『似合わないから、いいの……』

 けれどそんなアレアミラの返事に顔から熱が引く。

『何だって?』

 勢い顔を上げれば困惑顔のアレアミラが自分の短い髪に手を当てていた。

『え、と……その……』

『似合わないなんて誰が言ったんだ!? そんな事ない! 勝手な言い分を許す必要なんて無いんだ!』


 ぱちくりと目を丸くするアレアミラにアシュトンは、はっと口を手で押さえそっぽを向く。

 見ればセヴランが腹を抱えて肩を震わせていた。

 ムカッと顔を顰めれば、横からアレアミラがおずおずと声を掛けてきた。

『あの、ありがとう。アシュトン殿下。……そうね、ここでは何も言うひとはいないから、伸ばしてみよう、かな』

『……そうしたらいい』

『うん、ふふ……』

 はにかむ笑顔に見惚れそうになるのを堪えて、多分渋面を作っていただろう。


 でも……見たいと、そう思っていた。

 長く伸ばした髪をいつか見れるその日を思い描いていたのだ。

 本来なら控えていなければならない場面。

 今下手に動けば公爵につけこまれる。それでも……


「待てっ──!」


 アシュトンは兵士を掻き分け身を乗り出した。



 ◇



「テリオット〜〜〜〜!!!」


 場違いに響く甘ったるい声に一瞬思考が停止した。

 兵たちは驚きに身体を竦ませているが、セヴランもまた、アレアミラを抱えたまま同じく硬直した。


 空から女性が降ってきた。


 正確には獣族で、空中で変体を解き、声を張って真っ直ぐにテリオットに落ちてくる。


「えっ、カレンティナ!?」

「んなっ?!」


 隣にいるエミュエラが息を呑むのが聞こえたが、自分に向け伸ばされた手に誘われるようにテリオットは思わず腕を広げた。それを見たカレンティナは微笑み、迷わずテリオットの胸に飛び込んだ。


「会いたかったわ、テリオット!」

「なっ、何を言ってるんだ……君は獣族で、私を騙して……だからここにも来なかったじゃないかっ!」

 そう叫べばカレンティナはこてんと首を傾げてみせる。

「仕方ないわ、だって族長に閉じ込められていたのだもの。ごめんなさいテリオット?」

「……!!」

 そう笑い、カレンティナはテリオットの胸に顔を擦り寄せる。

 テリオットはその重みを躊躇いながらも、恐る恐る抱きしめた。


「ちょっ、は、離れなさい! 殿下はわたくしの……!」

「ねえテリオット、私妊娠したみたいなの。あなたの子よ?」

「なっ」

「はあっ?!」


 絶句するエミュエラと公爵に、アレアミラも目を丸くした。セヴランの顔も引き攣っている。

 張り詰めた空気の中、アレアミラはそっとテリオットの顔を窺い見た。その顔は驚きに固まっていたけれど、見る見る喜びに綻んでいった。


「本当……? カレン」

「ええ、本当よ? 嬉しい? テリオット?」

「勿論だよ!」

「私も嬉しい」

「!!!」


 抱き合ってにっこりと笑い合う二人に、その場の空気が震撼した。

 公爵は目をギラギラと怒りに満たし殺気立っている。

 そんな空気は読めないのだろう、テリオットは笑顔でエミュエラを振り返った。


「すまないエミュエラ。やはり私はカレンが愛しい。彼女が私から離れたので無いのなら、彼女を側妃として迎えたい。これは父上の遺志である獣族との関係修復にもなる話じゃないか!」

 カレンティナを抱きしめながら良案だとばかりに言い放つテリオットに、エミュエラはぶるぶると震えている。

「王妃の地位は君が就けば良い。何だかんだで公爵には親身になって貰ったからな。でも私が愛するのはカレンだけだ……」

 

 そうカレンティナの首筋に顔を埋めるテリオットはやはり何も見えていない。側妃が産む子には継承権がある事。それを正妃を迎える前に設けると、当人の前で無神経に言い切ってしまう程、自分の見たいものしか見えていなかった。


「あら、アレアミラ……?」

 思いがけず姉に見つかり、アレアミラはびくりと身体を強張らせる。

「ねえ、テリオット。どうしてアレアミラは兵に囲まれているの? あの子は私の妹なのよ。私の代わりにあなたに会いにきたのだから、酷い事をしないで」

 そう言われテリオットはカレンティナとアレアミラを見比べて笑い出す。

「何だそうだったのか。全然似てなくて分からなかったよ。……そうか、君が私を騙したのだと……そんなら下らない事を考えてしまった自分が今では恥ずかしいよ」

「いやね、テリオット。そんな事ある筈無いわ」


 テリオットが手を上げれば兵たちの武器が下がった。

 公爵が引き連れてきた兵は僅かに迷いを見せたが、テリオットを御輿に担ぐつもりなら、ここで彼の意に反するのは拙いだろう。

 そもそも国王の暗殺犯を捕まえにきたこの状況で、容疑者の立場が一変してしまった。下手に騒ぎ立てればその槍がどう跳ね返ってくるか分からない。


 公爵は無言で頷き兵を下がらせた。

 アシュトンはホッと息を吐く。


「……すげーな、馬鹿の説得は馬鹿にしか出来ないんだ」

 不敬な台詞をボソッと呟き、セヴランはアレアミラを放した。

 姉には振り回されっぱなしだったけれど、その奔放な性格にこうして助けられたのだから悪いものばかりではないのかもしれない。……いや、そもそも元凶がそこなのだから、そう思うのはお人好し過ぎるだろうか。

 アレアミラがそんな事を考えていると、どこからかぶつぶつと低い声が聞こえてきた。


「何よ、何の冗談なの? 政略だから仕方なく? ずっと好きじゃなかった? 愛は無いけど地位を用意するから満足するのが当然だとでもいいたいの?! 人を馬鹿にして! ふざけるのも大概にしなさいよ! 何が可愛いよ! そんなものが妃に何の役に立つって言うのよ!」


 そう叫び兵の腰から剣を抜き去り、エミュエラはカレンティナに突進した。


「エミュエラ! 止めろ!」

 焦った声を出したのは公爵だ。

 娘が馬鹿な真似をすれば共に傷を負う。王太子の妻に推せる最も良い駒である自分の娘。それが愚を働こうとしている。

 未来を想像し真っ青になる公爵の前を影が横切った。

 肩の力を抜いていたアシュトンは目まぐるしい状況に頭が追いつけないまま、けれど込み上げるままに声をに張り上げた。

「──アレアミラ!」

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