第15話 レナジーラの怒り


 この国に住みたいというリリーシアに、自分の侍女にならないかと持ちかければ、レナジーラはオフィールオと兄から諫言を受けた。


「……彼女は元王太子の婚約者です。それがあなたの下につくなど、気の毒でしょう」

「そうだぞレナ、お前の評判にも関わる」


「わ、わたくしはそんなつもりでは無くってですね。貴族籍を置くのなら王宮に慣れた方がいいでしょう?」

 そう問えばリリーシアは眉を下げた。


「私はもう貴族として生きてはいきません。そんな資格も無いと思っています。この国に住まう許可さえ頂ければ、それだけで僥倖なのです」

「で、でも……」


(それでは、わたくしがあなたに会えないじゃない!)

 うろうろと視線を彷徨わせれば、オフィールオが小馬鹿にしたような笑みを浮かべてくるのでイラッとする。


「彼女は生涯侯爵領で面倒を見ますからご心配には及びません。しかし元の身分を考え、こうして宰相閣下にご相談しに来たというだけ。もう二度と来る気はありませんからご心配なく」

「はっ?」


(ああ──っ、コイツ相変わらず性格悪いわあ──! 何っで人気があるのよ、こんな奴!!)


 ギリッと扇を握りしめていると兄が分かったという合図のように手を振った。

「カーフィ国を探らせたけれど、そうだな……問題は無さそうだったから私の名前で書類は通しておくよ。レナもいいだろう?」


 ──よくない!


 どこか歯切れの悪いウォルゼットをレナジーラはじろりと睨む。けれどそこに僅かな違和感を感じ、兄の顔を注視した。

 ウォルゼットは、困り顔を作りリリーシアに向き直る。

 リリーシアも分かっているという風に微笑みを返した。


 レナジーラはその違和感をはたと嗅ぎ取り静止した。


 亡命したのに、問題ないとは? 

 どんな事情があるのだろう……?

 ──まるで祖国では、誰も彼女を気にかけていないようではないか?


 固まる妹を指しながら、ウォルゼットは淡々と続ける。

「すまないな、リリーシア嬢。こいつは直情型でね。端的に言うとカーフィ国の人間を嫌っている。だがいずれ王妃となる身である以上、この思い込みを払拭する機会をずっと欲しいと思っていたんだ。……それでどうだろう? 少しの間でいい、こいつと腹を割って話してやってくれないか?」


「え?」

 ハッとレナジーラの意識が浮上する。

「まあ、お兄様!」

 ぽかんとするリリーシアを凝視しながら、レナジーラは内心でガッツポーズを取った。

 勿論オフィールオからは抗議の声を上がった。


「おいウォルゼット! 話が──」

「お黙りなさいゼレイトン! 確かに一国の公爵令嬢の亡命など国の大事。これは宰相、そして帝国の次期太陽の花となるわたくしの命令よ! ……この方の所在について……わ、わたくし自ら見届けて差し上げてよっ」


 震える手で扇を握り締めてリリーシアを見遣れば、彼女は幾度か瞬きをした後、決然とした目でしっかりとレナジーラを見つめ返した。

「はい、よろしくお願いします」

 その真剣な眼差しに、


(はうん!)


 レナジーラは陥落した。



 ◇



 それからレナジーラは兄の含みのある言い回しの詳細を知る事となる。

 下らない外聞に振り回された挙句、冤罪によりリリーシアが居場所を失った事を。

 自身の孤独に失望し、そんな状況を彼女が受け入れざるをえなかった事に──レナジーラの怒りは天をついたのだった。

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