第10話 悪


 思った通り公爵は父の崩御をアレアミラのせいだと言い張った。

「病持ちだったのかもしれませんぞ」

 品のない笑みを浮かべる公爵をアシュトンは鋭く睨んだ。

「控えろレイジェラ公爵。陛下に不敬を働く気か」

「これは失礼をば。しかしあの娘のいる離宮は危険かもしれないと、危惧したまででございます。まさか陛下に醜聞を被せようなどとは……それに私は次期国王の心配もしておるのです」


 視線にビクリと反応するのはテリオットだ。

 既に関係を持っているのだから、むしろ無害の実証であるのだろうに。それを口にすれば今度はテリオットの名誉をアシュトンが傷つける事になってしまう。

 全く持って面倒臭い。


「捕らえて調べれば薬も出来ましょう」

 にやついた笑みを向ける公爵に噛み付く元気もない。


(父上がアレアミラを閨に呼んでいない事は皆知っている。陰謀だなんだのと言いたいようだが……)


 それでも彼から理由をでっち上げる事など今の彼には容易い事だ。

「そもそも娘は調べるべきでしょう。このタイミングで、これ程怪しい者が他にいないというのに何も動かないなど愚の骨頂。後から犯人でしたでは済まないのですよ?」

 分かっている。

 全て公爵の手の中である事も。

「……だが捜査は須く公平に行うべきだ」

「勿論ですとも殿下」

「よ、よし! ではあの娘を捕らえに行くぞ!」


 うろうろと視線を彷徨わせていた兄は声を張った。

 次期国王として最初にすべき事を目の前に置かれ張り切っている。この様子を見て茶番だと鼻白む者はどれだけいるのだろう。

(今すぐは無理でも……)

 やがて味方になってくれる者がここに、果たして本当にいるのだろうか──

 アシュトンはそこに集う重鎮を誰ともなく見渡した。



 ◇



 セヴランに抱えられ、アレアミラはガラスが割れる音と共に外に飛び出した。

 先程放られたのはマントだったらしい。頭からばさりと被せられ、怪我に備えてくれた。

「逃げるぞ!」

 降り立った先に控えていた兵がいきりたつ。

「このっ、やはりお前たちが父上を殺したのか!」

 外に待機していたらしいテリオットが顔を赤くして声を張る。

 彼の言葉に兵の志気は高まり、アレアミラたちはあっと言う間に囲まれてしまった。

 鼻先に鋒が突きつけられる。


「兄上! 参考人として捕らえるのです! もし無実だったら──」

(アシュトン!)

 はっと声のする方に意識を向ける。

 けれど見てはいけない。

 もし自分と少しでも関係を疑われれば……そもそもアレアミラと一緒にいる場をテリオットに見られているのだから。

 ぐっと身体を強張らせていると、テリオットはアシュトンに向かって声を荒げた。


「無実の者が何故逃げる! やましい気持ちがあるからこそこうして逃亡を図ったのだろう!?」

「ええ、その通りですテリオット陛下、流石のご慧眼でございますな」

 そう口添えるのは公爵だろうか。彼の言葉にテリオットは満足気に口の端を吊り上げて、アレアミラに向き直った。


「ああ、殿下来て下さったのですね!」

 追ってきた令嬢を見て公爵は目を剥いた。

「エミュエラお前! どうしたんだその怪我は!」

 散らばったガラスで切ったのだろう。

 エミュエラのドレスには血がつき、ところどころ裂けている。恐らく本人のものではなく庇った兵士のものだろうが……

 けれどそれを手で隠すように身を捩り、エミュエラは儚気に笑ってみせた。


「獣が暴れたのですわ……でも私は大丈夫。殿下の為ならこんな怪我なんともありませんから」

「エミュエラ……」


 感極まるテリオットを見て公爵がほくそ笑む。きっとエミュエラの内心も同じようなものだろう。

 偶然の演出も相成り、舞台は公爵の描いた通り。


「参ったな、人族を意図して傷つければこちらが咎を負うし……」

 アレアミラを抱えたままのセヴランが頭の上でぽつりと呟いた。


「お義兄さま……私を置いて逃げて下さい。あなたこそ外から来た身で、巻き込まれているだけでは有りませんか」

「……確かにお金欲しさに引き受けた話だけどさ、何の罪もない女の子を一人置き去りにして逃げ出すなんて、出来る訳ないでしょう。あとお義兄さんじゃないっての」

 強がりを見せるセヴランがアレアミラの頭を抱えた。

「大丈夫だ。まだチャンスはある。少なくとも今殺される事はない筈だから──」


「逃げられないようにその者たちの両足を折りなさい。小癪な真似をした獣の躾は徹底的に行わないとね」

 しかし容赦ない言葉にセヴランも身を固くしたのが伝わった。

 エミュエラと呼ばれた少女が指先で隠した口元が、

歪に吊り上がる。それを見てアレアミラもまた愕然と身体を強張らせた。

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